機体の各部チェック、全て完了した・・・・・・。
たとえパイロットでも、機体の点検は行う。整備員に任せるのはあくまで整備だ。
あと、二十数分程度でブリーフィングが始まる。今までは機体の点検を行っていた。
時間が余った俺は、例の強化人間の機体の前へと足を運んだ。
そして、それの目の前に立つ。
俺達の機体と同じ程度の大きさ。やはりラプターに似ている。
この基地に十二機配備されているF-3。あれの強化人間使用ともいえるだろう。
何よりの証拠が、センサーが埋め込まれた、コックピットを覆う装甲。
コフィンシステム。人体とコンピューターを接続するマン・マシン・インターフェースによって実現した、新世代の操縦システム。
だが、脳や精神への負担が大きく、強化人間ではなく、完全にゲノムパイロットの専用システムになっている。
一通り見終わり、踵を返す。
「・・・・・・。」
アンドロイドのウィングが専用ハンガーに吊るされている場所へ、一人の人影がゆっくりと歩いていくのが見えた。
誰だ?俺は気づかれないようにと後をつける。
その人影はミクのウィングの前で止まった。
人影の正体が誰なのか、遠くからでも見極めようとした。
あいつは・・・・・・昼にリフレッシュコーナーであった、初音ミクオの隣にいたゲノムパイロットだ。
彼は、静かにミクのウィングを見つめている。
俺にはその行動が理解できない。
彼には、感情があるのだろうか。ミクオの話からすると、彼は量産型ではないようだが、精神障害があると聞いた。
彼は何をしているつもりなのだろうか。
「誰だ?」
その言葉に、彼はゆっくりその方向を振り向いた。
声を掛けたのは、彼が見つめていたウィングの専用アンドロイド、ミクだ。
「わたしの翼が、どうかしたか?」
ミクは初めて会う人間に近寄って言った。
「・・・・・・。」
彼の頬が動き、何か言葉を発したのが聞き取れた。何を言っているのか、よく耳を澄ます。
「・・・き・・・・・・れい。」
「きれい?わたしの翼が?」
「・・・・・・う・・・ん。」
確かに、綺麗と言った。
彼が、言葉を発した。弱々しく、途切れ途切れで、女性のような声だが。
「ところで、君は誰?」
ミクが質問をする。
「・・・・・・じーぴー・・・わん・・・。」
GP-1。型番か。まだ名前がないのだろう。
そういえば朝美の名前も、俺と麻田が考えたんだった。
「じゃあ、あとでわたしと一緒に飛ぶ人か。」
「・・・・・・うん。」
「じゃあ、よろしく。わたしはミクって言うんだ。」
ミクは明るくGP-1に言った。
本当にミクは人に良く慣れている。
警戒心という感情が欠如しているようにも思える。
「・・・・・・う・・・ん。」
彼の表情に、変化が現れた気がした。
「ところで、じーぴーわんは空を飛ぶのは好き?」
「・・・・・・すき・・・・・・。」
「そうか。わたしも。」
「・・・・・・で・・・も・・・。」
「ん?」
「せんそう・・・は・・・きら・・・・・・い。」
「あ・・・・・・。」
ミクの表情が、一瞬固まった。
GP-1は、戦争が嫌いだと言ったのか。
ミクはどうなのだろう。
戦闘時には俺達と同じコンバット・エキサイトが起こり、敵味方の区別がつく程度まで破壊衝動を掻き立てられる。
戦闘時はそれこそ一種の快楽かもしれないが、戦闘が終了したあと、コンバット・エキサイトによる破壊衝動が収まったときに、肉体的にも精神的にも大きなダメージとなる。
俺も、強化人間になった初めの頃、コンバット・エキサイトの実験を幾度も行ったが、そのあとに酷い筋肉痛や吐き気、頭痛などに襲われた。
酷い場合は精神病になりかねなかった。
では、ミクはどうなのだろうか。
「わたしも戦争や人殺しはきらいだ。」
「・・・・・・。」
「でも、いつか自由になったら、もうそんなことしなくてもいいんだ。」
「じ・・・・・・ゆう。」
「うん。わたしは、好きな人と一緒に家に帰って、二人で幸せに暮らすんだ。」
「・・・・・・いい・・・なぁ・・・・・・じ・・・ゆう・・・・・・ぼく、も、そう・・・したい・・・なぁ・・・。」
「できるさ。いつか、きっと。みんな終わったあとに!」
「うん・・・・・・み・・・く!」
無表情だった彼の顔が、ミクの言葉に元気付きられ、微笑んだように見えた。
だが・・・・・・ゲノムパイロットに、自由は来ない。
戦うことを目的に作られた道具に、自由は来ないのだ。
それでも自由になれると信じた彼の純粋な微笑を見ていると、なぜか、胸が締め付けられた。
俺達は・・・・・・どうなんだ?
