UV-WARS
第二部「初音ミク」
第一章「ハジメテのオト」

 その19「誘拐」

 時計は午後5時を回っていたが、日はまだ高く、蒸すような暑さが留まっていた。
 バス停は、国道沿いの、海の反対側で、テッドの家の反対側にあった。傍らに申し訳程度に屋根つきのベンチが設置されていた。
 国道といっても、片側一車線の、平日の交通量はさほど多くない。ただ、夏には海水浴客で大渋滞が起きる。街とは反対方向に向かうと、終点の岬からフェリーが出ていた。
 桃はベンチには腰を下ろさず、日陰に入って立っていた。少し目尻に光るものがあった。次にぎゅっと目を閉じ、まばたきを数回繰り返した。
〔『約束』を守るどころか、彼を怒らせちゃった〕
 桃はため息を短く吐いて、腕時計に目をやった。
 バスの到着時間はまだ8分あった。
「百瀬さ~ん」
 遠くでテッドの声がした。
 声のする方を見ると、テッドが走っていた。
 桃は思わず目を見開いた。
 テッドが追いかけてくるとは思っていなかった。
 道路を渡ろうとするテッドの前を白い乗用車が通り過ぎた。
 それを待ってテッドは国道を横断したが、その車は桃の前で停まった。
 助手席から観光地図を片手に半袖のポロシャツを着た男が降りてきた。
「お嬢さん、フェリーに乗るにはどう行けば、いいのかね?」
 桃は視界の隅でテッドが道路を渡り切ったことを確認しながら、男の示した地図に目を落とした。
 テッドが道路を渡り終えたとき、運転席から女性が降りてきた。落ち着いた服装が前に降りた男の女房に見えた。
 しかし、テッドの心の中で何かが警鐘を鳴らしていた。
 それは二、三週間前にテトが外国映画のビデオを見ながら言ったことだった。
「誘拐するなら二人以上でやらないとね」
 テトは映画のシナリオにケチをつけながら言った。
「一人での誘拐なんてまず成功しないし。でも、二人以上で動くと目立っちゃうね。必要もないのに二人同時に降りてきたら、疑っちゃうな」
〔ここは日本で、アメリカの映画の話をしても、なあ〕
 その時は気にも止めなかった話が目の前の光景にとても近かった。
 車から降りた女性は、車の後ろでテッドに背を向けトランクを開けた。
〔映画は女の人じゃなかったな〕
 テッドがその横を通り過ぎようとしたとき、女性が声を出した。テッドは内心どきりとした。
「あなた、日焼け止め、どこ?」
 その声に釣られるように桃がテッドに笑顔を向けた。
 次の瞬間、スイッチの切れたオモチャのように、あるいは糸の切れた操り人形のように、桃がその場に崩れ落ちた。
「あ!」
 テッドは声を絞り出し、桃に駆け寄ろうとした。
 同時にテッドは背後から伸びてくる悪意に気付いた。
 瞬時にしゃがんだテッドの頭上を、背後から伸びた何かを握った手が通過した。
 テッドはその腕を両手で掴むと、相手の体の下に肩を入れ、勢いよく立ち上がりながら、腰で相手を跳ね上げた。
 きれいに一本背負いが決まったかに見えたが、相手はテッドの手を振りほどいて受け身の体制から立ち上がって見せた。
 向かいあった女性は怒りに顔を染めていたが、テッドはそれより右手にスタンガンを持っていることに驚いた。
 その少し後ろに、バス停に力なくもたれかかる桃がいた。
〔男がいない!〕
 気づいた時には遅かった。
 頭上でバチッと音がして、右肩から焼けつくような激痛が降りてきた。
 テッドの膝が自身の体重で折れ曲がった。
 テッドの意識は強力な掃除機に吸いとられていった。
〔チクショウ! クソッ…〕
 砂時計の砂が落ちるようにその意識は減っていった。
 ぼんやりとしか人影が認識できなくなった意識の中で、ぐったりとした桃が車の中に押し込められる刹那がテッドの脳裏に焼き付いた。
 そのままテッドの意識のライトが消え、その周囲は闇に包まれた。
〔テト姉、ごめん。あんなに教えてくれてたのに…〕

 

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UV-WARS・ミク編#019「誘拐」

構想だけは壮大な小説(もどき)の投稿を開始しました。
 シリーズ名を『UV-WARS』と言います。
 これは、「初音ミク」の物語。

 他に、「重音テト」「紫苑ヨワ」「歌幡メイジ」の物語があります。

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投稿日:2018/03/24 10:52:44

文字数:1,631文字

カテゴリ:小説

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