■カゲロウデイズ■8月15日12:00 『可能性世界』内 ヒビヤ視点。

 ――炎天下。夏のある日の午後。アイスクリームやキンキンに冷えた炭酸飲料が恋しくて仕方なくなるそんな季節だ。

 俺は幼馴染のヒヨリの親戚の家に一緒に帰省していた。今日は8月15日。8月も半分を過ぎると、明確に夏休みの減り具合に気が滅入り始める。正確な計算をせずとも『もう夏休みは半分終わった』事実を突き付けられるからだ。
 ヒヨリは何て言えば良いんだろうか? 何かちょっとお転婆で気が強い所もある女の子だ。ずっと一緒に過ごしてきたので、逆に恋愛感情までは抱きにくい。ただ男友達といるよりもコイツといると安心した。そんな微妙な関係だ。

 昼下がり。俺たちはいつものように公園に来ていた。俺も来年は受験なのだが、イマイチ勉強する気が沸かず、それはヒヨリも同じようだ。ヒヨリの親戚の家は滅茶苦茶蒸し暑くなるし冷房がないから、いっそ炎天下の下アイスでも食べながら際限なくヒヨリと駄弁る事になる。
 それにしても……ヒヨリはこんなに陰鬱な表情をしている女の子だったっけ? 確かに、昔から口が悪い奴ではあったのだが……。何となく目付きがいつもより険しいように見えるのは俺の気のせいか? 俺とヒヨリは今ベンチに座っており、彼女の膝の上では親戚の家の飼い猫がゴロゴロ喉を鳴らしていた。
「私、夏は嫌いだな」
「それは初耳だな。まあ、こんなに暑いとな……」
 俺が気のない返事をしていると、
「そういう事じゃなんだけどな」
 彼女は何故か思い詰めたみたいな表情をしている。
 何となく気詰まりになり、二人の間を沈黙が満たした。これはヒヨリとの間では珍しい事だ。俺は何か失言でもしたか? 
 だが、俺が言ったのは、『夏が嫌いだなんて初耳だ』ってだけだぞ。怒る理由が分からん。
「何か嫌な事でもあったのか?」
 俺が知らない間に、夏に嫌な思い出でも出来たのかもしれない。
「………………」 
 ヒヨリは俯き黙り込むと、誤魔化すように黒猫を一度撫でる。
「もう、今日は帰ろうか」
「まあ、良いけど……」
 どことなくすっきりしない気持ちを抱えたまま、俺はベンチから立ち上がり歩き出したヒヨリの後を追った。
 そこからはまるでスライドを見ているようだった。現実味のない、『確かに起こり得るが絶対に自分の身に振り掛かると想像する事が不可能である事』がそのまま目の前で展開する。
 黒猫がヒヨリの手から飛び出す/ヒヨリがそれを追い掛ける/ヒヨリは黒猫を捕まえるのに必死で道路に飛び出すのに気付かない/俺はそんな様を『あ、何か危ねえな……』程度の暑さに弛緩した思考のままで見ている。
 赤色が散る。
「は?」
 俺は目の前に起きた現実が信じられないというよりは、まず認識する事が出来ない。
 ヒヨリが飛び出した道路に、大型のトラックが突っ込んだ。信号は青。信号無視かよ、何だよ居眠り運転か……。
 『トラックが信号無視をした』『ヒヨリが道路に飛び出した』。その二つの事実は分かるが、その関連性を認めるのは酷く難しい。だってそれは『絶対に起こる筈のない可能性』だろ……?
 一瞬後、キュルキュルというタイヤが道路の上を何かを引きずりながらスリップする音で俺は現実に戻る。
 ――ヒヨリが死んでいた。
 俺は自分の身体のバネがその瞬間爆発したように事故現場へと飛び出す。思考は消失し、ただその凄惨な現実を脳裏に送り込んでいた。
 トラックは植え込みの花壇にぶつかって停車しており、つまりヒヨリは白いプランター状のそれとトラックの前面の間に挟まっていた。
「…………!」
 俺は何かを叫んだ気がする。それは目の前でぐしゃぐしゃになっている女の子の名前だったのか、それとも罵詈雑言か、意味を成さない雄叫びか。
 俺は自分自身の声すらも聞こえない。
 音の消えた世界で、ただ鮮明な血の色が映えた。
 ■ヨリは誰が見ても死んでいる事が明らかだった/何故ならヒ※リの身体は上半身と下半身が分断し/ハハ、どんな冗談だ。どれだけ加速してたんだトラック。まるでソフビ製フィギアみたいにヒヨ□の右腕だけが地面に転がってる……。
 俺は強い嘔吐感に見舞われ、実際に何度も吐いた。死んでいる彼女がヒヨリではない事を願い、しかし、現実は何処までも鮮烈に事実を伝える。
 ふとトラックの背後に陽炎が揺らめいているのに気付く。それはただ単なる自然現象ではなく、まるで何かの意志を持っているかのようにそこに漂っている。
 やがてその色は黒ずみ、歪み、明確な『人の形』を取った。

