第一章 ミルドガルド2010 パート2
ゴシック調の建築様式を持つルータオ修道院の礼拝堂は、その規模の巨大さと均整のとれた建築様式を持つことで有名な建物であった。その内部にひとたび身を納めると、都会の軋轢を癒すような柔らかい、まるで高性能な濾過機を通したような清浄された空気を堪能することが出来るのである。天井は柔らかな弧を描くアーチとなっており、天井の広さは実際の距離よりも広く感じることができる。礼拝堂の最奥に面する壁には神を象徴する造形が成されており、その手前には司祭だけが登壇を許されている祭壇がある。一般の参拝者はその祭壇の手前で祈りを捧げることが通例となっていた。リーンとハクリもその例に漏れず、祭壇の手前で膝をつくと、両手を組み合わせて、それぞれ瞳を閉じた。
神様、これまで見守って頂き、本当にありがとうございました。これから、あたし達遠い大学へと進学します。新しい場所でも、どうかお力をお与えください。
そのようなお祈りを終えた段階で、リーンは瞳を開いて立ち上がり、そして神の造形物に向かって深々と礼をした。ハクリはまだお祈りを捧げているらしい。スタイルが良く、肌も透き通る様に美しいハクリの、自身のポニーテールに隠れながらものぞかせる肌理の細かい首筋を見つめながら、リーンはつい撫でてみたいな、という欲求に駆られたが、お祈りの邪魔をする訳には行かない。少しだけもやもやした感覚を味わいながら、ただハクリの流れる清流のような白い髪を見つめ続けて数分、おもむろにハクリは立ち上がり、先程のリーンと同じように深い一礼を神の造形物に向かって行った。見慣れたハクリのセーラー服が、羽衣のようにふわりと靡く。まるで聖女みたい、とリーンが考えていると、ハクリはリーンを振り返り、そしてこう言った。
「ごめんね、長くなって。」
すまなそうにそう告げるハクリに向かって、リーンは微かに首を振ると、こう応えた。
「大丈夫よ、ハクリ。」
そして、リーンは立ち上がったハクリを促すような笑顔を見せながらこう言った。
「帰ろう、ハクリ。今日は御馳走のはずだよ。卒業記念だって!」
ミルドガルド歴2010年は激動を続けてきたミルドガルド史の中でも例が無い程度に安定した時代を彩る年であった。国と国が血をかけて争う大戦争はもう60年ほど過去の世界大戦を最後に発生しておらず、時々政情不安定な国で発生する内乱やテロ攻撃という事件は時折発生するが、どれもミルドガルドからは遠く離れた国の出来事であり、市民生活に影響を与えることは無かったのである。もちろん、世界に名だたる大国としての名をはせるミルドガルド共和国は政情不安定な国家に対して積極的な支援策を展開してはいたが、その事実が市井の市民生活に関係のある出来事かというと、必ずしもその様なことはない。だた、平穏無事に。自らの欲望を十分に満たすだけの物資に恵まれた市民達は、しかし現実に飽き始めていた。毎日が同じ出来ごとの繰り返し。平穏すぎて、退屈な世界。何か刺激のあるものが欲しいと願った市民達が持つ唯一の欲望を満たす為に、マスメディアは徐々にその質を低下させて行った。即ち、スキャンダルと時折発生する凶悪犯罪を誇張して宣伝し、市民の関心を乞おうとしたのである。それが賤しい手段であると一部の人間はとっくに気付いており、徐々にマスメディアに代わって20年ほど前から本格運用され出した仮想現実世界・・インターネットにその関心を移して行ったが、まだ大部分の人間はマスメディアの垂れ流す質の低い情報に翻弄され、そしてその思考力すら徐々に低下させて行くことになるのである。もし、ミルドガルド共和国建国に多いに貢献した初代大統領メイコが今のミルドガルド共和国の姿を目撃すれば果たしてどのような反応を見せるものか、想像するだけでも嫌気がさしてしまう者も存在するだろうが、そのメイコの意志を受け継ぐミルドガルド市民は今や余りにも少なくなっていたのである。果たしてリーンがそのメイコの意志を継ぐミルドガルド市民であったかどうか。結局、彼女はどこにでも存在するような一般的な少女に過ぎず、ただ特徴があるとすれば他人よりも歴史に興味があり、その点においてのみ他の同世代の少年少女よりもメイコの伝記を良く理解していたという程度に過ぎないのである。
