流歌と番って行動し始めてから、一カ月がたった。
流歌は若干不愛想ではあるが、よく笑い、よくしゃべる明るい子であった。
そして何より、初めて会った時のあの行動のとおり、流歌は恐ろしく運動神経と反射神経が良かった。
猫で運動神経と反射神経が良くないというのはあるまじき体質ではあるが、それを考えても流歌の運動神経はずば抜けていた。
普通の猫ならば、地面から1m強ほどの高さに飛び乗ることは朝飯前だ。だが流歌の場合、10mはあろうかという木のてっぺんまでひとっ飛びで行ってしまう。と思えば、そこから垂直に落下しても1回転して華麗に着地するなどという離れ業も見せた。
そして喧嘩もめっぽう強かった。吾輩と組んで、特にガラの悪い馬鹿猫どもを成敗しに行ったことがあったのだが、吾輩が10匹ほど倒し終わった後振り返ってみれば、流歌は100匹の猫を相手に、傷一つ負わず汗一つかかず圧勝していた。
少し不思議に思うこともあったが、吾輩は特に気にせず、流歌と日々を過ごしていた。
ある日、吾輩と流歌は川に来ていた。
丁度鮎が川を上ってくる時期だったが、吾輩は鮮魚店に上がっている鮎しか食べたことがなく、活きた者は食べたことがなかった。
そんなことを流歌に言ったら、
「じゃあ捕りに行きましょうか!」
「はあ!!?」
といった感じで鮎がよく登ってくると評判な川までやってきた。
しかしさしもの吾輩といえども、水の中は大の苦手であった。特にこの川は流れが急で、以前体重の重い大きなヒグマが足を滑らせ流されかけ、命からがら逃げかえった、なんて噂があるほどの川であった。
ところが流歌はさらりと言ったものだ。
「群れがいたから捕ってくるわね。ロシアンはそこで待ってて」
「な…………何ぃ!? お、おい待て流歌、危ないぞ!?」
慌てて吾輩は止めようとするが、流歌はすたすたと流れの中に踏み込んだ。
するとどうしたことか!熊をも流したと噂される流れにびくともせず、流歌は川の真ん中まで歩いていくではないか!
真ん中で下流に向けて頭を向ける流歌。そしてしばらく佇んだかと思うと、
「セィッ!!」
裂帛の気合とともに、流歌の足が川を切り裂いた。
すると、吾輩の目の前に、3匹の鮎が落ちてきたではないか。
二匹は雄、一匹は卵を抱えた雌。どちらにせよよく肥えた、活きのいい鮎だ。
悠然と戻ってきた流歌は、やさしく微笑んだ。
「雄と雌、両方食べていいわよ。私はこの雄一匹で十分。まだほしかったら、また捕ってくるわ」
「ほ…………本当か!? それでは失礼して、遠慮なく頂こう」
吾輩は未だビチビチと跳ねる鮎に、頭からかぶりついた。うむ、美味い! 生きた命の味というのは、こういうのを言うのだろうな。
鮎の卵もまた美味かった。鮮魚店では、卵を抜かれたものしか売っておらず、今まで味わったことがなかったからまた格別だ。
がっつく吾輩を見て、静かに微笑む流歌。しかしその笑顔は、どこか寂しそうだった。
食べ終わった吾輩は、流歌に礼を言った。
「いやあ美味かった。ありがとう、流歌。しかしお主は本当にすごいな。この川は犬猫や人間はおろか、クマすらも立ち入れぬ川だというのに…………」
「ふふふ……あえて言うなら、鍛え方が違うのよ」
一瞬ムッときたが、事実流歌は我々とはけた違いだ。認めざるを得ないだろう。
流歌はふと、空を眺め、ポツリとつぶやいた。
「……やっぱりどんなに強くても、この程度よね…………」
「む?なんだって?」
「いいえ、なんでもないわ。それより…………」
流歌は吾輩に向き直り、真剣な顔で言った。
「今日の夜、ここに来てくれる?二人きりで、話したいの」
「ん?なにも、ここまで来ずとも…………」
「誰かに聞かれる危険性があるところでは、話したくないの。お願いよ。…………じゃ、私はちょっとぶらついてくるわ」
「え、おい…………」
流歌はそのまま森の中へ走り去ってしまった。
一体どういうことだろうか…………?
