私はハーフパイプのコースを見るたびに蚕の繭を思い出す。絹を作る繭を半分に切ったらこんな感じだろうなって。
 なんでだろう。切った繭を見たことなんてないのに。

 あれ以来、よく見る夢なんだ。
 手のひらに乗るような小さな繭の中で、豆粒みたいに小さな君が滑ってる。
 「これは高い。これは高いぞ」ってアナウンサーが叫ぶ。
 君は飛び上がり、ボードのエッジを持って回転する。左に、そして右に。
 ひときわ高く飛んで、下りて来た時、着地の瞬間「オーっと転倒だ」ってアナウンサーが言う。
 コースの真ん中で、君の巻き上げた雪がしずまると、すべての音が消える。
 観客の声も、ざわめきも、なんにも聞こえなくなる。そして、長い長い時間が過ぎる。
 私の手のひらの上の、繭みたいなコースの真ん中で、いつまでも動かない君がいる……。

 昔は試合の前はいっつもハイテンションだったのに、最近は難しい顔してるよね。ボードにワックス塗るのも前は私が手伝ってたのに、今じゃ触らせてもくれない。微妙なのは判ってるけど……。
 最近成績が伸びないから、いら立ってるのは知ってる。私が邪魔なの? 邪魔だったら消えるよ。いつだって。
 まだ怪我が治りきってないんだから、調子が戻らなくたっていいじゃないって言ってあげたいけど、そんなお気楽なこと言われたくないよね。そんなすぐに楽天的にはなれないよね。
 苦しんでるのはわかるけど。私はどうすればいいのか判らない。
 ちょっとお調子者の君が好きだったんだよ。まじめな君も嫌いとは言わないけど。毎日ピリピリし過ぎててさ、ほんとに、どうしたらいいのか判んないんだ。

 すごいよすごい! 8位だってすごいよ! このところずっと圏外だったじゃない。昔はもっと上まで行ってたかもしれないけど、ここで8位はすごいよ。最高の滑りだった。やっぱり君は天才だよ。私が見込んだだけある。「この人天才」ってハンコ押してあげるよ。
 ねえ、お祝いになんか買ってよ私に。違うか。今笑ったね。久々に笑ったね。その顔が見たかったんだ。それだよ。私? 泣いてないよ笑ってるだけ。笑ってるからさ、涙が出てるだけだよ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい
  • オリジナルライセンス

繭の中の君

歌詞の元にするためのストーリーとして書いています。

閲覧数:279

投稿日:2020/09/19 00:14:52

文字数:902文字

カテゴリ:小説

クリップボードにコピーしました