九天を夢見る 小さな翼
青く澄んだ目は 何を映す
風を裂く羽音も海嘯に掻き消され
故郷より三万里 汝今何処や

真夏の良く晴れた ある日の出来事でした
僕は号砲と共に空へと放たれた
数百のライバルと 距離を競い 空を舞う
銀の足環に刻まれた“2590c アルノー”

昔々の英雄 その名にあやかって付けられた
“僕”を示すわずか数音節の記号
それでもこの音が 世界で ただ一つの僕を
意味づける証だと あの人は教えてくれた

“誰よりも速く 遠く 飛び続けなさい”
“この名はいつでもどこでもお前を導き続けるだろう”
 
行くよ 遠くまで
あなたの喜びが僕の喜びだから
誰にも負けない 強い翼を
勝ち得るために僕は空を目指した


かくして宙を往く 勇の翼は
十把の群を抜き 蒼穹の彼方へ
しかし吹きつけた 一陣の辻風
嗚呼、烈日の息が汝を叩く
 
飛び発って間もなくの 正午にそれは起こった
突然に耳を射る見えない雷撃
目がくらみ 羽が揺らぎ 僕は海へ
あまりの衝撃に僕のコンパスが狂った
 
落ちていく感覚 その間にきらめく夢を見た
初めてちらついた“死”という面影
それを掻き消したは あの人の あの人の声
“お前はアルノー 世界で最も強い翼”
 
誰よりも 速く 強い 翼持って生まれた
英雄の名を継いで 負けない 僕はアルノー
 
行くよ どこまでも
あなたの喜ぶ顔がまた見たいから
羽が破れても 道を失っても
僕は必ずあなたの胸に帰る


海を往く帆船 大時化の暗雲 いくつもの嘲笑が彼を追い越してゆく
果敢な翼は 全てに抗い 嗚呼、それでもついに力尽きて地に落ちる


気が付いたのは 淡く 暖かい空間
知らない人が微笑んだ、“いらっしゃいアルノー 勇敢な戦士”

震える この足で
新しい柔らかな指を掴んだ
僕は負けたんだ、そのとき まだ
光っているのに気付いた、銀の足環

泣いた 胸が痛い
あの人はもう僕を迎えに来ない
それでもまだ、この名前を
必要としてくれる誰かが この世界にいた
 
“誰よりも 強く 気高く生きてきた”
“この名前はいつでもどこでもお前を導き続けるよ”
“お前がどこにいても 道を見失っても”
“お前はアルノー 世界に一羽しかいない私のアルノー”

見知らぬ地で逢うた 優しき人手
艱難を乗り越えた 翼を救った
勝利より偉大な勇気を褒め称えた
故郷より三万里 アルノーは今…

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

レース鳩アルノーの悲劇

―――――果たしてこの話を、単なる美談で終わらせてもいいか?

しばらく前にネットのニュースでちらと話題になった、海を渡った伝書鳩の事件を元にして書いたもの。鳩の名前はもちろん「シートン動物記」より。

記事ではえらくさらりと書いてたけど、「輸送費がかかるから」という理由で手放された彼と元飼い主の心中はいかがなものかと思う。

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投稿日:2013/07/28 22:51:10

文字数:1,010文字

カテゴリ:歌詞

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