*6

「ひい、ふう・・あれ、人形足りなくね?」

そう言ってペンを置いたのは廃品回収業者の男だった。
久々に寒い日だ。
悴(かじか)んだ手でリストのチェックなんて仕事は嫌気が差すほど面倒くさい。
さらに言えば、いくら金になるからとは言え、気持ちの悪い人形を一つ一つ数えるのも精神的に滅入る。
まったく、最悪の一日である。
そう思った矢先、声をかけたのは入って3ヶ月の新人。

「あ、それ家の人が持ってっちゃいましたよ?」

「は?」

「えっと、近々ボランティアで人形劇やるらしくて観客の度肝を抜いてやりたいとか何とか。」

「人形劇って何だよ。蝋人形がでてくる人形劇なんて見た事ないぞ?」

「まぁ度肝は抜かれますよね。」

「困るなぁ、廃品として出したんならこっちもリスト作ってるのに。」

「亡くなったこの人形館の主人のお孫さんっていってましたよ。まあ、いいかと思って。」
「ばっかお前、それ本人確認した?親御さん知ってんの?言っとくと、なくなったじゃすまないんだからな?」
「え、廃品ってそんなのいるんすか?」
「お前な、うちじゃ廃品つっても売れるもんは買い取ってんだよ。等身大の蝋人形がいくらするか知ってる?200万だぞ200万。」
「っげ。そんなするんすか?ちょ、ちょっと確認してきます。」
「おう。なくなってたら給料から天引きだかんな?」
「ま、まじ勘弁してください!」
「もっと言うとサーカス劇団人形セット一式もあわせとこうか。」
「まじで!」

ーーーーーーーー

「分かったろ?これはまぎれもない蝋人形であって君の言うプラスティネーションなんてものじゃない。」

へし折った爺さんの指。
加工された死体であれば人体と同じ構造になっているはずである。
だがその指の断面には骨などの人体構成に必要になるパーツなんてものは一切存在せず、それは純粋に蝋のみで出来ていた。

「・・ ・。」
そんな動かない証拠をMeちゃんは口をへの字に曲げて少しつまらなそうに目をそらした。

そう。
いつだって、現実はつまらないものだ。
結局のところ、爺さんは最初から蝋人形で声はスピーカー。
いや、実際はそんな物すら、必要無いのかもしれない。
何せ謎は謎にすらなっていないのだから。

「はぁ、どうするのよ。人形の指まで折ってしまって。」

最初に違和感を感じたのは人形を調べていた時だ。
こんな気持ち悪い人形を隈(くま)無く調べるなんて事、はたしてMeちゃんが率先してやるものだろうか。
僕が困惑しているうちにとは言っても、時間的に果たして可能なのかも甚だ疑問である。
それはまるで、そう。事実を最初から知っていて、そういう設定のもと喋っていたような・・・。

「・・・・随分、その人形を大事にするじゃないか。」
「当然でしょ。蝋人形ってその殆どが一品物。つまりはオーダーメイドなのよ。こんなことしたら職人さんに顔向けできないわ。」

ここまでくると、どうしてそんなことを知ってるのかは想像に難くない。
そしてそれを思ったころには僕はその言葉を投じていた。

「・・・もういいだろ。人形を用意したのは君だ。」

僕がそう言うとMeちゃんの顔から表情が消える。

「・・・・・・。」
しばらくの静寂、しばらくの緊張が僕たちを包んだ。
表情の消えたMeちゃんはまるで、人形のようにただじっと僕を見つめている。
それは驚いたのか、怒ったのか、泣いているのか。
そんな彼女は付き合いだす前の彼女に似ていた。
常に無表情で自分を晒すという事を恐れているように見えた彼女。
友達も作らず、常に一人でいた彼女。
僕はそんな彼女にそんな顔をしてほしくなくて声をかけた。
なのにまたこんな顔をさせてしまっているのかと思うと心がえぐられるように痛い。

「・・・・へぇ?」
そうして再び笑みを浮かべるMeちゃん。
僕には笑みはまるで泣く事のできない孤独なピエロが、自分の顔に描いた涙のように思えた。
「どうしてそんな事言うの?」
「それが真実だからだよ。これ以上、こんな寒空の下にいたら風邪を引いてしまう。」
「そんな事で?そんな事で終わらせるの?」
「そうだよ。これはゲームだ。そして言い換えるなら、これはゲームに過ぎないって事だよ。」

そう、これは推理ゲーム。
ゲームであって事件なんかじゃない。
もっと言うなら謎は謎ですらない。

「じゃぁ、最後にもう一度だけ、推理ゲームをしよう。そしてそれで君が納得したら、僕らは家に帰るんだ。いいかな。」
「・・・わかったわ。」
不貞腐れていた彼女だったが、渋々ながらに承諾した。

「じゃぁ、前提は『君が蝋人形を用意した』ってとこからやらせてもらうよ。」
「・・・そうね。それでいいわ。」
「『君は蝋人形を用意した』。まず、『いつ』と『どうやって』だけど、これは君が出したように、僕らが会う時間の前であれば、正直いつでも筋が通ってしまうだろう。」
「そうね。危うくyou君は殺人犯になるところだったものね。」
そう言うと、彼女は『あれは傑作だった』と言わんばかりに、口元を押さえ、クスクスと笑い出した。
さすがに少しむかっ腹にくる。