そのリーンが自身の両親と、そして隣の家に居を構えるハクリの家族とささやかな卒業記念パーティを終えて自室へと引き籠った時、リーンはふいに、学習机の上に置かれている、長い受験勉強を支えてくれた歴史の教科書を手にとってそれを何となんとなしに眺め始めた。そして、おもむろにそのページを綴る。ミルドガルド史の創世の頃からの物語が綴られているその本はリーンのお気に入りの蔵書の一つだった。やがて、とあるページで手を止めて、じっくりと読み込み始める。ミルドガルド三国時代と呼ばれた、ミルドガルド中世後期の記述がそこには成されていた。黄の国と、青の国、そして緑の国。そしてミルドガルド帝国の統一。そこまでを読みこんでから、リーンは大学受験が終わってから両親に購入してもらった自分専用のノートパソコンの蓋を開くと、キーボードの右上に用意されている電源ボタンを丁寧な手つきで押した。その直後に蚊が鳴く様な小さなファンの音が響き、やがてOSソフトの展開を告げる起動音がリーンの部屋に鳴り響く。続けてマウスを手に取ったリーンは、デスクトップ画面に表示されているインターネットエクスプローラーをクリックした。インターネット検索ソフトが表示されたことを確認したリーンは、そのまま検索項目にマウスを合わせると、続けてこの様な文字を打ち込んだ。
『ミルドガルド帝国』
直後に、世界最高峰の頭脳体であるインターネットの海の中から、的確な項目が羅列された。リーンそのまま、世界で最も高性能とされる電脳辞書の項目をクリックする。直後に展開された文章を、リーンは丁寧に読みこんで行った。
ミルドガルド帝国
帝都 現在のブルーシティ
皇帝 カイト
ブルーシティは現在もミルドガルド共和国の首都として、相変わらずミルドガルドに君臨している都市である。リーン自身はまだ訪れたことが無かったが、高層ビルが立ち並び、世界各国の人種が集う巨大都市であるということだった。元をたどれば青の国の王都であったその場所は、現在は成功を夢見る人間が訪れる複合都市に変化している。そのブルーシティが発展した原因となったものがミルドガルド帝国の成立であった。緑の国を滅ぼし、ミルドガルド大陸一の国力を有していた黄の国を滅ぼした青の国はその当時、絶大な国力を誇っていたはずである。しかし、青の国が名称変更して成立したミルドガルド帝国の寿命は余りにも短かった。十年にも満たない短い期間だけがミルドガルド帝国の寿命であったのである。その要因は様々な学説がある。余りに性急な改革を求めたからだとか、市民化の流れに逆らえなかったからだとか、結論纏まらない学説が紛糾していたが、歴史上の事実として明らかであるのは、ミルドガルド歴1808年に発生した、『レンの反乱』と呼ばれる市民蜂起がミルドガルド帝国滅亡の直接の原因であったということである。その反乱はやがてミルドガルド革命戦争と呼称されるようになり、最終的にミルドガルド帝国を滅亡に追いやることになるのである。だが、その後のレンの行方を知る者はいない。初代大統領に就任するだけの功績を上げたはずのレンはその後、まるで煙に包まれたかのように歴史書からその姿を消滅させてしまったのである。一説には黄の国の王族であるという噂もあるが、それは都市伝説程度に根拠の無い噂として市民の間に流布している程度に過ぎない。でも、とリーンは考える。それだけの功績を残した人物がその存在を完全に消滅させることなんてできないわ、と考え、そしてインターネットの検索項目に再び文字を打ち込んだ。
『レン』
その後出て来たものは余りに少ない。ただ、反乱の首謀者であるという事実意外に、唯一表示された言葉はたった一行の文字だけであった。
『黄の国最後の女王リンの召使。』
この召使やらと、反乱の首謀者であるレンは同一人物なのだろうか。時期的には一致するけれど、とリーンは考えた。そのリン女王は、僅か14歳という年齢で処刑されている。公式の歴史書では、当然と言えば当然だがリン女王には子供がなく、黄の国の血族は完全に滅びたとされてはいるのだが。
もしかしたら、隠された謎があるのかしら。
リーンはふいにその様なことを考えた。もしかしたら、セントパウロ大学にその答えがあるのかもしれない。そう考えた時に、無意識にリーンの口元から欠伸が漏れた。時計を見ると、既に日が変わる時間を過ぎている。明日はハクリと買い物だっけ、と思い起こしたリーンは、今日はもう寝よう、と考えてパソコンの終了オプションをマウスでクリックした。
小説版 South North Story ③
みのり「ということで第三弾です☆」
満「一応解説。ミルドガルド2010年の科学技術レベルは現代の地球とほぼ同程度だと認識していてくれ。」
みのり「だからパソコンとかネットがあるわけね。」
満「そういうこと。それからもう一点。」
みのり「レンという言葉が何度も出てくるけど・・。」
満「これは誤字じゃないんだ。理由はまあ、後ほど分かると思う。」
みのり「ということで、続きを楽しみにしていてね。」
満「いろいろ想像しながら読んでくれると、俺達としても嬉しい。」
みのり「では、次回分でお会いしましょう!」
コメント3
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kemu
ヘイ!ヘイ!ヘイ!ヘイ!ヘイ!ヘイ!ヘイ!ヘイ!
