立ち入り禁止のテープが物々しく張られたマンションは、まだ強く煤の匂いが残っていた。騎士はずっと立ち続けていた。泣くでも、怒るでもない、ただじっとそこに立ち尽くしていた。

「はい、どいて下さーい。」
「騎士…。」
「あっ!ちょっと君!」

俺の手も、使土の手も、菖蒲の手も、消防も警察も誰の手も振り切った。テープも人も構わず煤けた階段を無表情で登って、登って、登って、だけどボロボロに崩れて焼けた通路がその足を止めてしまった。

「騎士…これ以上は…。」
「…なせ…。」
「騎士さん!」
「放せ!!放せよ!!」
「止めろ…!」
「啓輔は…啓輔は死んでなんかない!あいつが死ぬ訳が無い!」
「止せ!手が…!」
「啓輔はどうしたんだよ!!あんた仲間だろ!!ずっと啓輔を守ってやるんじゃ
 なかったのかよ!!」
「……すみません…!」
「どうして…!!」

騎士は崩れ落ちる様に座り込んだ。何も掛ける言葉が見当たらなくて、のどが熱く枯れた。


―――Piriririririririri…Piriririririririri…


着信音が響いた。騎士は青ざめて放心状態で携帯を取った。

「…もしもし?」
「…騎士…。」
「え…?」
「…判るか?」
「啓輔…?!啓輔!!…無事なのか?!啓輔!!」
「あはっ…心配してくれるんだな…。」
「当たり前だ!」
「騎士…痛っ…!」
「啓輔?!」
「騎士様、律です。彼は憐梨と一緒に俺が現場から独断で保護しました。」
「律!啓輔は大丈夫なのか?!」
「爆発で重傷ですが命に別状ありません、しかし彼は行方不明な方が今は都合が
 良い。暫くの間、彼は俺が預かります。宜しいですね?」
「ああ、頼む。」
「判りました。」
「…ありがとう…。」

通話を終えると同時に、騎士はそのまま意識を失った。

「騎士?!」
「ホッとして気が緩んだんでしょう。」
「あいつ無事なのかよ?」
「その様ですね…。」
「クソッ…俺の心配返せっての…。」

その時俺達は、啓輔が助かったと言う報せに喜んでいて気付かなかった。全ての均衡が崩れた事に。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

BeastSyndrome -71.懐かしい声-

それは電話越しの再会

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投稿日:2010/06/23 02:07:12

文字数:881文字

カテゴリ:小説

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