「だけど、君は極度の面倒くさがりだ。そんなまどろっこしいことはしていない。
なんなら言ってしまうと、僕と公園をあるいていたころに君は蝋人形を持ち歩いていた。それも台車を使って堂々と。」
ブッキラボウにそんな事を言うと、売り言葉に買い言葉で彼女も言い返した。

「は?あり得ないわね。じゃぁどうしてあなたはそれについて何も言わなかったの?」
「それは仕方ない。なぜなら僕はその間まったくなにも見えちゃいなかったんだから。」
「どういうことよ。」
「眠っていたんだ。蝋人形と一緒に君に運ばれていた。今思うと少しぞっとするかな。」
「い、異議あり。それじゃまるで、私があなたを拉致監禁してるみたいじゃない。」
「人を殺人者扱いしといてよく言うよ。でも、ゲームの開始が爺さんに出会うその瞬間だとして、僕がそうだったと言ってしまえば、そういうことでも君は何もいえないはずだよ。」
「それは・・・・・。」
押し黙ってしまう彼女。
そう。これはゲーム。ルールを優先させるのなら例え多少現実離れしていたとしても融通は利いてしまう。
彼女の視線が痛い。そうやっかむなよ。
先にこの手をつかってきたのは君の方じゃないか。

「わ、分ったわ。私はあなたと蝋人形をこの公園のこの場所に連れてきた。ついでに言うと鞄もかしらね。」
「なんだ。やけに聞き分けがいいじゃないか。」
「いいわよ?ここはあなたに譲ってあげる。覚悟しておきなさい?」
いさぎよい。
というか、トカゲの尻尾切りのようなものだろうか。
覚悟という言葉がどういう意味の覚悟なのかまったく分らないけど、いい意味ではなさそうだ。
そんな恐怖に苛まれつつも僕は自論を続けることにする。
「あとはセッティングだ。君は丁度よく雪の残ってるこの場所を見つけるとベンチに荷物をおいて、爺さんの靴に履き替えたんだ。そして僕の靴と人形と鞄を担ぎ、爺さんが歩いたであろう道筋を普通に歩いて定位置まで行った。そして蝋人形を置き、僕の靴に履き替えると後向きでこのベンチまで歩いたんだ。足跡を残すためにね。」
「へぇ。結構力持ちなのね。私って。」
「時間はたっぷりあった。不可能ではないだろ?」
「・・・まぁね。」
ここで、彼女が演技でもそれを否定しなかったのは彼女をほめるべきだろうか。
僕もこれが彼女にとって一番大変だったと思う。
靴は鞄に入れたとしても、大きな鞄と蝋人形を持つなんて相当な苦労があったことだろう。

「これで、準備は終わった。あとは携帯をポケットにしまい、君は僕を起こしたんだ。」
「ちょっと待ちなさいよ。そうすると、雪には人形の足跡とyou君の足跡が残ることになるんだけれど。」
「そう、それが君の狙いだ。最初にあったのは人形と僕の足跡。この二つ。最初は足跡になんて興味はなかったし、君が僕を見ながら歩いていたのは僕が足跡に気づかないようにするためとも言えるだろう。」

僕の足跡を残すため。か。
我ながら少し複雑な心境である。

「違うわ。私が聞きたいのはそこじゃない。」
空かさず割ってはいる彼女。
「そうだね。それだと僕と君とで1本の足跡を残したことになる。
当然、残りの足跡は君のものだ。だとすると僕は足跡を残すことができない。」
そう。
それこそがこの持論の根幹であり、僕の出した結論だった。
例えそれが事実にしろ、推理上の設定にしろ、その結論を彼女がどう受け止めるのかはわからない。
しかし今こうして僕がその結論に至ったということは、それが少なからず彼女の願望のうちの一つだったと信じる他ない。
彼女はその答えを知ってる。
当然、僕もだ。だってそれは至極当然で謎にすらなってないのだから。
「・・・ごめんなさい。やっぱりいいわ。その続きはとてもつまらない。」
そしてようやく、僕の言わんとする事に気づいたのか、そう言ってMeちゃんはその続きを拒否した。
いや、僕のいわんとする事に気づいたフリをしたが正しいだろうか。
少し、意地悪が過ぎるかも、とは思っている。
でも僕はその続きを言わずにはいられない。
「そうだね。僕もそう思うよ。」
大いに賛同する僕。
正直、彼女がどうしてこんなことを続けているのか僕にはわからない。
家庭の事情なのか、職場の事情なのか。
彼女はその独特な性格が故に多くのストレスを抱え込んでいるのだろう。
僕としては、今この瞬間こそがその捌け口になっていると信じて彼女との会話を楽しむ程度なのだ。
ほんと、彼氏とは名ばかりで彼女のためにできることなど、何一つない。
大した彼氏だ。
「それでも、君はそろそろ帰らなきゃならない。明日も仕事だろ?こんな事で風邪ひいたらどうするんだよ。」
「それはそうだけど。だけど、ズルいわ。それじゃゲームにならないじゃない。」
「・・・そうかもね。」
確かにこれはズルだ。
こんなのは推理であって推理じゃない。
けど、それは僕にとっても、彼女にとっても必要なことだ。
言ってやらなきゃいけないどうしようもないリアルだ。
子供のようにゲームに固執する彼女。
そんな彼女を僕は愛おしく思っている。

「前提として、僕が人形がだったとしたら・・・」
そう思っているからこそ、僕は言葉を口にする事ができるのだから。

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【小説】キミと僕と道化師と6

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投稿日:2018/05/08 19:58:12

文字数:4,288文字

カテゴリ:小説

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