注意書き
 これは、拙作『ロミオとシンデレラ』の外伝です。
 マイコ先生視点で、【家族の定義】の続きになります。
 したがって、それまでの話を読んでから、お読みください。


 【好きという気持ち、嫌いという気持ち】


 なんというか、まあ、厄介なことになってるわね。あたしはそんなことを考えながら、むくれているハクちゃんを眺めていた。
 ハクちゃんが育てのお母さんのカエさんと一緒に家を出て、三年。その間にハクちゃんは服飾系の専門学校に進学し、そしてそこを卒業した。一方でめーちゃんがカイトと結婚することになり、仕事を辞めることになって――本音を言えば辞めてほしくはないけど、弟の幸せのためだし、何よりめーちゃんの決めたことなので、ここは譲ることにする――自分の後任にハクちゃんを雇ってくれないかと言い出した。あたしとしてもさすがにこれは少し悩んだけど、結局そうすることにした。ただしハクちゃんには、あたしは妥協するつもりはないし、この仕事は大変だよとは言ってある。ハクちゃんもとりあえずやる気だけはあったし、しばらくはめーちゃんが残って仕事を教えてくれると言ったので、なんとかなるだろう。いや、なんとかしてもらわないと。
 そんなこんなでハクちゃんの就職が決まると、カエさんはお祝いパーティーを開くと言い出した。よほど嬉しかったのだろう。楽しそうなことは断らない主義なので、当然お誘いは承諾する。カイトとアカイも連れて来ていいと言われたので、当日、あたしたちは四人で、手土産持参でハクちゃんの家に行った。いや、手ぶらってわけにもいかないでしょ。さすがにお酒はやめたけど。
 で、そんなわけで楽しい時間がスタートしようとしていたところなんだけど、ハクちゃんの一番上のお姉さんの旦那さんが来たことで、全部ぶち壊しになってしまった。間が悪いというか、何というか……。
 ハクちゃんの一番上のお姉さんの旦那さん、ガクトさんは、アカイの大学時代の先輩で、一応会ったことはある。もっとも紹介されたわけじゃなかったので、向こうはあたしのことは憶えていないようだった。あたしを見て、ずいぶんとびっくりしていたし。アカイ、一体何を言ってくれたのやら。後で問い詰めておくとしますか。
 微妙に気まずい昼食の後、ガクトさんが来た事情を話した。平たく言うと、妻の様子が変で、子供に危害を加えそうだったので、子連れで脱出してきたということだった。更に、子供を預かってほしいと言い出した。はあ……そりゃ、カエさんはいい人だし、子供の相手をするのには向いている方だろう。でも、ずっと預けっぱなしでいく気? 一時避難なら一時避難で、どれくらいなのかを決めておきなさいよ。子供一人預かるのは大変だし、色々費用だってかかるんだから。
 そんなわけであれこれ追求してみてたんだけど――一部好奇心からなのは認める――何かあったとかで、ガクトさんは様子を見に行かなければと、あわただしく帰って行ってしまった。お昼寝中の娘さんとバーサクしてるハクちゃんを残して。


