家に着くと、まっすぐ一番奥の部屋へと向かう。
昔から…それも父がまだいた頃から、あの部屋の中にだけは、絶対に入れてもらえなかった。
今になってその鍵を僕に渡すとは、どういう事なんだろう。
すんなり鍵穴に差し込めた鍵に、僕は少しだけ、不安を覚えた。




~箱庭にて~
三章




扉を引くと、舞い上がる埃に咳き込んだ。
できるだけそっと開けたつもりだったのだが、甘かったらしい。
しかし、すごい埃だ。
あれだけ放置されれば当然かもしれないが。
後で掃除した方が良さそうだな。
埃が収まってから、改めて部屋の中を見て、固まってしまった。


「な…何だ、これ…?」


やけに色鮮やかな紐が、何本も床を這っている。
その先を辿ると、見慣れない物がたくさん並んでいた。
多分、ほとんどが、金属製。


「機械か…?これ、全部…?!」


人間に戦争を仕掛け、僕たちをこの箱庭に追いやった、機械。
人間にとって、危険すぎる。
見つけたら近寄ってはいけない。
箱庭に住む人々は皆、そう教えられ、それを信じて生きている。
もちろん、僕も例外じゃない。
だから、怖くてたまらなかった。
でもそれ以上に、何故この部屋にこれだけの機械があるのか…何故父が僕にこの部屋の鍵を与えたのか、不思議に思った。


「…動かない、な」


ここで、元通り扉に鍵をかけて、逃げ出してしまえば、今まで通り、代わり映えのしない生活を送れただろう。
だが結局僕は、好奇心に負けて、部屋に足を踏み入れた。
それでも機械たちが何も反応しないのを確認すると、恐る恐るだが、一番小さそうな物に近寄って、触れてみた。
自分で言うのもアレだが、相当馬鹿だと思う。
だがよく考えれば、父が僕をわざわざ危険な物に近付けようとするとは、考えにくい。


「とりあえず、父さんを信じてみるか」


うんともすんとも言わない箱形の機械を、両手で持ち上げてみる。
思いのほか軽くて、内心驚いた。
表面の埃を注意深く拭っていくと、端に、鉄の棒がくっついているのに気付いた。
何だろう。
そう思って、先をつまんで軽く引っ張ってみると、僅かに抵抗はあったが、あっさり伸びた。
見た事のない仕掛けだが、何のために伸びるんだろう。
そう思っていた時、いきなり機械から音が溢れ出た。


「わっ」


驚いて落としかけて、慌てて踏み留まる。
物音で誰かに気付かれてはまずい。
機械だらけの部屋にいる所など、見られでもしたら…ああ、考えたくもない。
慌てて機械をあちこち調べると、音量を示すらしい歯車を見つけた。
それを試しに回してみると、絶え間なく流れ続ける音が、小さくなった。


「あ、危な…」


額に浮いた冷や汗を袖で拭って、機械をしっかりと持ち直す。
またさっきみたいに落としかけたら大変だ。


「しかし…何だろう、この音。言葉…?」


聞いた事のない言葉だが、音に乗って語られているという事は…歌、だろう。多分。
僕に乱暴に扱われたのに、構わずに歌い続けているところを見ると、この機械には"心"はなさそうだ。
多分、他の機械も、全部。
ならば、僕が何もしなければ、この機械たちも僕を傷付ける事はない。
安堵の息を吐いて、歌う箱を元の位置に戻した。
歯車を回して、歌をやめさせるのを忘れない。


「…ん?」


そのまま、一旦この部屋を離れようとして、部屋の奥に目が留まった。
他の機械たちとは明らかに違う、何か…光る物が、見えた。
近付いてみると、光っていたのは、さっきの歌う箱よりも大きな箱、その表面の一部。
だが僕を動けなくしたのは、その箱に繋がれて眠っている、人形だった。
背は、鈴や錬と同じか、少し小さい。
箱に繋がれた部位を隠すためか、首に青い布が巻かれている。
まぁ僕にとっては、そんな事どうでもいい。


「どうして…」


そのまま、とは言わない。
言わないが。
目の前の人形は、明らかに幼い時の僕を模していた。
ちょうど、父が箱庭の外へ行ってしまった頃の。
途方に暮れて、光る箱の表面に目をやって、それが文字を映していた事に気付く。


『貴方を待っていました』

「は…?」


最初の文章に、僕は思わずぽかんとして、続きを目で追いかける。


『Enterキーを押すと起動します』

『ご命令を、Master』


命令って何だ。
僕に何をしろっていうんだ。
そもそもMasterって何の事だ。
そんな疑問が頭をぐるぐると駆け回る。
もう何が何だか解らなくなって、気が付いたら、Enterと書かれた出っ張りを、指先で押し込んでいた。


「あ…」


我に返った時にはもう遅い。
微かに唸るような音とともに、人形が目を開けた。
僕をじっと見上げてくる大きな目は、空よりも青い。


機械、特にあの、不完全な"心"を持った機械を所有するなんて事は、とんでもない大罪だ。


今更その事を思い出して、僕はくらりとした。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

【勝手に解釈】箱庭にて 三章

やっとサビ突入です!
あぁ長かった…。
人形のイメージはあるんですが、皆様のご想像にお任せします。
絵を描こうにも、私の腕じゃ描けませんし…orz


原曲はこちらです。
「オールドラジオ」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm3349197

閲覧数:216

投稿日:2009/05/12 17:12:17

文字数:2,045文字

カテゴリ:小説

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  • 桜宮 小春

    桜宮 小春

    ご意見・ご感想

    つんばるさん>
    漢字表記苦手でしたか…(汗
    ここでのカイトとかミクとかが人間設定なので、普段の機械設定のボカロさんたちと区別したかったんですが…やっぱり極端な方法を取りすぎましたかね;
    納得していただけて良かったです。が、ちょっと反省。。。

    ちっちゃい人形はめちゃめちゃ可愛ければいいと思います←

    4歳児情報ありがとうございます!事前に調べとけって話ですよねorz
    本当に、あのときの婚約相手に申し訳なくて仕方ないです(苦笑

    2009/05/13 16:02:50

  • つんばる

    つんばる

    ご意見・ご感想

    ちっちゃい人形でてきたあああ! あ、こんにちは、つんばるです!
    オールドラジオの曲も大好きなので、wktkしながら読んでました! ボカロたちの名前を漢字表記するのって
    正直、苦手だったのですが、読んでいるうちに考えが改まりました。物語の世界観によって書き換えるのも、
    技のひとつなのだな、とおもいました。桜宮さんの描かれる世界観がとても素敵なので、感化されました!

    人形が起動したあと、どう繋がっていくのか楽しみです。
    どきどきしながら次を待ちます!

    あ、あと、4歳児しゃべりますよ! めちゃくちゃしゃべりますよ! 私も誰かと結婚予約してた気がします(笑

    2009/05/13 06:00:13

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