4-2.

「へぇ、そんなことがあったんだ?」
「わ、笑い事じゃなかったんですよ!」
「ごめんごめん。俺も軽率だったね。気をつけなきゃ」
「あ、いえ。そういうつもりで言ったんじゃ……」
 放課後の図書館。塾が始まるまでの、少しだけ空いた時間に、海斗さんはなんとか時間を作って会いにきてくれた。
 そこでつい、昼休みのことを話してしまったんだけど、海斗さんは気分を害した風もなく笑った。
 やっぱり、いい人だと思う。初めて会ったときに助けてくれたっていう出来事がなくたって、すごく素敵な人だ。ついでに言えば、愛のお墨付きだし。
「ん? どうかした?」
「あ、いえ。ただ……」
「ただ?」
「学会っていつあるのかな、と思って」
 ごまかすように尋ねたセリフに、海斗さんは「あれ? 教えてなかったんだっけ」とつぶやく。
「明日から二日間あるんだ。学会は大阪であるから、向こうに一泊することになるんだけど」
「え?」
 明日?
 そんなの、聞いてない。
 そう思ったのが顔に出てたみたいだった。海斗さんが慌てて謝ってくる。
「あ、その……本当にごめん。教えてたつもりになっちゃってて」
 そんな海斗さんを見て、チクリと胸が痛む。
 違うの。私は、海斗さんを責めたかったわけじゃないのに。
 ……私って、ひどい子。私はまだ海斗さんと付き合ってるわけじゃないし、そもそも、まだ好きだとも伝えてない。海斗さんが教えなきゃいけない理由も、謝らなきゃいけない理由も、どこにもないのに。
「明日……だったら、私に会ってる余裕もあんまりないんじゃないですか?」
「そうかもしれないけどね」
「だったら……」
「でも、息抜きくらいはしないと、研究ばっかりじゃ身体が保たないよ」
 海斗さんはそう言うと、私の頭をポンとたたく。
「向こうで一段落したら電話するよ。お土産も買ってくるから機嫌直して。ね?」
「え? あの、その、ごめんなさい……なんだか、気を遣わせてしまって。そんなつもりじゃなかったんですけど……」
 私のそんな言い訳を、海斗さんは手を振ってさえぎる。
「未来ちゃんは謝らなくていいよ。俺が教えてなかったのは本当だしね」
「でも……お土産なんて」
 すると海斗さんは、意地悪そうに笑った。
「じゃあ、お土産欲しくない?」
「そ、それは……」
 海斗さんがくれるものが、欲しくないわけがない。でも、そんなの申し訳なくて……。
「欲しかったら、欲しいって言っていいんだよ。それに、俺が買ってきたくて買ってくるんだから、気にしないでよ」
「すみません……」
「謝らなくていいんだって」
 その言葉、愛にも言われたな。「未来の悪いクセ」……か。
「それじゃ……お土産、期待しちゃってもいいんですか?」
「期待するのは構わないけど……でも、高いのは買ってこれないからね?」
 ちょっと情けなさそうに言う海斗さんがおかしくて、私は笑ってしまった。
「高いものじゃなくても大丈夫ですよ。……海斗さんが買ってきてくれるんでしたら、それだけでも嬉しいです」
「そう?」
「はい。だって……」
 海斗さんが好きですから。
 思わずそう言いそうになって、慌てて口をつぐむ。やっぱり、恥ずかしくて言えない。
「だって、なに?」
「いえ……なんでもないです」
「本当に? なんだか気になるなぁ」
「なんでもないですってば!」
 顔を真っ赤にしながら海斗さんの身体をドンとたたく私は、確かにどう見てもなんでもないわけがない。でも……でも、やっぱり無理。言えない。
「じゃあ、なんでもないってことにしとこう。うちの研究室の発表は二日目の午前中だから、それが終わったら連絡するよ」
 苦笑しながら話題を変えてくれた海斗さんに、私は感謝した。あのまましつこく聞かれたら、余計に言えなくなってたと思う。
「はい、分かりました。頑張って下さいね」
「ああ、ありがとう。それじゃ、そろそろ研究室に戻らないといけないかな」
「そうですか……」
 これから二日間海斗さんに会えないと思うと、ちょっとさみしい。でも、引き止めたらいけない。海斗さんだって、やらなきゃいけないことがあるんだもの。私がそれを邪魔しちゃダメだ。
「ごめんね」
 海斗さんに謝らせてしまった自分が、少しだけ嫌になる。
 私って、ひどい子。
「それにさ」
 私の葛藤を知ってか知らずか、海斗さんはちょっぴり気の抜けるような明るい声で目の前の建物を指差す。
 私はその先を見上げた。海斗さんが指してるのは三階の窓の一つだ。全然気付かなかったけど、そこには私の知らない五、六人の男女が身を乗り出してこっちを見ていた。海斗さんに指差されて、彼らは騒ぎながら慌てて部屋の中に消えてしまう。
 今まで海斗さんと一緒にいたところを見られてたらしい。そう思うと恥ずかしくなる。でも、なぜか海斗さんは平気な顔をしていた。
「い、今のは……?」
「同じ研究室の研究生だよ。うちの研究室、あそこにあるからさ。さっきから、早く帰って来い~っていうオーラが出てるんだよね」