その晩、吾輩はその川べりに再びやってきていた。
見れば、流歌はすでに到着していた。
吾輩は流歌に話しかけた。
「おい流歌、話とは何だ?」
その時、吾輩は気づいた。流歌の体が、薄い橙色の光で覆われていることに。
「私は…………ずっとひとりで旅をしていた。一人はさびしかった。だから『普通の猫』でもいいから、私にふさわしい男と一緒にいたかった。…………やっぱり、高望みだったのかしらね」
「はあ? 何を言う、流歌。お前にふさわしい男ならここにいるだろう………………っ!?」
次の瞬間、吾輩は自分の目を疑った。
流歌の周りから、橙色の焔が巻きあがり、流歌の身を包んでいく。そしてまるで龍のように立ち上っていく。
巻きあがる焔の中で、流歌は言った。
「確かにあなたは素晴らしかったわ、『普通の猫』としては。だけどもし…………私が普通の猫ではなかったとしたら……?」
巻きあがる焔が一気に縮み、次の瞬間―――――
《ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!》
まるで封じられていた力が一気に解放されるかのように焔が吹きあがった。
吾輩はとっさに距離をとり、再び流歌の方を見た。
そこにあったのは、信じられない光景だった。
二本の尻尾。その尻尾と両手両足から噴き出す橙色の焔。額には太陽を模した模様。橙色の眼。
そこにいたのは、流歌でありながら、吾輩の知る流歌とは全く違う謎の存在であった。
流歌はゆっくりと立ち上がった。
「これが私の…………本当の姿」
その言葉を聞いた瞬間、吾輩はある伝説を思い出した。
(百の齢を数えし猫、二又の尾を持ち天を駆けん―――――)
「ま…………まさか……流歌……お前…………!!!!」
―――――猫又―――――
「そう。私は猫又。三毛虎の猫又なの」
「あの……伝説の……!? 猫が百年の時を生きながらえると、化けるという……あの……!?」
流歌はその問いに、小さく首を振った。
「残念ながら、半分だけ正解ね。確かに百年の時を生きながらえると、化けて猫又になることができるけど、猫又になることのできる猫は生まれつき決まっているの。寿命も身体能力も普通の猫とはまったく違う。まさしく普通の猫とは全く違う生き物といっても過言ではないわ」
流歌は川に向かって一歩ずつ進んでいった。すると、橙色の焔が道を作るように川の水をせき止め、弾いた。
「私は物心ついたころから自分が猫又になることができる猫だという自覚があったわ。だけど同じような猫は私の周りにはいなかった。そこで私は旅に出た。自分と同じような、猫又になれる資質を持った猫を探し、あわよくばそんな雄猫と番いたいと思っていた。……だけど、そんな猫は一匹も現れず、結局百年が過ぎ去って私は猫又になった。それ以来私は、普通猫でもいい、とにかく強くて私にふさわしい男と番いたいと思っていた。今まで何頭もの雄猫に出会ってきたけど、皆私にふさわしい強さを持ち合わせていなかった。あなたには一縷の望みをかけていたのだけれど……やっぱり高望み過ぎたのかしらね」
吾輩は慌て、流歌に必死に訴えた。
「ま、待て流歌!! お前にふさわしい男になればいいのだろう!? 吾輩が頑張ればそんなのすぐになれる……!!」
「悪いけど、私はそんな悠長なの嫌いなの。それに、あなたにとって時間は無限じゃないでしょう? あなたの力が私に追い付くころには、あなたの体があなた自身に追い付けないわ」
流歌の体がふわり、と浮き上がり、体を橙色の焔が包み込んだ。
「それじゃあ、私は行くわね。あなたは私のことなど忘れて、もっといい子見つけて、たくさん子供作って、猫らしい生き方をしなさい。じゃ……!」
そう言った途端、ドウ!! と空気が轟音を立て、流歌は橙色の焔を撒き散らしながら飛んで行った。
「ま……待て……流歌……待ってくれ……流歌…………流歌………………!!」
「流歌―――――――――――――――――――ッ!!!!!!」
走る。走る。道もつかぬ道を走る。
山を駆ける。駆ける。「ある場所」を目指して。
流歌に追い付くために。
自分も―――猫又になるために。
猫神神社。大和の国で唯一、猫の為の神が祀られる神社を目指して。
走る。走る。闇夜を走る。
涙で頬を濡らしながら。
猫又ロシアンの過去~猫又流歌、ロシアンの元から去る~
惚れた女が去ってゆく。
こんにちはTurndogです。
ロシアンを300年の放浪の旅に出させた張本人。
それがこの猫又・流歌です。
罪な女だw
因みに『猫神神社』と名の付く神社は日本各地に数多くありますが、たぶんこの猫神神社はそのどれとも違うと思う。多分初代猫神をたくさんの猫が祀ったとか何とかじゃないかなww
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