週末には、包帯が取れてわたしの足は元通りになった。そして週が開けると、中間テスト。特に難しいということもなく、簡単ということもなく、いつもどおり。
 ハク姉さんとは、まだ話せずにいる。同じ家に住んでいるのに、二週間近く顔をあわせないというのは奇妙に思えるかもしれない。でも、ハク姉さんが自発的に部屋の外に出てくることはまず無いので、会おうと思うとわたしの方から会いに行かなければならないのだ。他の家族がいる時だと声をかけづらいし、様子を見て声をかけても寝ているのか、返事がないことばかりだった。
 そんなわけで、わたしはハク姉さんの顔を見ることができなかったし、なんであんなに飲んでいたのかを訊くこともできなかった。まさか、避けられているということはないと思うけれど……。
 一方で、鏡音君とは前よりもずっと話せるようになった。学校内だし、そんなに長い時間ではないけれど。
 中間テストが終了し、ミクちゃんに買い物に連れ出され――ミクちゃんはかなり執拗にミニスカートを薦めてきたが、さすがにそれは断った――着ていく物を買い揃えた。ミクちゃんはものすごく張り切っていて、ちょっと気おされてしまったけれど、ミクちゃんと一緒に買い物をするのはとても楽しかった。


 日曜日。わたしはミクちゃんが選んでくれた服――淡いベージュのカットソーにワイン色のジャケット、くるぶし丈のカーキ色のパンツ――を着て、ミクちゃんの家へと出かけることにした。
「リン、楽しんでいらっしゃい」
「うん……ありがとう、お母さん」
 お父さんは、昨日から泊まりがけで出かけている。家にいなくてほっとした……のは本心だけれど、そんなことを考えてしまう自分が嫌だ。ルカ姉さんは出かける用事がないのか、自分の部屋にいる。ハク姉さんは、今朝部屋の様子を伺ってみたけれど、返事がなかった。多分寝ているんだと……思う。
 折角ミクちゃんと出かけるんだし、家のことはちょっとだけ忘れても……いいよね? わたしは車に乗り込み、ミクちゃんの家へと向かった。
 ミクちゃんの家に着くと、ミクちゃんが明るく出迎えてくれた。いつもは垂らしている髪を、今日はシニョンにしている。着ているのはデニムのジャケットとミニスカートに、黒のタイツだ。
「おはよう、ミクちゃん。今日は髪、上げたんだ」
「遊園地だもの。垂らしていたら危ないわよ。それはさておき、ちょっと入って」
 お邪魔します、と言ってミクちゃんの家に入る。ミクちゃんは居間へと歩いて行ったので、わたしも後に続く――あ。
 居間にはミクオ君と鏡音君がいた。あれ? 遊びに来ていたの?
「じゃ、そろったことだし、出かけましょ」
 そんなことを言うミクちゃん。えーっと、そろったって……。わたしはミクちゃんの袖を軽く引っ張った。
「何? リンちゃん」
「あの……」
「四人で行くって、言ってなかったっけ?」
 ……全然聞いてない。そもそも、いつそういうことになったの? わたしはミクちゃんとのやりとりを思い返してみた。やっぱり聞いてない……と思う。
「人数多い方がああいうところは楽しいのよ。さ、行きましょ」
 ミクちゃんはそう言って、わたしの手を取った。なんだか、よくわからないことになってきた。わたしはミクちゃんに引っ張られるようにして、ミクちゃんの家を出た。


 混乱していたので、遊園地に行くまでのことはよく憶えていない。とにかく、わたしとミクちゃんとミクオ君と鏡音君の四人は、ミクちゃんの家の車で遊園地に向かった。入り口で、一日フリーパスを購入して、中に入る。
「中間も終わったことだし、今日は思いっきり楽しむわよ! まずはやっぱり、あれに乗らないとね」
 そう言ってミクちゃんが指差したのは、ジェットコースターだった。レールがぐるぐると何度も回転しているタイプの奴。見ているだけで目が回りそう……。
「遊園地の華って言ったら、やっぱあれだよな」
 ミクちゃんの隣で、ミクオ君がそんなことを言っている。
「ミ、ミクちゃん。あれに乗るの……?」
「うん」
 笑顔でミクちゃんは頷いた。わ、わたし、あの手のものは苦手なんだけど……。
「わたし、あの手のはちょっと……怖くって……」
「えーっ、折角来たんだし、乗りましょうよ」
 わたしは首を横に振った。ミクちゃんの誘いでも、それだけは無理だ。
「ごめんなさい、ミクちゃん。わたし、コースターは無理……」
「うーん、でも……」
 ミクちゃんが残念げにコースターを見る。……すごく乗りたそう。ミクちゃんたちだけ、乗ってきてもらおう。わたしはその辺で待っていればいい。そう思った時だった。
「じゃ、初音さんはクオとあれに乗って来たら? 俺と巡音さんはここで待ってるよ」
 鏡音君がそう言い出した。え? わたしはびっくりして、思わずそっちを見た。
「なんなら、しばらく別行動にしねえ? 折角だし、俺は色々と絶叫系乗りたい」
「俺はいいよ。初音さんは?」
「リンちゃんさえよければ、わたしもそれでいいわ」
 わたしが混乱している間に、話はどんどんまとまっていく。ミクちゃんが、問いかけるようにこっちを見た。
「え……ええ」
 乗らないで済むのならそうしたい……でも、ミクちゃんが誘ってくれたんだから、楽しんでほしいし。
「じゃ、決まりっ!」
「そんじゃ、俺とミクは絶叫マシン連続記録作ってくる」
 ミクちゃんとミクオ君は連れ立って行ってしまい、わたしは鏡音君と残された。
「あの……いいの?」
 わたしは鏡音君にそう尋ねた。
「何が?」
「コースター乗らなくて」
「俺は別にいいよ。クオの邪魔はしたくないし」
 よくわからない答えが返ってきた。邪魔って、さっき言っていた記録とかのことだろうか。
「それより巡音さん、何に乗りたい?」
「えーっと……」
 わたしは遊園地内を見回した。メリーゴーラウンドが目に入る。
「わたしは、あれがいいんだけど……」
「じゃ、行こうか」
 鏡音君があっさりそう言ってくれたので、ちょっとほっとする。……なんだか、助けてもらってばっかりのような気がする。いいのかな……わたしにも何かできたらいいのに。二人で並んで歩きながら、わたしはそんなことを考えていた。


