囚われ続ける〝記録〟を消し去りたいならば
 すべてを捨てる覚悟をしてから刻め
 〝永遠〟の印と共に・・・


依頼その一「こんなことなら出逢わなければよかった」


 ある日の午後。窓側の一番後ろの席から教室を見回すと、昼休みが終わった後の授業ということもあり三割の生徒が居眠りをしていた。にもかかわらず、教師は何も言わずに黙々と板書を続けている。
 注意しても起きない生徒ばかりなので、時間の無駄だということに最近気が付いたらしい。
 だからといってノートを取っている生徒が真面目に授業を受けているわけでもない。その代表とも言えるのがこの俺、八木沢進〈やぎさわ しん〉だ。
 ちゃんと授業のノートも取るし、宿題もやってくるが、ただそれだけ。それ以外の時間は窓の外を眺めるか、携帯を眺めるかのどちらかだ。
 そんな生徒は教室中にごろごろいる。寧〈むし〉ろ真面目に授業を受けている生徒は一割程度しかいないだろう。
 それでも、俺は教師には気に入られているし、周りの奴らからも真面目だと思われている。故〈ゆえ〉に、絶対に注意されることもない。
 まぁ、それもこれも全部は〝俺〟という人物像を作り上げてくれた全校生徒のおかげだろう。
 聞いた話だと、〝八木沢進〟と言えばこの学校の生徒なら誰でも知っている存在らしい。
《八木沢進。クラスは三年六組で文武両道、真面目で優しいクールなイケメン生徒会長。現在、付き合っている相手は副会長の六浦柳〈むつうら やなぎ〉。幼馴染であり、許嫁でもある彼女に一途な愛を貫いているけど、生徒会役員の四ツ谷椿〈よつや つばき〉と九重〈ここのえ〉兄弟を巻き込んだ多角関係の真っただ中。それでも校内ランキングの彼氏にしたい男部門、三年連続ナンバーワン。などなど、うちの学校の王子様だよ》
 という噂をあちらこちらで女子生徒がしているのに出くわしたことがある。
 尾ひれどころかいろんなものがくっついて、全部違うといってしまいたいが、強〈あなが〉ち間違いではないこともある。
 例えば、生徒会役員の事。メンバーは勿論役職も間違いはない。ただ、何がどうしてそうなったのかはわからないが俺と柳は幼馴染だし付き合ってもいるが許嫁ではないし、ほかの役員との多角関係も全くない。ついでに言えば九重兄弟は他校の女子に気があるらしく、週の半分は口説きに行っている。
 だが、なにはともあれそうやって作り上げられた〝八木沢進〟が俺を守ってくれているのが現状だ。
 だから、こうやって窓の外を眺めているなんて誰も思わない。
(あ、雨・・・)
 朝の天気予報通りならば小雨程度だったはずだが、みるみるうちにゲリラ豪雨と呼ばれるくらいの大雨になっていた。
 その光景があまりにも〝あの日〟によく似ていた。
 すべての発端となった〝あの日〟に・・・
 ふと、視線を黒板に戻すとまた教師が板書を始めていたのでペンをノートに走らせた。
 丁度、書き終わることにポケットに入れてあった携帯が、その存在を主張し始めた。短いバイブレーションだったから、きっと〝アレ〟が着たんだろう。
 教科書で死角を作り携帯を確かめてみると予想通り送り主は自動送信設定してあるサイトからだった。
【新着の書き込みがありました】
 その一文を確認するかしないかで、すぐ下に表示されているリンクから書き込みの内容を確認しに行く。
 表示された書き込みの投稿者欄は初期設定の〝匿名〟のままで、内容もたったの一行だけ。
【どうしても忘れたい人がいます】
 たったのそれだけしか書かれていないが重要なのはその内容ではない。その一行の文章の後ろにいくつかスペースを空けて打ち込まれているのは〝永遠〟の印である記号の〝∞〟
(またか・・・最近は特に多いな・・・)
 投稿者への返信を選択して、あらかじめ登録してあった文章を呼び出す。
【放課後、旧校舎の三階一番奥に一人で来ること】
 送信ボタンを押し、そのまま携帯をポケットに戻した。