「姉さんなんか、大っ嫌いっ!」
 大声で叫んで、ハクちゃんはどんっとコップをテーブルに置いた。空になったコップに、何か言われる前に自分でお酒を注いでいる。
 あの後は、一日気まずい空気が漂ってしまっていた。カエさんはずっとすまなそうにしていたし、ハクちゃんはものすごく不機嫌。脳天気なアカイですら、言葉が出てこない状況。めーちゃんとカイトも深刻そうな表情をしていたし……。
 そんな微妙な状況の中、更に厄介なことが起こった。ガクトさんが連絡をしてきたんだけど、それによると、ハクちゃんのお姉さんの様子が更におかしくなったのだという。カエさんは言葉を濁していたけれど、どうにもまともに話が通じない状況のようだった。
 で、そんな中、カエさんは次の日、お姉さんの様子を見に行きたいと言い出したのだ。それで、お姉さんの娘のミカちゃんを、その間だけハクちゃんに見ていてもらえないかと。ハクちゃんは一応承知はしたものの、そのせいで不機嫌に拍車がかかってしまった。とにかくぶんむくれてしまって、まともに話そうとしない。カエさんはおろおろして、ハクちゃんに何度も「ごめんね」と言っていたけれど、カエさんがそう言えば言うほど、ハクちゃんは不機嫌になる。どうしようもない悪循環になってしまった。
 かといってカエさんに、ハクちゃんのお姉さんの様子を見に行くなというのも、無理な話。カエさんの口調からすると、本気でその人のことが心配なのは明らかだし。これを止めるのは酷というものだ。
 で……あまりにもどうしようもない状態になってしまったので、あたしはハクちゃんを飲みに誘い、今に至るというわけ。カエさんには「すみませんすみません」と頭を下げられてしまったけど、それは別にいい。だって、どこかでガス抜きさせないと、また色々と困ったことになりそうだったし。それにはカエさんは一緒じゃない方がいい。
 そんなわけで、あたしはハクちゃんとめーちゃんを連れ、途中の店で酒と食料を買い込んで、自宅で飲み会を始めた。あ、カイトとアカイには帰ってもらった。二人とも不服そうだったけど、あの二人はいない方がいい。
 お酒を飲み始めると、ハクちゃんはあっという間にぐいぐいやって、現在はすっかり酔っ払って暴走モードになっている。あたしとめーちゃんも飲んではいるんだけど、ハクちゃんほどのペースじゃないから、まだほろ酔いにすらなっていない。まあ、ハクちゃんがこの状態だと、一緒になって潰れるわけにはいかないしね。
「ハクちゃん、大丈夫?」
 めーちゃんが声をかけている。ちなみに今はそんなに酔ってないので、こういう落ち着いた反応ができる。これが完全に酔いが回ってしまうと、突然限界をぶっちぎって、ハクちゃんにヘッドロックをかけだすのがめーちゃんだ。
「大体なんで今更うちに来るのよっ! 今まで連絡一つ寄越さなかったくせに! あたしのこともリンのことも、完全に無視を決め込んでたくせに!」
「いや、来たのは旦那さんの方で、お姉さんの方じゃないでしょ」
 突っ込むあたし。ハクちゃんは、据わった目でこっちを睨んだ。……別に怖くないけどね。ハクちゃんだもの。
「嫌い嫌い嫌い、姉さんなんか嫌いっ! 二度と顔も見たくないっ!」
 あたしはめーちゃんと顔を見合わせた。……今までにもハクちゃんからお姉さんの話――半分ぐらいは愚痴――を聞いたことはあるけど、ここまで激しいのはさすがになかったかも。
「お父さんと一緒で、あたしのこと、いっつも見下して! 姉さんの妹に生まれたせいで、あたしがどれだけ苦労してきたと思ってるの!? あたしだけじゃない、リンだってそうよっ!」
 ハクちゃんはまた一気にお酒を煽った。妹に生まれたせいで、苦労、か……。上の方だって、好きでこう生まれつくわけじゃないけどね。あたしは、弟たちのことを思った。帯人はあたしのすぐ下で、ハクちゃんと同じように要領が悪くて苦労した。カイトはあたしがこんなだってことを受け入れられなくて、やっぱり苦労した。兄弟姉妹というのは、色々と難しい。
「カエさんもカエさんよっ! 姉さんなんて、放っておけばいいのに!」
 あら、矛先が少しズレてきたわね。
「姉さんだって、姉さんだって……」
 ハクちゃんはぐずぐずと泣き出した。泣いたり怒ったり、こういう時のハクちゃんは忙しい。
 あたしは一つため息をついて、めーちゃんと顔を見合わせた。ハクちゃんは、お姉さんが嫌いだ。それは仕方がない。ハクちゃんから、話は嫌というほど聞いてるし。あの状況で、ハクちゃんにお姉さんに好意的な感情を抱けというのは無理がある。
 そんなことをつらつら考えながらおつまみを齧っていると、ハクちゃんはテーブルに突っ伏して寝てしまった。……エネルギーが切れたみたい。あたしは立ち上がった。
「先生?」
「毛布を取ってくるわ。このままにしておいたら、ハクちゃん、風邪引いてしまう」
 あたしは毛布を取ってくると、ハクちゃんをソファに寝かせて毛布をかけた。このまま寝かせておこう。泊まるかもとはあらかじめ言ってあるし。
「めーちゃんは、どうする? 泊まってく?」
「そうさせてください。ハクちゃんを置いていくのは、不安で」
 めーちゃんの表情はずっと冴えない。せっかく上手くいきかけてきた後輩が、また心配なことになったんだから、これはこれで仕方ないか。
 でも、仕方ないばっかりじゃ、状況は好転してくれないのよね。困ったことに。


