カイコがマスターの家に来て数日が経った。マスターはカイコを女扱いしていたがそれを除けば十分愛情を注いでくれたし、好物のアイスも沢山ご馳走してくれた。カイコにとってそれなりに良い環境だった。ただ一つ、カイコが気になっていたのはある仲間の視線である。それはいつもどこか怪我をしているミイラ男、タイトの視線だった。
タイトは普段あまり他の仲間とも会話をしない。いつも独りでぶつぶつとまるで呪文を唱えるように何か言っていた。正直関わりたくない雰囲気である。時折怪しげな笑みを浮かべ、せっかく端整な顔立ちなのに残念なイケメンである。
「ねぇアカイト?僕は何か悪い事をしましたか?」
「いきなり何だ?」
カイコは思い切ってアカイトに相談してみた。恨みがましい、刺すような視線がカイコの背に浴びせられている。
「何だか物凄く嫌な視線を感じます…気を抜いたら背後からブスリと刺されてしまいそうな…」
不安気なカイコと、その不安要素を見てアカイトは納得の表情を見せる。
「あー…まぁ、大方間違いではないから気をつけろとだけ言っておく」
「ちょ?!」
カイコが背後の視線に気を配りながら不安を漏らすとアカイトはさもありなんと言う様子で答えた。
「理由は知らんがお前に目をつけているのは確かだろうな。奴は本当にやりかねないから十分注意しろよ?」
アカイトはカイコにそっと耳打ちしたがその行動はカイコの不安を煽るだけだった。
「どうしたの?カイコ、調子でも悪いの?」
不安に押しつぶされて震えが止まらないカイコに声をかけたのはマスターだった。
「あ、マスター。実は…」
ギロリ
「ひぃっ!」
カイコはマスターに事情を話そうとしてやめた。何故だかわからないがマスターに話をしてはいけないと直感したのだ。カイコは強く首を横に振ってマスターに無言で答えた。
「そぉ?それなら良いけど…無理しちゃダメだからね?そだ、この前新しくオープンしたアイス屋さんに行ってみようよ!」
マスターの誘いを断るなど有り得ない。カイコは不安を抱えたままマスターと二人買い物に出かけた。
某所ガーデンベンチ―――
アイスを買ったマスターとカイコは店先のガーデンベンチに座って二人仲良くアイスを食べていた。
「カイコ?さっきからどうしたの?妙に後ろを気にしているみたいだけど…」
「あ、いえ…何でもないです…」
マスターは気付いていないのだろうかとカイコは思う。刺すような視線が自分達を捉えていると言うのにマスターは全く気にするそぶりを見せない。カイコの不安は増すばかりだった。せめてアカイトが居てくれたらと思うのに、アイスを食べに行くと言う名目の外出にアカイトがついてくる訳もない。カイコは大好きなアイスでさえ喉を通らないのではないかと感じていた。
「おいしいね」
「はい」
考えとは裏腹に実際食べてみるとアイスは簡単に喉を通る。冷たくて甘いアイス。口の中に入れれば簡単に溶けて喉の奥へと流れて行った。
不安も悩みも憂鬱な気分もアイスの甘さが癒してくれる、アイスの優しい食感が忘れさせてくれる。カイコは幸せいっぱいにアイスを食べきった。カイコの嬉しそうな顔にマスターも嬉しそうに顔を綻ばせた。
「カイコはまだうちに来て間もないんだから、分からない事や困った事があったらすぐ相談してね?独りで抱え込んだってロクな事にならないんだからさ」
マスターはクリームソーダを飲みながら優しく言った。そんな事ならそもそも最初に女体にするなと言う話だが、これだけは聞けないらしい。元の体に戻りたいと言った所でこのマスターは聞く耳持たないだろう。何だかんだ言ってもマイペースなマスターである。
「さて…」
ガタッ
「…?」
マスターは突然席を立ち上がった。
「ちょっとトイレ行ってくるね。それとも連れションする?」
鈍い天然鬼畜王のマスターは笑顔で言った。カイコは未だ自分を女だと認識してはいないのに女子トイレなど行ける訳もない。カイコは慌てて首を大きく横に振った。マスターはカイコを置いてトイレに行ってしまった。このマスター、かなり長くトイレに籠もるタイプである。カイコは独りになってまたあの視線と不安を思い出した。
「マスター…早く帰ってきて…」
カイコの願いも虚しく、マスターは相変わらず平気で他人を待たせたままのんびり厠の住人と化している。カイコの不安は増すばかり。そして徐々に近付いてくるあの視線。カイコは平常心を保とうと必死だったがテーブルの下に隠れた足は小刻みに震えている。
近付いてくる、もうダメだ!と、カイコが目を瞑った時だった。
「おい、何震えてんだ?」
「え?…」
カイコが恐る恐る俯きかげんだった顔を上げるとそこには今最も頼りになるアカイトの姿があった。
「ア、アカイト?!どうしてここに…?」
驚いて飛び跳ねんばかりの勢いのカイコ。アカイトは呆れた顔でため息をついた。
「どうしてもこうしてもねぇよ。マスターはどうした?」
「お前の事が心配だった」とは言わないアカイトである。恥ずかしそうに照れた顔でもしてくれたら乙女心にキュンとしてしまいそうなものだがそれすらない。この手のフラグを回避するとは実にもったいない男である。
「マスターなら、たった今トイレに…」
「トイレねぇ…それじゃ当分帰ってこねぇな。よし」
アカイトは何を思ったかカイコの手をとって椅子から立たせた。
「行くぞ」
「え?でも、マスターは?…」
何の脈絡もなしにアカイトはカイコの手を引いて歩き出した。
「ほっとけ。厠の住人なんか待ってたら日が暮れちまう」
「でも…」
渋るカイコの背を叩き、アカイトは歩みを促した。
「心配するな。ほら、行くぞ?」
チラチラと後ろを気にしながらも不安と孤独に耐えられなかったカイコはアカイトについて行くしかなかった。
まだまだ明るい街中を連れ歩く赤と青の二人。弱々しくアカイトの右袖を掴んで歩くカイコの姿は面倒見の良い兄との初めてのお使いをする妹か、ケンカをして素直になれない恋人のようであった。いずれにしろどこかほのぼのとした平和な街の風景だった。
合成亜種ボーカロイド4
『合成亜種ボーカロイド』第四弾!(`・ω・´)
さてさて、伏線張るだけ張って結局表舞台に出てくることが出来ないタイト君orz
ヤンデレも好きなんですけど、それ以上にアカイトが好きだったりしますw
性格までは脳内設定なので「違うやん!(´・ω・`)」って人もかなりいらっしゃるかとは思いますが…
亜種の中でもカイコちゃんはそんなに好きではなかったんですけどね、書いている内に好きになりましたw(ぇ
でもこのカイコ、一般に言われているカイコとは何か違う気が…゜゜;
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