 海斗さんはそう言いながら苦笑した。初めて会ったときもそうだったけど、海斗さんって結構神経が図太いと思う。冷静っていうか、落ち着いてるっていうか。でも、そんな人が隣りにいてくれるとすごく安心する。
「あ、あの。それじゃあ……」
「どうも、そうみたいだね……。ホント、ごめんね?」
「いえ、本当は……私も塾の時間でしたから」
「そうなの? いけない子だね、未来ちゃん」
「ご、ごめんなさい……」
 冗談だよ、と言うと海斗さん立ち上がって、もう一度私の頭をなでた。
「俺に会いにきてくれたんだもんね。未来ちゃん、ありがとう……って、君は……」
「……?」
 突然、海斗さんの声のトーンが変わった。私を見下ろしてるようで、不思議と視線が合わない。海斗さんが見てるのは……私の後ろだ。
 なんだろう。そう思って振り返ると――。
「海斗さんばっかり、ズルい」
「メ、メグ! いつから……?」
 愛だった。
 愛は私達の座っていたベンチの影に隠れるようにして座り込んでいた。
「えーと、未来が海斗さんを待ってる時くらいからかな?」
「それって……」
 途中からかと思っていたら、ばっちり初めからだった。なんで今まで気付かなかったんだろう。恥ずかしすぎる。明日、愛に言いふらされてしまったら、恥ずかしすぎて死んでしまうかもしれない。
 愛は立ち上がると、ものすごく悔しそうな顔をして、右脚をベンチにかけて拳を握り締めた。
「メグ、ちょっと……」
 愛はスカートをかなり短くしている。片足をあげたその姿勢は、かなり危ない。太もものかなり危険なところまで見えている。でも、愛はちっとも気にしていないみたいだった。
「こんな公衆の面前で二人でイチャつくなんて、こうなったらあたしもなりふり構ってられないわ」
 私達は、お互い顔を見合わせた。海斗さんも困ったように苦笑を浮かべている。
「海斗さん!」
「……はい?」
「これ以上あなたに先を越されるわけにはいかないの。だから、まだ海斗さんがあたしの未来としたことのないことをさせてもらうわ!」
「……?」
「あの……メグ?」
 愛はそう宣言すると、海斗さんと私の間に割り込んで、渡さない、とばかりに私を抱き締めた。
「そういうわけで、あたしは未来と一緒に帰ります!」
 宣言された。
「ええと……お幸せに?」
 笑いながら、手をふる海斗さん。その反応は、なんていうか納得がいかなかった。
「海斗さん?」
「だって、俺は未来ちゃんを信じてるから」
 恥ずかしげもなくそう言う海斗さんに、私は顔が赤くなる。
 ……なんで平然とそんなことが言えるんだろう?
 そう言ってくれるのは、確かに嬉しいんだけど。でも、なんだかからかわれてるだけのような気もする。
「そうやって余裕ぶってられるのも今のうちよ! 海斗さんが帰ってくるころには、私達は正式に結婚してるんだから!」
「メグ……分かってると思うけど無理だからね?」
 私の声が届いていない愛には、もしかしたら無理ってことも分かっていないのかもしれない……さすがにそれはないと思うけれど。
「未来ちゃん。悪いけどそろそろ本当に戻らないといけないから、またね」
 申し訳なさそうに海斗さんはそう言うと、別れを惜しむように手を振る。
「はい。頑張って下さいね!」
 走り出す海斗さんに、私も手を振り返した。
「未来!」
「な、なに?」
「あたしと海斗さん、いったいどっちが大事なの!?」
「あの……メグ?」
 色々と倒錯しすぎた思いを突き付けられても、困る。
「まぁいいわ……今日、未来と一緒に帰れば、あたしの方が一歩リードできるわよね?」
 なにがリードなのかわからない。しかも、だ。
「私、これから塾よ?」
 その言葉は、やっぱり愛には届いていなかった。
 私には、愛にそれ以上なにを言えばいいのかよく分からなかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

ロミオとシンデレラ 18 ※2次創作

第十八話。


なにやら不思議な三角関係が構築されつつあるようです(笑)。
ということは、もしかしたら愛嬢は「ロミオとジュリエット」でいうところのパリスなのかもしれません。
・・・・・・そんなつもりはなかったんですがね。

「愛がパリスってことは、最期はロミオに・・・・・・?」
と思った皆さん、ご安心ください。ラスト近くはパリスとは全然違う、役回りになる予定ですので(その言葉のどこに安心すればいいのだろう・笑)

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投稿日:2013/12/07 12:56:35

文字数:3,678文字

カテゴリ:小説

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