老いた記憶と共に老いた忘却は
埃臭い想い出すら引き留めてしまう。
午前四時の明星が吹き込む北風の下、ただ静謐を湛えた藍の空に、
蘇る影は夥しく、僕をじっと見ている。
そこにいると確信していた。心を突き破るような確信があった。
確かにその時、あなたの質量だけこの部屋の密度が高まった。
貴方の声がした。貴方の影ができた。
鮮やかな青いワンピースを着ていた。
笑った姿が、やけに密やかだった。
私が再び目を閉じてまた開けた時、
あなたは自らの身体を解いていたのだった。
そして随分と細く長くなった、
繊細で儚げなそれをこちらに寄越した。
あなたについて覚えていることはもうそれほどないと思っていたのに、
あなたから紡がれた糸の一本一本が私の心に縫い付けられるたびに、
あなたの歓喜が、あなたの悲哀が、
あなたの嫉妬が、あなたの願望が、
畦道に咲いていた赤い花よりずっと鮮明な感情となって私を染め上げていった。
あなたの私に関する複雑の全てがやがて私の心臓をすっかり縫い上げてしまったとき、
あなたはどこにも居なくなってしまった。
空虚な亡骸のようなワンピースと、
白くなった街、それに私だけが残った。
忘却は私よりもずっと早く老いてしまったのだと。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

紡ぎ出したのは。

2018/10/09 初版"yarn"
2021/02/14 第2版・改題

管理するポエトリーリーディングのコラボに投稿してあった改訂版です。

閲覧数:164

投稿日:2021/11/02 10:44:44

文字数:522文字

カテゴリ:歌詞

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