先ずは電源を入れ、モニターを確認し、安全装置をロックからオフに切り替える・・・・・・。
バッテリーの容量とミサイル弾頭に異常がないかを確認し、モニターを覗き込む。
これでいい。後はトリガーを引けばニキータがダクトに向けて発射されるはずだ。
発射後はモニターに表示されるミサイルカメラの映像を頼りに、配電盤がある部屋までミサイルを導けばいい。
発射前に俺は周囲を今一度見渡した。
レーダーを見てもこの空間には兵士は一人もいない。背後を取られたり発射音に気付かれる可能性は低いだろう。
俺は発射筒のモニターを覗き込み、トリガーに指をかけた。
トリガーを引くと鈍い発射音が響き、狭いダクトに向け、ミサイルが突き進んでいった。
モニターにはミサイルの弾頭部に搭載されたカメラがーからの映像が送信され、俺は親指でジョイスティックを動かし、ミサイルを操作していく。
狭く暗いダクトの中を、俺はまるでミサイル自身になったかのように、飛び回り、配電盤を目指した。
レーダーで確認した配電室への道のりを、今一度脳内に描く。
右折・・・・・・右折・・・・・・直進・・・・・・左折・・・・・・。
途中で通路にミサイルを激突させそうになりながらも、俺はジョイスティックから親指を離さずミサイルカメラを注視した。
そして、モニターの先から光が差し込むのを目にした。あと一息だ。
光の指す方向にミサイルを直進させ、その光の中へと入った。
そこは無機質な機械類が並べられ、武骨なパイプが何本も連なる部屋だった。
よし・・・・・・ここだ。
モニターに映る部屋を見渡すと、幾つものランプが点灯しているまさに配電盤を見つけた。
俺はモニターの中心線を合わせると、ジョイスティックから親指を離した。
配電盤が迫ってくる。
目前まで、配電盤が迫った。
モニターが配電盤に埋め尽くされた瞬間、どこからか爆発音が起こり、モニターの画面は真っ黒に塗りつぶされていた。
こうしてニキータミサイルは俺によって配電盤に導かれ突撃、玉砕し、壮絶な最期で自分の使命を果たしたのだった。
そして、俺は所長室の前へ舞い戻った。
・・・・・・もしあれが配電盤でなかったら・・・・・・。
電撃床を前に、俺はポーチから空のマガジンを取り出し、電撃床に投げつけた。
マガジンは何事もないように電撃床の上を転がり、普通の床と変わらない反応を示した。
どうやら安心してこの床に足を踏み入れてもいいらしい。
俺は普通に足を電撃床の上に乗せた。やはり床は何の反応も示さない。
配電盤を壊していなかったら、今ごろ俺は黒焦げだ。
無問題と分かればこんなものはただの絨毯と変わらない。
俺は悠々と電撃床の上を渡り、所長室の扉を押した。
扉の先には、高級感のある書斎に豪華な机が置かれ、その後ろにこちらに背を向けて椅子に腰掛けている男がいる。
男は手にしていた厚い小説を机に置くと音一つ立てずに椅子を回し、こちらに振り向いた。
男の顔は想像していたよりも若い、顎鬚を生やした細いものだった。
男は俺の姿を見ても、特に驚いた様子は見せない。
だが、その顔からは極度の疲労感が伺えた。
この状態だ。無理もないだろう。
「誰だね・・・・・・君は。」
男は無表情な声で言った。
「陸軍の特殊部隊の者だ。あんたはここの所長、春日了司だな。」
俺は鮮やかな模様が描かれた絨毯を容赦なく踏みつけて男に近づいた。
「ふむ・・・・・・で、軍人さんがここに何か用かね。」
その言葉はもまるで日常的に発するもののようだ。
この男は自分が人質にされていることを理解していないのだろうか。
それとも、こいつも少々ノイローゼなのか?
