「…あの、もう一度、言ってもらいたいのですが」
 そう言って、メイトは呼吸を整えた。
「ええ、何度でも言うわ。…私と浮気をして?」
「…いいですか、浮気と言うのは…」
「分かっているわ、それ位。…お付き合いしている異性が居るのに、別の異性とお付き合いすることでしょ?」
「分かっているなら…」
「それしか、彼の命を救う方法は無いの!」
 これでは、メイトが惨めだ。
 好きになった相手に思い人がいるのは知っていた。その相手がカイトであり、自らの君主であることも、自分の思いは届くことのないことだということも、そして、当のカイトも…。
 それを知っていたから、メイトははじめ、自分の気持ちを伝えようとは思わなかったのに、メイトの勘よさが裏目に出た。この日に伝えてしまったことが、間違いだったのかもしれない。もっと後でもいい、そう思っていれば、メイコもメイトもここまで迷うようなことはないのに…。
 それでもメイトはしばらく迷ってから、顔を上げた。
「…わかりました」
「いいの?」
「それで、カイトが助かるなら…。それに、今の俺の主人は姫です。姫の言葉を拒む権利は俺にはありません」
 けなげと言うより、献身的と言うより…誇らしげな表情をして、メイトは夜風をいっぱいいっぱいになるまで吸い込んだ。