 最初のうちはまだ混乱していたけれど、段々落ち着いてきた。数年ぶりに遊びに来た遊園地は、やっぱり楽しい。ミクちゃんの誘いに乗って良かった。別行動にはなってしまったけれど……。
 アトラクションに幾つか乗ったところで、わたしはお手洗いに行きたくなった。
「あの……鏡音君」
「何?」
「わたし、ちょっとお手洗いに行って来るから、待っていてくれる?」
 鏡音君が頷いたので、わたしはお手洗いに向かった。……あ、混んでる。しばらく待たないと駄目だ。
 わたしはため息をついて、列に並びながらお手洗いの鏡を見た。……髪のリボンが歪んでるので、ついでに直す。今日はリボンをしてこない方が良かったかな。でも、いつも結んでいるので、無いと落ち着かないのよね。
 お手洗いで待っているうちに、結構時間が経ってしまった。もう一度鏡をチェックして、わたしは外に出た。さ、行かなくちゃ……あれ?
 鏡音君が、誰かと話している。女の子の三人連れだ。……誰なんだろう? 道を訊いているとか、そういう雰囲気じゃなさそう。そもそも、ここは遊園地だから、道を訊く人なんていないわよね……。
 声をかけることができなくて、わたしはぼんやりとそこに立っていた。すると、不意に鏡音君がこっちを見た。そして、わたしの方へ駆け寄ってくる。
「リン、遅い!」
 ……え? 今、わたしのこと、下の名前で呼んだ? 何がなんだかわからないまま、わたしは、事情を説明しようと試みた。
「ごめんなさい、お手洗いがひどく混んでて……」
 鏡音君がわたしの手をつかんだ。え? なんで?
「じゃあ行こうか」
 あの、さっきの子たちはいいの? こっちに来てるけど。
「……その子、誰?」
 三人連れの女の子のうちの一人の、一番背の高い子がそう訊いてきた。……わたしをじろじろ眺めている。なんだか、敵意を感じるんだけど……どうして? 全然知らない人なのに。
「誰って、見りゃわかるだろうが」
 ぶっきらぼうに鏡音君がそう答えている。わかるって、何が? 友達ってことだろうか。と思った時、不意に鏡音君がわたしの肩を抱き寄せた。え……ええっ!? な、なんで……? 何が起きているのかよくわからず、一瞬、頭の中が真っ白になる。
「だから誰?」
 背の高い子はやっぱりきつい調子で、そう訊いてきた。残りの二人の女の子――ゆるいウェーブのかかった髪の子と、大人しそうな三つ編みの子――は、慌てた表情でその子の袖を引っ張っている。
「あの……鏡音君、こちらは知り合いなの?」
 わたしはおそるおそるそう訊いてみた。わたしには全く心当たりが無いから、多分鏡音君の方の知り合いだと思うのだけれど。
 鏡音君の腕はまだ、わたしの肩を抱いたままだ。……なんだか、頬が熱くなってきた。心臓の動悸も早くなってきている。
「中学の時の同級生だよ。……それじゃ、俺たちはこれで」
 鏡音君がわたしの肩を抱いたまま、歩き出そうとする。背の高い子が、また声をかけた。
「ねえ……冷たいんじゃないの?」
 ……一体、何の話なんだろう? わたしにはさっぱりわからない。その時、ウェーブの髪の子が口を開いた。
「マナ……もうやめてよ。気持ちは嬉しいけど、レン君は迷惑してるよ。だって……デートの最中なんでしょ?」
 え……デート? 誰が? もしかして、わたしと鏡音君が? わたしは、思わず鏡音君の顔を見た。鏡音君の腕に力がこもり、わたしは強く鏡音君の方へと引き寄せられた。
「悪いけど、今だけ話あわせてくれ」
 小声でそう囁かれた。話をあわせてって……デート中って振りをしてくれってこと!? 何がどうなって……というか、どうしたらいいの!?
 混乱したわたしにできたのは、鏡音君に抱き寄せられたまま、下を向くことぐらいだった。頬の熱さも、胸の動悸も、加速する一方だ。
「そういうこと。だから、邪魔しないでくれ」
 鏡音君がそう言っているのが聞こえる。わたしは鏡音君に肩を抱かれたまま、その場を後にした。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ロミオとシンデレラ 第二十二話【わたしには何の取り得もない】

 結局色々考えて、ミニスカは止めにしました。
 今回ミクが髪を結ってますが、作中で本人が喋ってるとおり、あの髪型でコースターとかに乗るのは危ないと思うんですよね。機械に髪が巻き込まれでもしたら多分大惨事……。

閲覧数:1,049

投稿日:2011/10/08 18:36:16

文字数:4,220文字

カテゴリ:小説

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