闇雲に走った。ただ恐くて、悲しくて、寂しくて、何処をどう走ったのかすら全然覚えていない程。気が付けば屋上前の階段に居た。ドアを開けようとしたけどカギが掛かっていて、ようやく私は走るのを止めた。

『詩羽…スズミは?』

本当は皆私の事なんてどうだって良いんだ…!ただ妹だから、可哀想だから、患者だから、スズミさんのついでだから!涙が溢れて止まらなかった。声を殺して口を覆って、泣いてる自分に同情されたく無くて、悲しみも寂しさも全部自分の中に閉じ込めてしまいたかった。と、不意にマフラーが目の前に現れた。私…このマフラーも置いて来ちゃったんだ…。我に返り顔を上げた。

「っ!…詩羽さん…?!」
「忘れ物。」

目の前に居たのは詩羽さんだった。さっきの恐怖が甦って思わず身構える。だけど詩羽さんからはさっきの恐さを感じなかった。

「悪かった。」
「え?」
「お前が手にした眼鏡は…瑠璃の形見だった。」
「瑠璃?」
「羽鉦の死んだ恋人で、俺がずーっと好きだった幼馴染。」
「…。」
「なんて、どうでも良いか。」
「…ごめんなさい…。」
「殺されかけた相手に謝るんだ?」
「それは許せないけど、大事な物無神経に触った事だけは謝ります。」

気のせいか、詩羽さんの表情が少し曇った。もしかして、形見を取られたからあんなに動揺したのかな…?でも、違うよね?盗聴器外す為だって言ってたし。許せないけど、大事な物奪われる恐さは知ってるから。

「一人じゃ寂しい?」
「え…何…?」
「お兄ちゃんに会いたい?側に居て欲しい?ずっと守って欲しい?」
「何で…知っ…!そんな事貴方に言われたくない!」

胸が潰れそうになった。見透かされている様で悔しくて、恥ずかしくて、顔が熱くなった。でも泣くもんか、絶対泣くもんか!これ以上この人に弱い所なんて見せて堪るか!零れそうな涙をぐっと堪えて睨み付けた。

「守ってやろうか?」
「…え…?」
「寂しくない様に、怖くない様に、頭のてっぺんから爪の先まで、1ミリの傷も許さない程、
 守ってやろうか?」
「なっ…!からかわないで下さい!」

背中に壁の感触、気が付けば壁際に追い込まれていた。逃げ場が無くて足がすくんだ。けどそれを気取られない様に逸らす事無く目を見た。でも顔が近付いて、吐息がかかる程の距離に思わず目を瞑る。詩羽さんは私の髪をサラリと掻きあげるとそっと耳元で囁いた。

「俺は本気だよ、木徒。」
「嘘…。」
「お兄ちゃんの大事なマフラー、俺の目の前で燃やしてくれたら、俺の全身全霊で
 守ってあげる。いつも側に居て、慈しんで、愛して、大切に大切に守ってあげる。」
「そんな事…!」

詩羽さんは私の手にライターを持たせた。そんな事出来る訳無い…その言葉が、何故か出て来なかった。頭がグラグラした。目の前に居るのは私を殺しかけた人なのに、きっと今の言葉だってただの冗談なのに。聞いちゃダメ、信じちゃダメ、裏切られる、一人になる、絶対信じない…信じない、信じない!信じない!!信じない!!!

―――カチンッ。

「…良く出来ました…良い子だね。」
「…嘘吐き…本気じゃないくせに…!裏切るくせに…!」
「側に居るよ。」
「嘘!!」
「嘘じゃないよ…おいで、木徒。」

ゆらゆらと揺れる炎をぼんやりと見ながら、私はゆっくりとその手を取った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

BeastSyndrome -29.吐息に目を瞑る-

火遊びはいけません


※次ページはネタバレ用の為今は見ない事をオススメします。

閲覧数:249

投稿日:2010/06/06 06:21:35

文字数:1,389文字

カテゴリ:小説

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  • 門音

    門音

    ご意見・ご感想

    本当に、シドをはったおしといて良かったと思いました。(←ぉぃ
    只今今後の展開の妄想中ですが…どっちに行くかな~ww(やめろ
    弱弱しいキトもいいですねw(レイプ目状態のキトも気にいってるんですが←知るか)てか詩羽さんエロい…ww

    2010/06/06 17:19:05

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