 …これで、これでいい。
 彼よりも先に私が『裏切った』。
 これで、彼の命が魔女に奪われることは無い。なにせ、彼が裏切ったのではなく、自分の方が裏切ったのだから、彼が殺される理由にはならない。
 あの騎士、メイトには悪いことをした。ひたむきな彼の心を、利用してしまった…。
 しかし、少なくとも私は、自分の身勝手な恋心のために彼の命を奪ってしまいはしなかった。彼を守ったのだ…。不思議と、メイコの心は満ち足りていた。
「さて、これからどうしようかしら…?」
 また、メイコは甲板に出ていた。
 夜風が気持ちいい。
「もう日が昇り始めているのね…。そうだわ、あの日が昇りきったら、海に身を投げましょう。たしか、おばあさんが言っていたわ。人魚は死んだら海の泡になってしまう、って…それなら、それも悪くないわ」
 独り言で呟き、メイコはふふっと笑った。
 何故笑ったのかとか、もっと別にいい方法があったんじゃないかとか、色々考えていたけれど、すぐにやめた。無駄だ。どうせ、すぐに死ぬのだから。
 恐怖も悲しみもない。
 あるのは満足感だけ…。
「――メイコお姉ちゃん」
 声に気がついて辺りを見回したが、船の甲板にはメイコ以外には猫の子一匹見当たらない。
「こっちよ、下」
 声の言うとおりに視線を下に落とすと、海に解けて消えてしまいそうな青のショートヘアーが目に入った。
「メイコおねえちゃん、久しぶり」
「あなたは…カイコ?」
 にこっとほほえんで、カイコはすぐに本題に入った。
「メイコお姉ちゃん、私やお姉さんたちで魔女に頼んだの。メイコおねえちゃんを人魚に戻して欲しいって。そしたら、私たちの髪と交換に、この短刀をくれたの」
 そういって、カイコはメイコに短刀を手渡し、続ける。
「それで王子の心臓を突き刺すの!日が完全に昇ってしまう前に、王子の暖かい血がお姉ちゃんの足にかかれば、お姉ちゃんの足は魚の尻尾になって人魚に戻れる。さあ、もう夜が明けてしまう!」
「カイコ…。でも、私はもう彼に愛されていない、もうこの命なんて…」
「馬鹿いわないで!お姉ちゃんだけの命だと思わないで!皆がどれだけ心配しているか、分かっていないんだわ、お姉ちゃんは!おばあ様は心配のし過ぎで真っ白だった髪も抜けて、一気に老け込んでしまった。お父様はご心労がたたって、寝込んでしまったわ。お姉さんたちも、おねえちゃんのためにキレイな髪を魔女に売ったのよ!おねえちゃん、早く、早く戻ってきて!」
 そういって、カイコはせかす。
 その勢いに負けて、メイコは思わず何度かコクコクと頷いてしまった。それをみて、カイコは安心したように微笑んで、海のそこへと帰って行ってしまった。カイコを見送ってから、メイコはため息をついた。
 この命など、何のためにあろう?
 彼の命を奪わなければいけないほどの重みのある命なのだろうか、私の罪深い愚かな命が、そんなに?いつもなら、こんなに迷わずに短刀を海に(全力で)放り投げるのだが、カイコや姉、妹、家族が自分のためにそんなに苦しんでいると知ると、無視は出来ない。
 静かに息をついて、メイコは顔を上げ、意を決した。短刀を強く握り締めたまま、カイトが眠っているはずの部屋へと進む…。
 夜が明けるまで、夜が明けるまでがタイムリミットだ…。
 ドアを開き、ベッドで眠っているはずのカイトを確認する。二つのベッドで、それぞれカイトとアリスがすやすやと安らかに眠っていて、アリスは幼く寝言を言っているらしく、時折口をもごもごと動かす。可愛らしい。
 相対してカイトは、まるで死んでしまったかのように静かに眠っていた。長いまつげも絹のような肌も、おきているときにはじっくり見ることの出来なかった細かいところまでみてやると、実に女性的な顔のつくりをしているのがよくわかる。しかし、それは女性の顔ではなく、男性の顔で、どこか凛々しい眉やへの字に曲げた口が、愛らしさを打ち消す。
 今刺せば、彼は恐怖も痛みもそう感じないに違いない…。
 一思いに、とメイコは短刀を振りかざした。
「…っ」
 …出来ない。
 やっぱり、無理だ。
 自ら裏切ったとはいえ、自分が恋をした相手を自分のために殺すなど、できるわけが無いのだ。そして、メイコは窓を開き、短刀を海へと放り投げた。
 低い音を鳴らして海に落ちた短刀は赤く光り輝き、まるで地が広がったかのように怪しげな色になった。
 さあ、甲板に戻ろう。
 そして、潔く身を投げるのだ…。
 くるりと向きをかえ、メイコが部屋を出ようとしたとき、カイトのお付の兵隊たちがわらわらと入ってきて、メイコを捕まえた。
「王子様のお命を狙った女だ!捕らえろ!!」
「な…っ!」
 少しメイコも抵抗したが、相手は大人数、かなうわけも無い。
 騒ぎでカイトとアリスも目を覚ました。
「何やってんの、皆…」
 眠そうに目をこすりながらカイトが言う。
「静かにしてよ、寝てたんだから…」
 もっと眠そうにあくびをしながらアリスがいった。
「この女と騎士が、王子を亡き者にしてやろうと企てていたのです!」
 これにはカイトもアリスもただただポカンとしているばかりであった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

Fairy tale 28

こんばんは、リオンです。
…ものの見事に風邪を引きました。
鼻水が止まらないんですが。
と、言うことで、今日はさっさと寝ますね。
すみません。
では、また明日!

閲覧数:158

投稿日:2010/03/18 23:12:26

文字数:2,690文字

カテゴリ:小説

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  • 流華

    流華

    ご意見・ご感想

    兵士さんっ!勘違いなんです!めーちゃんは殺す気なんてないんです!
    めーちゃんが本当にかわいそうです!兵士は今日から私にとって敵です

    髪を切ったとは…
    つらかったでしょうね………。

    風邪大丈夫ですか?
    お大事にです!!

    2010/03/19 00:04:56

    • リオン

      リオン

      そうです!濡れ衣なんです!
      めーちゃんは何も悪くないんです!!わかんない奴、表出ろや。(おい

      原作ではお姉さんたちが根元からバッサリですからね…。
      まだよかったほうじゃありませんか?

      一晩たって、ものの見事に悪化しました☆
      早く治したいものです?

      2010/03/19 22:12:32

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