第三章 決起 パート16

 雷雲が一度に訪れたかのような、大気を揺るがす爆発音が響いた。それと同時に、数十メートルの上空にまで砂埃が巻き起こる。だが、その成分は砂ばかりではなかった。赤く染まる肉体の破片と交じり合って、砕け散った鉄片もまた空中を乱舞している。唐突に前方の火砲隊を襲った爆発の意味をハンザは瞬時に理解できず、半ば開けた口をひくつかせながら硬直した。火薬が暴発したのかとも考えたが、違う。
 「南方より砲撃!」
 続けて、下士官が絶叫にも近い叫び声を上げた。その声に我を取り戻したハンザは唸るように叫ぶ。
 「馬鹿な、伏兵だと!」
 視線を南方に向けると、一キロ程度離れた地点では確かに射撃後らしい不自然な噴煙を上げる物体が存在している。そのままハンザは胸元に備え付けていた双眼鏡を手に取ると、無意識にも近い動作でそれを両眼に当てた。狭く、そして円形の視界に写るものはしかし、旧式ではあるが確かにカノン砲の姿そのもの。その時、もう一度カノン砲が、しかも五門一斉に光り輝いた。
 「全軍退避!」
 双眼鏡から手を放り出して瞬間的に叫んだが、その指示が砲弾の速度に叶うわけが無い。直後に先頭集団から阿鼻叫喚の声が上がった。砲弾が遠慮なく、帝国兵を薙ぎ払い、その生命を瞬時に肉片へと変化させたのである。
 「反撃しろ!火砲隊は何をしている!」
 「無理です!既に火砲は全門損傷を受けています!」
 ハンザの怒号に、下士官が悲鳴にも似た叫び声を上げながらそう言った。元より、狙いは帝国軍が所有するカノン砲であった。ハンザは次の瞬間にルワール軍の作戦意図に気付き、憤怒に震えながらその右腕を握り締める。かといって、このまま一方的になぶり殺しにされる訳にはいかぬ。唇の端を強く噛みながら唯一冷静にそれだけを考えたハンザは、兵士達に向かってこう叫んだ。
 「密集するな!散開しろ!」
一度発砲をすれば、カノン砲は暫くの間発射することは出来ない。その間に、少しでも被害を抑える方策を採る。ハンザはそう考えたのである。特にこの当時のカノン砲は現代の大砲と違い、命中率が酷く悪い代物であった。散開して、移動し続けていれば敵も標準に迷いを生じさせるはず。ハンザはそう考えたのである。その時、ハンザの後方から砲撃とは異なる爆発音が響き渡った。別の部隊からの砲撃かと恐怖したハンザはしかし、噴煙を上げる地点を確認してその口元を嫌らしく緩めさせた。
その場所は先程工兵に爆破指示を出した、川を渡る橋梁があった場所であった。先程の指示通り、無事に作戦を終了させたらしい。その瞬間、ハンザの脳裏に戦術がまざまざと、まるで鳥瞰図を俯瞰するように明確に沸き起こった。
この周囲で唯一の橋。そしてその橋の脇を通過したタイミングを見計らったかのような砲撃。全て、一つに繋がった。
 「砲撃に惑わされるな!全軍ルワールへと向けて走れ!」
 次の瞬間、ハンザは全軍に対してそう叫んでいた。恐らく、あの橋の向こうに伏兵がいるはず。考えてみればあの時もそうだった。ルータオの戦いでは逃走すると見せかけてこちらが油断した一瞬に背後から急襲され、混乱したところを各方面からの攻撃により指揮系統を失う羽目になった。今回も恐らく同じ。突然の砲撃により隙を作り、背後からの突撃により指揮系統を分断して挟撃する作戦であるはず。そうでなければこのタイミングで砲撃を行うことは考えられなった。しかも、川を挟んでこちら側には兵を隠せるような都合の良い地形が存在していない。
 「全速力で進軍せよ!一気にルワールへと向かう!」
 続けて、ハンザはそう叫んだ。それと同時に、自身が騎乗している馬の腹を思いっきり蹴り飛ばす。恐らく前方にはこちらが想定しているよりも大幅に少ない兵士しか配置されていないはず。ならば正面からの攻撃でも一定以上の戦果を出すことが出来るはずだ。
ハンザは口元を緩めながら、そのように結論を出した。
自身の完全なる勝利を、確信しながら。
 