「あんたを助けに来た。」
「・・・・・・そうか。」
「電撃床は壊した。見張りもいない。今すぐに俺とここから脱出するんだ。」
「しかし・・・・・・。」
「どうした。」
もしや、こいつもテロリストに協力していることはないだろうな。
「君はここに来る途中、何人の人質と出会ったかね?」
「・・・・・・三人だ。だが、一人は死んだ。」
「どんな、人だった?」
男は急に目を見開き、身を乗り出した。
「クリプトンの、研究員の一人だ。ここに拉致された者の一人だ。」
「そうか・・・・・・。」
彼は安心したように、腰を椅子に戻した。
「そういえば、ここに勤務していたほかの人間はどこにいる?この技術研究連の内部を調べてみたが、その三人以外誰も見当たらないぞ。」
「他の者なら一人を除き、皆、殺されて湖に棄てられたよ。」
「・・・・・・?!」
男は、とんでもないことを平然と口にした。
皆、殺された・・・・・・。
俺は混乱した。テロリストは、ここの人間の殆どを殺し、湖に沈めたというのか・・・・・・。
「だが、その一人というのは誰だ?」
「・・・・・・君がここに来る途中に出会った三人の中の、生き残った二人の中に、丁度小学生ぐらいの小さな女の子はいなかったかな。」
小さな女の子・・・・・・あの、網走博士と共にいたセリカのことか。
「ああ。知っている。」
それを聞くと、男ははっとした表情で顔を上げた。
「その子だ。その子を除いて、他の者は全て・・・・・・私の仲間も、部下も全てな。」
「セリカという少女だろう。」
「そうだ。セリカだ。彼女は今どうしている?」
「安心しろ。さっき俺の仲間が救出した。」
「そうか・・・・・・ならよかった。」
「その彼女がどうかしたのか?」
「・・・・・・セリカは、ここでのゲノム人間開発計画で生み出された、試作品の一つだ。だから、普通の人間より比べ物にならないほど知能が高い。」
彼女がゲノム人間とは・・・・・・。
「唯一の成功例だったが、知能が高いだけで弱々しい体質の彼女は今後の研究に生かすための実験材料には不適切で、廃棄されることも考えられていた。それを見かねた私は、彼女を引き取り、この施設内で養っていたのだ。まるで自分の娘のように・・・・・・。」
「では何故連中は彼女だけを残した?」
「可能性は三つある。一つは、良心の呵責に触れたこと。もう一つは、彼女の体内にあるナノマシンが記した、ある情報の解析が目的で。三つ目がどちらともと言うことだ。」
彼の口から、突然重要なワードが飛び出した。
ナノマシンが体内に記した情報・・・・・・。
「ナノマシン・・・・・・彼女の体内にも?」
「ああ。実験の被験体ゆえに、彼女の体内にはある種の特殊なナノマシンが注入されている。だが、それは通信や情報通信のためではなく、体内の神経配置を作り変えることで、情報を記録していくものだ。そのナノマシンは数ヶ月をかけて彼女の体内に情報を記していったのだ。」
「その情報とは?」
「・・・・・・この研究所のありとあらゆる記録。実験から財務に至るまでのあらゆる情報だ。中にはクリプトンの情報もある。この私でさえ知らされていないことがあるかも知れん。」
「その情報を解析するために、テロリストは彼女を生かしておいたのか。」
「それが本当の理由だろう。だがナノマシンが記した情報の解析などそう簡単なものではない。膨大な費用と、解析を可能にする設備と知識人が必要だ。奴らにそのような物資と人材があるわけがない。」
「ということは?」
「やつらはここに篭城することはないだろう。恐らく近いうちにここを離れるつもりだ。」
俺は、あの鈴木流史が完成させてしまった例のプログラムのことを思い出した。
実はあれ以外にも多くの作業があり、テロリスト達はそれが終了次第ここを離れるつもりかも知れない。
「どこに行くつもりだ?目的は?」
「いくら私でもウェポンズの連中のことなど知る由もない。元々連中は超法規的な行動を幾つも起こし、私から見れば狂人の集まりだ。そして遂にこのような凶行に・・・・・・私自身も何かに利用される予定で、今までははこうしてここに閉じ込めらていた。気晴らしに本を読んでいたが、セリカの身が気なって、いてもたってもいられなかったというわけだ。」
彼は汗もないのに額を撫でた。
その姿全体から、彼がどれほどの不安と緊張を抱いていたのかがわかる。
「・・・・・・話は大体分かった。礼を言う。さぁ、ここから脱出しよう。仲間と合流すればセリカとも会える。」
「そうか・・・・・・では、そうするとしようか。」
彼はぎこちない動作で椅子から立ち上がり、読んでいた小説を本棚に戻した。
「そうだ・・・・・・君にこれを渡しておこう。」
彼は上質な紺のスーツの内ポケットから、何かのカードを取り出し、俺に差し出した。
「これは?」
「この施設の一部のエリアへ進入する際に必要なキーカードだ。これなら施設内の移動が楽になるだろう。」
「分かった。」
俺はキーカードを受け取り、バックパックに納めた。
「行くぞ。」
「あ・・・・・・あぅ・・・・・・ぐ・・・・・・!!」
「?!」
突然、背後から苦しみ悶えるうめき声が上がった。
振り向くと、彼は胸を抱えてその場に倒れこんでいた。
「な、おい!何が会った!!」
それは、紛れもなく鈴木流史を死に至らしめたものと同じ現象だった。
「あ・・・・・・あああ・・・・・・!!」
「どうしたんだ!!」
俺は彼の体を抱き起こした。
だが、既に彼に酢が訪れていることを、そのとき感じ取った。
「・・・・・・君、に・・・・・・頼みがぁ・・・・・・はぁ・・・・・・ある・・・・・・うぐぅ・・・・・・!!」
「・・・・・・言ってくれ。」
「セリカを・・・・・・頼む・・・・・・・・・・・・!!!」
「・・・・・・分かった。」
彼の目蓋は、静かに閉じられた。
遺言を残して。
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