 星華高校〈せいかこうこう〉裏サイト。この学校に存在する非公式、非公認のサイトだ。複数存在する掲示板に生徒・教師・部活動・委員会などに対する誹謗中傷を書き連ねるだけのただの悪質サイトの一種だ。
 掲示板自体は、新しいものを誰でも匿名で増やすことができるシステムで掲示板を新たに作った人が管理者になる。故に、掲示板の細かい設定はその掲示板の管理者が好きに決めることができるのだ。
 そのため、裏サイトの掲示板数は千を軽く超えている。そのうちの半数近くは作られただけで対して書き込みもされていないのだが・・・。
 大量に存在する掲示板の一つ〝裏生徒会〟の掲示板を管理しているのが俺だ。
 この掲示板には特殊な設定がしてある。それは、ほかの掲示板ではほとんど使われない、管理者と投稿者のみが書き込みを閲覧できるようにする機能がついていること。もちろん、書き込みに返信できるのも、その返信を閲覧できるのも管理者と投稿者のみだ。
 そして、この機能を使って書き込みをした場合だけ俺のところにメールが届くようになっている。さっきのメールがそれだ。
 その送られてきたメールのうち、ある条件をクリアしたものだけに俺は返信するようにしている。それも、全く同じ内容の返信を。
 俺が返信する条件は〝永遠〟の印〝∞〟が本文の最後に入っていること。
 ただそれだけだが、その記号が重要なのだ。
 それが、俺を含めたグループ〝メビウス〟への依頼になるのだから。
 
 メビウスは現在、現役の生徒会役員によって構成されている。この事実を知っているのはメビウスのメンバーである俺らだけだし、それを知るメンバーが今後増えることはない。
 その理由は簡単だ。現在メビウスに所属しているメンバーは全員が同じ秘密を持っているからだ。逆に言えば同じ秘密を持っていなければメンバーにはなれない。
 メンバーが共通して持っている秘密。それは・・・
 全員が特殊な能力を持っているということだ。
 もちろん、身体能力的なものの事を言っているわけじゃない。非科学的な、超能力と呼ばれる類のものだ。
 例えば、俺の能力は記憶操作〈メモリーコントロール〉だ。
 動物だろうが人であろうが、記憶に介入して改竄〈かいざん〉することができる。と言っても、何でもできるわけではなくいくつか制限はある。
 一つ目は、相手に触れていること。二つ目は、対象が単体であること。三つ目は、改竄できるのは記憶だけだということ。最後に、自分自身には使えないということ。
 つまり、触れていない相手や触れていても二人以上の相手に同時に能力を使うこと、記憶の改竄を基に、実際に起きてしまった出来事を改竄すること、自分の記憶を書き換えることは俺にはできない。
 この制限は能力によって異なるが、制限が全くないということはまだ聞いたことがない。
 そして、制限とは別にもう一つ、能力の使用に関わってくるものがある。それは、能力使用者の精神力だ。
 精神力が高ければ使用できる能力の質も高いし、使用回数が多くなったりする。逆に、精神力が低ければ質も低くなるし、回数も減る。
 ゲームなどでよく聞く、MP〈マジックポイント〉がわかりやすいかもしれない。
 魔法などを使うとき、MPが高ければ威力の高い魔法をつかえたり、威力は低くても何回も使えたりする。しかし、MPが低ければ威力の低い魔法でも一度しか使えなかったりする。
 イメージはそんな感じだが、やはりゲームと現実は別物だ。
 自分の精神力がどれくらいあるのかは目に見えるものじゃない。ゲームのように残りが数値で表されることもないし、使う能力に対して使う精神力の数値が決まっているわけでもない。
 最大の違いは、MPが無いと魔法が使えないゲームに対して、精神力が無くても能力が発動すること。
 能力に対する制限を守っていれば【発動】させることはできる。その【発動】した能力を精神力で制御して【使用】する。この、制御に失敗すると能力が【暴走】する。
 
 俺自身あまり覚えていないが、過去に暴走したことがある。小学校の低学年くらいだったと思う。
 暴走した瞬間は何も考えられなかった。寧ろ、それが暴走なのかもわからないくらいだった。ただ、痛くて、苦しくて、身体が動かなくて、怖かった。
 その時は、そのまま気を失ったらしく気が付いたときにはベッドの上にいた。
 何があったかを思い出そうとしても、痛みや恐怖を感じて今に至るまでしか記憶がない。それ以前の事を何も思い出せなかった。まるで、自分で自分の記憶を消してしまったのではないかというくらいに・・・。
 その後、自分の記憶を覘いてみようと何度か試したが、やはり自分の記憶自体覘くことは出来なかった。
 これは後から聞いた話だが、この当時、断片的な記憶喪失者が多数いたそうだ。
 暴走した俺が、何らかの形で関わっていたのではないかと今でも思っている。

