03
 人のいない廃墟となったレンガ造りの建物を抜け、僕は目的地を目指す。
 他のみんなは正面から経路を塞いでいるはずだ。
 物資を積んでいる車両を待ち伏せするために。
 僕の役目は、正面に気をとられている敵の背後からの強襲だ。早すぎれば意味がないし、遅ければ効果が薄い。よくタイミングを見計らわなければならない、重要な任務だ。
 さっきので時間をとられている。……よくない兆候だ。
 なにか悪いことがあると、それは重なるのが常だ。
 僕が遅くなったときに限って、敵の輸送車両が早く通りすぎてしまう、なんてこともありかねない。
 急がないと。
 周囲も最大限に警戒しながら、建物を抜け、塀を乗り越え、広場を迂回する。
 ここは廃墟の街だった。
 東ソルコタ神聖解放戦線と政府軍の激しい戦闘のあと、勝利した政府軍が制圧し、一部は軍事キャンプと化している。
 そこへ届けられる物資は、武器であろうと医療品であろうと食糧であろうと、その全てが僕らの脅威だ。それによって、敵の勢力はよりこの場所に安定して駐留できてしまうのだから。
 失敗するわけにはいかない。
 ――ここだ。
 目標の建物について、それを見上げる。
 レンガ造りの四階建ての建物だ。外壁には無数の弾痕が刻まれ、窓もすべて割られている。僕のいるところから見て右側は崩れ落ちていて、建物の中がうかがえた。破れて中のスポンジが見えているソファに、傾いていまにも落ちてしまいそうな絵画に、かろうじて残っている三階の床からたれ下がったボロボロの絨毯。
 ……屋上まで登らないと。
 屋内に入ってみるが、階段は崩落した右側にあったらしい。上まではよじ登っていくしかない。
 自動小銃を背中に回し、近くの家具に足をかける。
 僕は建物がさらに崩落してしまわないかという恐怖にさいなまれながら、屋上まで慎重に登っていった。