 橋梁が爆破される様子は、遠慮の無い砲撃を続けるグミ率いる火砲隊からも確認することが出来た。
 「まずいわ・・。」
 瞬時に表情が青ざめたことを自覚しながら、グミはそう呟いた。あの場所を破壊されれば伏兵の為に待機している赤騎士団の渡河が不可能になる。どうする、とグミは考え、次の瞬間に連絡に向かってこう言った。
 「すぐにロックバード卿に報告を。橋梁が爆破された。指示を求む。」
 連絡兵はグミの言葉に復唱を行うと、事前に用意していた馬に飛び乗ってすぐに駆け出した。その間にも、グミは追加の指示を飛ばす。
 「砲撃を続けて!帝国軍の前方に砲弾を集中させるの!少しでも帝国軍の足を押さえて!」
 軌道を修正して発射された砲弾が帝国軍へと再び降り注ぐ。だが、散開を始めた帝国軍に対して、砲撃の効果は明らかに低下していた。グミの目から見ても、的確な避難指示であると判断せざるを得ない。ハンザが知恵者であることは理解しているつもりだったが、どうやらその認識はこの期に及んで正しいものであると判定されたらしい。ルータオではロックバードの知略に敗れて散々な失態を演じたハンザではあったが、今回は恐ろしいほどに冷静に革命軍の攻撃に対処している。しかもその動き。散開するだけではなく、一気に西へと向けて走り出したあの行軍。砲撃に呼応して橋を爆破したところから考えると、ハンザは恐らく伏兵の存在に気付いている。橋を爆破したことで背後を気にすることなく、正面の部隊と戦えると判断したのだろう。そしてその判断もまた正しい判断であった。数に劣る革命軍は奇策以外に勝利する方法は無い。その奇策が頓挫した以上、革命軍が勝利する確率が格段に低下したことになる。せめてこのカノン砲で少しでも被害を与えられればと願っても、歩兵とは言えあの速度で走られれば、すぐに帝国軍の全員がカノン砲の射程圏外へと飛び出してしまう計算になる。そうなるともうカノン砲で攻撃を加えることは出来ない。歩兵よりも移動に制限のあるカノン砲で敵軍を追いかけることは無謀としか表現出来なかった。せめて砲撃を加えながら移動が出来れば多少は援護になるだろうが、不可能なことを望んでも仕方が無い。
 とにかく少しでも、帝国軍の進撃を遅らせなければ。
 グミはそう考えながら、額に焦りの汗がびっしりと浮かんでいることを自覚した。

 「レン様、まずいことになりました。」
 グミからの砲撃が開始され、暫くの時間が経過した時、奇襲の準備を終えて行軍を開始していたリンに向かってシルバが珍しく焦りを見せるようにそう言った。その状況はリンも理解している。何しろ今から進軍をしようとしていた目的の橋が目の前で爆破されたのだから。
 「メイコ、どうしたらいい?」
 このままでは敵軍を背後から襲うという作戦自体に影響が出る。グミによる砲撃は今尚継続されていたが、何しろ敵兵は二千名を誇る部隊であった。たった五門のカノン砲で大きな損害を与えることが困難であることは誰にでも分かる。
 「迂回路を探ります。」
 気付けばメイコもその額に脂汗を浮かべていた。ロックバードの戦術が頓挫するなど、戦経験が豊富なメイコであっても過去に例が無かった。だが、ここで諦めれば帝国軍が全てルワール市外に展開しているロックバード率いる本隊との直接戦闘に入ってしまう。その数はたった一千、しかも半数は戦の経験が少なく、装備も不十分なルワールの守備兵であった。それだけの兵数で、精強を誇り、しかも数で有利を誇る帝国軍に対抗できるわけが無い。
 「駄目だわ、どの橋も遠すぎる・・。」
 メイコが取り出した地図をメイコと共に覗き込みながら、唇を噛み締めてリンはそう言った。現在地点から最も近い橋は少なくとも五キロ以上先にしか存在していない。そこまで迂回している間に、革命軍本隊との戦闘が始まってしまう。
 レン、貴方なら、どうするの・・?
 強い絶望を感じながらリンは、心中にそのように呟いた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ハーツストーリー 56

みのり「第五十六弾です!」
満「ハンザに対してどう対応するのかね。」
みのり「さぁ・・ということで次回も宜しくね!」

閲覧数:139

投稿日:2011/05/07 20:50:26

文字数:3,295文字

カテゴリ:小説

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