「・・・ん。進君!」
「え・・・うわっ?」
 名前を呼ばれ我に返ると、目の前には、くっつくんじゃないかってくらい近くで心配そうに顔を覗き込んでくる俺の彼女がいた。
 考え混んでいて気づかなかったとはいえ、この距離はいろいろと心臓に悪い。
「あ、やっと気づいた。なんか真剣に考えていたみたいだけど、もう放課後だよ?」
 ミルクティ色の髪の毛をした彼女、六浦柳はそのままの距離で聞いてくる。
(って、え?)
「放課後・・・?」
 一瞬、柳の言葉を理解することができなかった。
 周りを見回すとほとんどの生徒が既に下校、もしくは部活へと教室を後にしていた。
 先ほど降っていた大雨ももう既に止んだようだ。
(まったく気づかなかった)
「大丈夫?もしかして調子悪い?」
「いや、ちょっと考え事?してただけ」
「そこなんで疑問形なのよ」
 くすくすと笑いながら彼女は身体を起こし、俺を覗き込むのをやめた。やっと開けた視界だがそれはそれで少し残念な気もしてきたからどうしようもない。
「まぁ、とりあえず生徒会行くでしょ?」
「あぁ、そうだ・・・」
 メビウスへの依頼があることを思い出し彼女に告げると、眉を少し下げて困ったような表情をした。最近、依頼が増えていることを彼女も気にしているのだろう。
「じゃぁ、椿ちゃんたちにも連絡しないとね」
 そういって、携帯を取り出すと慣れた手つきでメールを打ち始めた。
「ほら、私が打ってる間に荷物の準備する!」
「はいはい」
 準備と言っても持って帰るのは筆記用具くらいだ。あとはロッカーの中に突っ込んで帰る。今日の授業の教科書類をまとめ終わったところで、柳もメールを打ち終わったようだ。
「進君、それ全部置いて帰るの?」
「あぁ、持って帰っても見ないしな」
 不満そうに声を漏らした柳にそう答えると、でも、とか、やっぱり、なんて言い始める。
「ほら、行くぞ」
 立ち上がり、荷物を持ってない手で頭をそっと撫でてやればそれだけで口を噤〈つぐ〉む柳はちょっと単純だと思う。
(まぁ、そこが可愛くもあるんだけど)
 
 この学校、星華高校は特殊な作りの校舎になっている。何でも大学を意識しての作りらしい。だから、この学校は一足制で上履きや下駄箱と言ったものがない。単位制を取り入れていることもそうだろう。
 ほかにも、ラウンジがあったり、各クラスごとにロッカールームがあったり、廊下に吹き抜けがあったり、屋根がガラス張りだったり、講堂があったりと高校にしては珍しい作りだ。
 この学校から道路一本挟んだ裏側にあるのが元々の星華高校の校舎だ。こちらは昇降口に下駄箱があって上履きを履いて・・・という従来の作りだ。
 俺たちが入学する前までは使っていたらしい。その後、新しい校舎に移動になったため、管理棟・生徒棟・部活棟のうち、現在は部活棟だけが使われている。表向きは。
 裏向きには俺たちがメビウスの活動として生徒棟の三階にある生徒会室を使っている。今日もそこに行くわけだが・・・。
 
 そうこう考えているうちにロッカールームについた。
 自分のロッカーに暗証番号を打ち込んで開け、教科書を入れてロックのボタンを押す。
 その単純作業を見ていただけなのに柳は少し嬉しそうにしていた。
「えっと、何かいいことあったのか?」
「うん、だってロッカーの暗証番号私の誕生日でしょ?」
 目ざといというかなんていうか。
 ロッカーの暗証番号は防犯のため周囲からは見えにくいようになっている。また、同じ理由で自分の誕生日は避ける決まりになっている。
 それ以外でつける番号で一番忘れないのが彼女の誕生日だったのだが、まさか本人に知られるなんて思わなかった。
「よくわかったな」
 少しだけ熱くなった頬を見られたくなくて顔を逸らした。
「んー。まぁ、考えてることは大体同じだったし・・・」
 次第に小さくなる柳の声。どうしたのかと思って見ると俯いていたので表情はわからなかったが、耳が赤くなっていたから隠そうとしているのがバレバレだった。
「自分で言って照れなくても」
「て、照れてない!」
「まぁ、そういうところも可愛いよ」
 そう言って頭を撫でると何か言いたそうにしながらもおとなしく撫でられている。その表情を見ると、たまに思う時がある。
(可愛いって言われたくないんじゃないだろうか)
 大体の女の子は彼氏に可愛いと言われれば嬉しいんだと思う。でも、柳はあまり嬉しそうにしない。それをわかっていながら、柳自身が何も言ってこないのを良いことに俺は言い続けている。可愛いと。
「時間も時間だし、今日はこのまま行こうか」
「そうだね」
 この後、旧校舎へ向かうまでお互いに口を開かなかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

零の鎖 ~星の華編~ 1

自作楽曲「放課後∞メビウス」の小説版
4章構成(予定)の1章
完成後は零の鎖シリーズのCDとセットでイベントに出す予定です。

ピクシブにも同じものを投稿してます。

閲覧数:266

投稿日:2014/03/23 15:11:28

文字数:5,633文字

カテゴリ:小説

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