 翌朝、ハクちゃんは二日酔いになっていた。めーちゃんが味噌汁を作ってくれたので、それと玄米茶を飲ませる。そうしていると、次第にハクちゃんの顔色も落ち着いてきた。
「ハクちゃん、平気?」
「あ……はい、なんとか」
「今日はミカちゃんの子守りがあるんでしょ?」
 めーちゃんの質問を聞いたハクちゃんは、途端に憂鬱そうな表情になった。どうやら、引き受けたくないのに頷いていたようだ。
「嫌なら嫌って、言った方がいいわよ」
 脇から口を挟むあたし。ハクちゃんが、髪をかきむしりだす。
「嫌とかじゃないんですよ!」
「でも喜んで引き受けるんじゃないんでしょ?」
 髪をかきむしるのを一度やめ、ハクちゃんは不機嫌そうに頷いた。やっぱり、子守りはやりたくないみたい。
「確認のために一つ訊きたいんだけど、これがお姉さんの子供じゃなくてリンちゃんの子供でも、やっぱり嫌?」
 ハクちゃんは頬杖をつき、空中をじっと見つめた。考え込んでいるようだ。
「多分……リンの子だったらこんな気持ちにはならないと思います。あたしは子守りってしたことないから、不安にはなると思いますけど」
 しばらくしてから、ハクちゃんはぽつぽつとそう語った。
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってわけね」
 あたしの言葉に、ハクちゃんはふくれた。でも反論はしてこない。ストライクではないものの、引っかかる部分はあるということだ。
「でもハクちゃん、ちょっと考えてみて。ハクちゃんは、お姉さんの妹に生まれて苦労したのかもしれないけど、ミカちゃんはお姉さんの娘に生まれて、やっぱり大変なことになりかけてるのよ」
「それは……そうですけど……」
 めーちゃんの言葉に、ハクちゃんはため息をついた。そしてまた髪をかきむしっている。あんまりやると傷むわよ。
「今日半日だけですし、それくらいならなんとか……」
「いや、そうとは限らないでしょ。ひょっとしたらカエさん、長いことミカちゃんを預かるのかもしれないし」
 話を聞いた感じ、お姉さんがすぐに落ち着くとは思えない。これはあたしの推測に過ぎないけれど、ハクちゃんのお姉さんは許容量を越えてしまったんだと思う。だからきっと、これは長引く。
 ハクちゃんは下を向くと、上目づかいでこっちをじとーっと見た。止めなさいって、そういうのは。前髪が目に被さってる状態だから、余計湿っぽく見えるし。
「……あたしは、どうしたらいいんでしょう」
「それは、ハクちゃんがどうしたいのかによるわよ。でもね、とりあえず、今日一日ミカちゃんの子守りをしてみるのもいいんじゃない」
 同じ時間を過ごしてみたら、ハクちゃんの中の気持ちももっとはっきりした形になるはずだ。
「もしかしたら、案外可愛く思えるかもしれないし」
 そうなったらそうなったで、別のトラブルを招く可能性ってのがあったりするけど。でも、そこまで先を今考えても仕方がない。とにかく、一つずつ対処していかなくちゃ。
「でも、『一緒の空間にいるのも嫌!』って気持ちになるかもしれませんよ」
 確かにその可能性もある。けど。
「はっきりすれば、対策だって取りやすいでしょ。ハクちゃんはもう大人なんだし、仕事も決まった。カエさんのところを出て、一人暮らしするって手もある」
 ハクちゃんは不安そうな表情になった。学生時代に一人暮らしとかを経験したわけじゃないから、就職と同時に家を出るのには不安があるんだろう。
「でも……」
「大事なのは自分で結論を出すことよ」
 ハクちゃんはまだすっきりしていなさそうだったけど、頷いてはくれた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
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ロミオとシンデレラ 外伝その四十一【好きという気持ち、嫌いという気持ち】前編

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投稿日:2012/11/01 23:38:27

文字数:4,997文字

カテゴリ:小説

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