雪はしんしんと降るのが美しいでしょうか。
それとも、ごーごーと吹き荒れるのが素晴らしいでしょうか。
でも、その町では、雪が落ちてくるのです。
大きな断崖に、無数の横穴。その一つ一つが家である。
眼前には平野が広がっているのに、家屋は一軒もない。
「どうして?」
洞穴の一つ、木の香りが温かい宿で、少女は不思議そうにつぶやいた。外を振り向くと、彼女の桜色の長髪が、ふわりと回った。
「ここでは雪が落ちてくるからです」
青髪の詩人が優しく答えた。
窓ガラスが曇っている。外は凍り付きそうなほど冷えている。少女は、手のひらできゅきゅっと窓を拭いて、外を覗く。平原は雪一粒さえ見当たらない。枯れ草が黄金色に靡いている。
「以前、流氷が漂う港町で、雪が降っているのを見ましたね。でも、ここでは雪は塊で落ちてくるのです。それは他では体験できない素晴らしいものです」
少女はまだ不思議そうにしている。
「見れば分かるよ」
真後ろから声がして、少女はビクッと跳ねた。
「あっ、ごめん、驚かしたね」
緑髪のゆるい三つ編みが美しい町娘だった。服は白地に赤い刺繍を、散りばめるようにあしらっていて、可愛らしい。
詩人にブロッサムの深茶、少女には山羊のミルク。それから言葉を続けた。
「雪が落ちた後は外で遊ぶといいよ」
「外?」
「他の場所じゃ見ないような雪の粒になっているからね」
「雪の粒」
「そう、形が特殊なんだ」
町娘は、テーブルを指さした。ローソクが置かれている。白い糸と青い蝋。直径10センチはある大きなローソクである。火をつけられた痕跡はなく、できたままの円柱を保っている。
「この横側の絵を見てみて」
ローソクの側面を覗き込んでみると、桜の花びらのような絵が彫り込まれている。
「これがここの雪の形なんだ」
少女はじーっと見つめ、それからローソクの彫り込まれた雪を触って、呟いた。
「この雪、冷たくない」
町娘は、あはは、と笑った。
「それは絵だよ。雪じゃないから」
少女はまだローソクをじーっと見ていたが、不意に、ハッと顔を上げた。空気が揺らめいたような気がした。
町娘は明るい笑顔を浮かべ、ぱたぱたとベランダに走り出す。
「始まるよー!」
少女も後に続く。
空を見上げても、雲が立ち込めているだけで、何も動いていない。
……1秒……2秒……3秒……4秒………………。
刹那、空がきらめいたかと思うと次の瞬間には、轟音と暴風が駆け抜けた。屋根から雪を.落としたなんて軽い音じゃない。雪崩の地響きさえ物足りない。騒音と表現するには分厚く、重低音と表現するには激しく、爆発音と表現するには整いすぎている。そんな轟音が駆け抜け、追いすがるように一陣の暴風が吹き去った。
気づけば、銀世界だった。そして、思い出したかのように、雪は降り始める。ひらりひらりと、花びらの形をした雪は、くるりくるりと、春終わりのように落ちていく。
少女は、平原に飛び出して雪を触った。
「違う?」
ひんやりとしているが、感覚が違った。ベチャベチャしていないし、サラサラでもない。その雪は、綿のように、ふわっと膨らんでいた。小さくつまんでみると、タンポポの花のように、ほのかな弾力があった。そういえば、足裏も、どこか弾んでいる。
少女は雪に倒れてみた。ボスッ。とはならなかった。ふわりと包まれた。海に浮いているようだった。雲の方が近いもしれない。潮の香りはもちろんしなかった。その代わり、どこかからポトフの香りが漂っていた。
「そろそろ夕食の時間ですよ」
町娘の声に、少女は体を起こす。宿からは小さく湯気が立ち込めている。詩人に招かれて宿に戻る。
雪がひらりひらりと降る夜、少女は、雲に寝転がる夢を見た。
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