「おい。」
突然、冷たい口調の言葉がミク、いやGP-1に向けられた。
「何をしている。」
「・・・・・・。」
「あ・・・・・・みく・・・お・・・。」
初音ミクオだ。
俺達に対する敬語の話し方とは違い、別人のように冷たい口調だ。
「機体の点検なら、ここにいる必要はない筈だが。」
「これ・・・・・・。」
GP-1はミクのウィングを指差した。
「きれい・・・・・・だから・・・みて・・・た。」
その言葉を聞いたミクオは鋭く舌打ちをすると、GP-1に早足で近づいていった。まさか、と思った。
案の定、ミクオの足が舞い上がりGP-1の腹部を直撃した。
「かっ・・・・・・!」
GP-1はそのまま腹部を抱えてうずくまった。
俺の目には、「ただ気に食わないから蹴った」のようにしか見えない。
あの二人にどんな関係があるというのだ。
「そんなことをしている暇があったら、機体の点検でもしていろ!!!」
「ごめ・・・・・・ごめ・・・ん・・・・・・なさ・・・ぃ。」
「なにするんだ!!ミクオ!!!」
当然、ミクは黙っていなかった。
ほんの今まで親しく話していた人間が蹴られたのだ。
格納庫中に響き渡る声で叫んだ。
怒ったミクを、初めて見た。
「フン。いいじゃないか。どうせ、僕の部下だし、こいつなんてただの使い捨てだ。」
「なに?!」
使い捨て・・・・・・?
「行くぞ。そろそろブリーフィングだ。」
「う・・・・・・ん。」
ミクには応じず、ミクオはGP-1を引き連れて去ろうとした。
「待て!」
ミクが再び怒声を上げた。
「なんだい?」
ミクオは何事も無かったかのように振り向いた。
「使い捨てって、どういうことだ。」
「フッ・・・知る必要は無いよ。」
ミクオはそれだけ言い捨てると、格納庫からGP-1と共に去っていった。
「・・・・・・。」
俺はその場で立ち尽くしているミクに近づいていった。
「ミク。」
「隊長・・・・・・。」
「怒りたい気持ちも分かる。だが、彼らのことは、彼らに任せるしかない。」
「でも・・・・・・。」
「俺達には、あいつらの事は分からない。」
「・・・・・・。」
ミクはまだ何か、言葉が詰まっているようだった。
だが、俺達がどうこう言おうがどうしようもない事。
「さあ、俺達もブリーフィングに行こう。」
「・・・ああ。」
俺とミクはブリーフィングルームへと向かった。
「これよりブリーフィングを始める。」
神田美鳥少佐のバリトンがブリーフィングルームに響いた。
部屋が暗くなり、巨大なモニターに光が灯る。
「昼にも話したとおり、このあと三十分後、24:00時に任務を開始する。初音ミクオ、FA-2とGP-1、2、3をD-21エリア五万メートル上空を通過する新型空中空母、AB-1003「ストラトスフィア」まで、配備のために護送することだ。作戦名も・・・「ストラトスフィア」だ。」
空中空母。その奇想天外な言葉を理解することにどれほど時間を費やしただろうか。
日本がいつ、空中空母などを建造したのだろうか。
なぜ、俺達には知られなかったのだろうか。
言いたいことならいくらでもあるが、質問をするなら任務が終わってからでも遅くは無い。
少佐はリモコンでプレゼンテーションを続けた。
地図、座標、高度、進行航路、制限時間・・・・・・あらゆる情報が次々と表示される。
少佐は話を続けた。
「機体のコンピューターには航路を転送済みだ。それをたどりながら、十分以内でストラトスフィアと同高度の五万メートルまで到達する。急上昇を想定して、機体にパワードライブブースターを装着させてある。これなら急上昇、高速移動が可能だ。五万メートルに到達したらブースターを破棄、護衛対象がストラトスフィアへの着艦を確認した後、帰投せよ。ちなみに、護衛へ参加するのはソード1とソード5だ。今回の任務は隠密性を優先するため、大勢での飛行は避けている。」
何?俺とミクだけか・・・。
「残りの隊員は、緊急事態を想定し離陸準備をしてカタパルトにて待機だ。有事の際にはスクランブル待機中のシック隊にも出動させる。もう一つ、気象部隊より、かなり厚い雲の層が地上五千メートルから任務空域に重なっているとの報告を受けた。お前達なら大丈夫と思うが、バーティゴには注意しろ。説明は以上だ。何か質問はあるか。」
少佐が尋ねても、俺も誰も、何も言わなかった。
少なくとも、質問は全てが終わってからだと思っている者は俺だけではないだろう。
「よし。ブリーフィングを終了する。各自、準備を急げ。」
俺達は立ち上がり、敬礼をし、ブリーフィングルームを去っていった。
何事も無くこの任務が終われば、どんなに幸福だろうか・・・・・・。
「司令、まもなく任務参加機の発進準備が整います。」
「よろしいでは、始めるとしますかね。この私の好きな曲でも掛けながら・・・・・・今回の任務にぴったりですよ・・・・・・。」
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