 屋上で身を隠すこと一時間、ようやくガソリンエンジンのうなり声が耳に届くようになった。標的の輸送車両がやって来たのだ。
「――ッ」
 間に合っていたことに一瞬安心したが、それよりも緊張が勝った。僕は思わず身体を強ばらせ、息をのむ。
 心臓がバクバクいって、えもいわれぬ恐ろしさが全身を包む。
 ――落ち着け。いつもの仕事だ。
 敵を殺す。
 そうすれば、敵にダメージを与え、僕は今日も生き残り、ご飯を食べ、眠ることができる。
 そのためには、敵を殺さなければならない。
 僕が生きるためだ。
 ゆっくりと深呼吸して、自分を落ち着かせる。
 屋上から少しだけ顔を出して見下ろすと、三両の軍用トラックが走ってきていた。
 防弾仕様、乗っている人も恐らく武装している。
 その車には、二つの旗がついていた。
 白地に赤の十字の旗だ。
 一緒に掲げられているのは、水色の中央に白い模様の入った旗だった。
 そのどちらも、導師が「忌まわしき西洋の旗」と呼ぶ旗。
 僕らの敵。
 政府軍と双璧を為す、赤十字と水色のの悪魔ども。
 自動小銃を握る両手に力が増した。
 だけど、僕が先に手を出すわけにはいかない。
 ちらりと遠目に車両を見てからは、すぐに屋上に身を隠す。僕の存在は絶対にバレてはならない。これ以上姿をさらすわけにはいかなかった。
 僕は辛抱強く待つ。
 近づくエンジン音。そしてタイヤが土の上を滑る音。急ブレーキだ。
 間髪入れず銃声、銃声、銃声。
 聞きなれた音。僕らの使う自動小銃の音だ。
 同士討ちを防ぐため、背後に兵士はいない。囲いは前方に弧を描いているだけのはずだ。
 思いっきりアクセルを踏んだのだろう。タイヤが空転し、砂を噛んで急速バックする。
 爆発音。
 車両が一台横転し、残りの二台が止まる。
 地雷か手りゅう弾。恐らく後者だが、地雷だと思わせてしまえばこっちのものだ。
 銃声は止まない。
 前にも後ろにもいけなくなった輸送車両は、最後の手段に出ることになる。
 ――すなわち、戦闘だ。
 銃声の合間にばたん、とドアを開ける音が聞こえる。
 途端、銃声が倍に。
 僕らのとは違う、鋭く、激しい銃声。
 僕らが使うような中古の粗悪品じゃない、しっかり整備された正規品の自動小銃だ。弾薬も物がいいから、不発や弾詰まりもない。
 聞いているだけで羨ましいと思ってしまう。
 そして、扱う者も僕らのような子ども兵ではない。ちゃんとした訓練を受けた大人の兵士で、練度が高い。
 恐らくは政府軍の正規兵で、赤十字の悪魔どもの護衛をしているやつらだ。
 すぐにこっちの音が減って、次々と打ち倒されているのがわかった。
 ――いまだ。
 屋上の塀から頭を出し、自動小銃を構える。
 音だけで想像していた光景は、ほぼその通りの光景だった。
 一番後方のトラックが横転していて、その手前に二台、下がりかけの状態で止まっていた。両側のドアが開いていて、それを盾にして僕の味方へと銃撃している。
 それはすなわち、僕からは彼らの無防備な背中が見えているということだ。
 いくら車両が防弾でも関係ない。
 防弾装備も大抵はベストとヘルメットだけ。
 背後から四肢や関節を狙えば、仕留めるのは容易い。
 チャンスは一瞬だ。
 僕の射撃に敵が混乱しているうちに倒しきってしまわなければならない。
 見る限り、敵の数は五人。残しても二人と思うと、最低三人は僕が仕留めてしまわなければならない。
 さっき照準が狂ってしまったことを考慮に入れ、素早く慎重に狙いを定める。
 銃底をしっかりと肩にあて、銃身を安定させる。
「ふぅー」
 息を吐き、強ばった身体を弛緩させる。
 引き金は軽く、軽く。
 たたたたた、と軽快な音が鳴る。
 一番手前の敵が絶命、トラックの逆側のドアの兵士が周囲に顔を巡らせている内に鮮血を撒き散らしながらもんどりうって倒れる。
 それをゆっくり眺めることなく、僕はもう一両の車両へと銃口を向ける。
 まだ僕の位置を特定できていない三人目をなんとか仕留めたが、同時に弾倉が空になってかちん、と軽い音と共に撃鉄が上がってしまう。
「チッ」
 すぐに身を隠して弾倉を入れ換える。
 ……危なかった。
 空の弾倉を捨てながら、一人ごちる。
 二人目で弾倉を使いきっていたら、リロードしている内に守りを固められていたはずだ。
 そうなっていたら、僕の不意打ちは失敗だった。
 二人倒しただけでは、戦局を変えるほどの効果を上げたとは言えない。
 ――やるべきことをやった。僕は、ミスしていない。
 新しい弾倉を自動小銃に込めて顔を出すと、戦闘はほとんど終わりを告げていた。
 包囲網を縮めた味方が、残り数人となった敵を囲み、容赦ない銃撃を浴びせていた。
 これ以上は味方に誤射しかねない。彼らに任せるべきだろう。
 僕は銃を戻してセーフティをかける。
 戦闘の終了を見届ける前に、僕はその場を離れて車のもとへと向かった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

イチオシ独立戦争 3 ※二次創作

第三話

戦闘に関して。
今回、通常取り上げられない要素について言及する話にできないかな、と思って書いています。
第一話の照準が狂うくだりや、今回だと実際にはすぐ使いきる弾倉のくだりなんかですね。

映画やなんかだと、基本的には触れられないような部分の描写をすることで、リアリティが出ないかなと思い。

たぶんクリストファー・ノーラン監督の「ダンケルク」の影響だと思います。
激しい銃撃戦を繰り広げるよりも、「ダンケルク」における戦争の描写の方が、すごくリアリティがあると思ったので。

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投稿日:2018/08/25 18:12:31

文字数:2,844文字

カテゴリ:小説

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