リリリリリン! レレレレレン! ずっきゅん ずっきゅん どっきゅん どっきゅん
かがみね~ りーん 「たっだいま~!」
かがみね~ れーん 「Yahoo!」
ヘイ!ヘイ!ヘイ!
っへーい!ほっほーい!っほーい! フワフワ♪
っへーい!ほっほーい!っほ...T11・っへーい!ほっほーい!っほーい!
篁 由美
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ご意見・ご感想
wanita
ご意見・ご感想
来た来た歴史家展開!小樽の景色がバックになっていると思うと、なんだかひんやりと重い歴史の空気を感じます。前に「SNS」は途中まで読み進めていたのですが、改めて読み始めると……北海道に行きたくなります☆
2011/04/17 12:51:46
レイジ
コメントありがとう☆
引越しお疲れさまです♪
こっちも落ち着いたらわにちゃんの悪ノ娘見にいきます?
SNSから歴史家の立場が多くなるからね^^
楽しんでいただければ幸いです☆
北海道いいよね・・
俺も北海道行きたい><
ではでは、今後もよろしく☆
2011/04/17 15:01:43
紗央
ご意見・ご感想
おぉ待ちに待った新作ですねっ!
①のレンsideに興奮して
②,③よんでテンションがマックスに上がって大変ですよ(笑
みのり、満コンビも戻ってきてますね♪
もしかしてそのレンってr((
ゲフン、ゲフン、ここはあえて言わないでおきます><((
てかレンはあれだけ大きなコトをしたのに1行だけ・・。
ミクを殺したのはレンだとばれていないんですね、なんか安心です^^
とりあえず続きを待ってます^^*
頑張ってください^^
2010/06/20 18:21:07
レイジ
ありがとう♪
テンションあがりましたか、そうですか。
いや?作者として嬉しいです☆
色々推測に対してお答えしたいところですが、まだお話できません♪
もうしばらくわくわくしながら待って頂けると幸いです!
それでは続きもお楽しみくださいませ☆
2010/06/20 20:55:48
matatab1
ご意見・ご感想
レイジさん、はじめまして。小説版悪ノ娘から読ませてもらっています。
ハルジオンでの、カイトの真っ黒さ(褒め言葉です)に、「こいつ幸せの絶頂期に、最大の報い受けないかな」と本気で思いながら読んでいました。
全ての元凶のくせに民には正義の味方ヅラ、しかも自分の手を直接汚さないようにしているという…。
考えている事も、やっている事も、統治者としては正しいかもしれませんが、そのせいでどれだけ犠牲にしたのかと。
ハルジオン終盤の、最初で最後の皇帝、十年も持たなかった帝国。の文で、あ、やっぱり報いを受けたのか、ざまぁ(笑)と。
メイコやガクポ、アレクやロックバード達が、本当に国や民の事を考えていたんだろうなと思います。
セリスも反乱に加わってないかなぁと妄想しています。
『レンの反乱』の真実に期待しています。この『レン』はやっぱり……。と想像するのが非常に楽しいです。
はじめてのメッセージで、自分の考えを長々と書き、失礼しました。
2010/06/20 16:25:34
レイジ
はじめまして!お読みいただいてありがとうございます☆
カイトは『完璧な統治者』にしているつもりです。余りに完璧過ぎて、周りが見えていない・・。でも、明らかな天才。
一方で他のメンバーは不完全で、完璧じゃなくて、でも必死に生きていて。
その結果がミルドガルド史に現れた、ということです♪
反乱の詳細は結構先の話しになると思いますが、お楽しみに☆
ふふ、ネタばれになるので、色々推測して頂いていることにお答えすることができません。
ご容赦くださいませ☆
では、次回分以降も宜しくお願いします!
またコメント下さい!
コメントは僕の栄養源なので♪
では重ね重ね、コメントありがとうございました☆
2010/06/20 20:53:43