 ――音の消えた世界で、ソイツの哄笑だけが耳に響いた。人の一生を全否定するような。人生の最期になってからそれを『無意味』だと断じるような。それはまるで凝縮された『悪意』『残虐性』『蔑視』。
 明らかに俺を『嘲笑う』かのような。ヒヨリの死を手を叩き喜び感涙に咽ぶような。『悪意』そのもの。
 俺は直観的に悟った。頭痛が頭をキリキリと締め上げ、もう目を開けている事も難しい。
 ヒヨリを殺したのは現実的にはトラックの筈なのに、しかしどうしてか俺にははっきりと理解出来た。

 コイツがヒヨリを殺したのだ!

 目が眩む。暗幕が卸されたように視界が暗転。


 耳元で目覚ましのアラームが鳴る。余りにも夏の暑さが気怠く勉強も面倒臭く、俺に残された手段は昼寝による現実逃避だけだった。
 スマートフォンの画面を表示させると、今日は8月14日だ。丁度正午に起きれるようにアラームを掛けていた。
 ――それにしても、何て酷い夢だ。
 救いがなく、臨場感たっぷりで、今想い出しても吐きそうだ。
 確認してみる。ヒヨリは幼馴染の女の子で、恋人ではないが、男の友人よりも気安い関係である。
 そんなヒヨリを夢の中で事故死させてる俺って……。
 軽い自己嫌悪と自らの精神疾患の可能性を疑いつつ、俺は泊めてもらっているヒヨリの親戚の家の階下に降りる。
 ヒヨリはいなかった。多分あの公園だろう。俺は炎天下の街に踏み出した。

 一日が経過し、15日の正午。
 『虫の知らせ』という言葉がある。簡単に言ってしまえば、これは『勘』と同一だ。あるいは超自然的な概念の内の一つなのかもしれない。しかし、人間には暗黙知と呼ばれる領域がある。人は意識せずともその五感により無意識下にデータを溜め、演算をし、そして計算を弾き出す。その結果『虫の知らせ』『勘』という物が働くのかもしれない。
 ともかく、その日、昨日見た夢とは違い、『もう今日は帰ろう』と言ったのは、俺の方だった。その理由を説明せよ、と言われてもただ『嫌な予感がした』としかいう事は出来ない。ただ、俺が思うに『嫌な予感』がした場合、人はそれを当然避ける為に行動する筈だ。決して、自ら悲劇の方に向かって突進するなんて真似はしない。誰がするものか。
 一度だけなら偶然で済ませられても、二度続けばそれは必然であり何らかの誰かの『策略』が絡む、なんて事を俺は思い浮かべる。

 ――昨日の夢の交通事故、アレは本当に夢だったのか?

 降ってくる鉄柱に、アホみたいに周囲の人間は口を開けて人差し指を上に向けているが、俺もほぼそれと同じように間の抜けた顔をしていただろう。
 資材の着弾点にいたのは間違いなく俺だったはずだ。
 そして、誰もがアホ面をし、いずれ迫る悲劇を意識せず看過する中で、ヒヨリの身体だけが動いた。
「えっ?」
 この瞬間の俺も、きっと昨日の夢の交通事故の時と同じように、きっと間の抜けた顔だったんだろうなあ。
 ヒヨリは俺を突き飛ばす/まるで槍のように先の尖った資材が次々とヒヨリの身体を貫いていく/俺はやはりアホみたいに、あんな資材を造りかけの建築物の上に放置するなよ、危ないだろと思っている。
 資材の一つはヒヨリの頭蓋骨を一瞬でかち割り、彼女の脳味噌を貫通しアスファルトに突き立った。
 誰がどう見ても即死。
 広がっていく脳髄液を見ながら、俺は吐いた。
 そして、造りかけのビルの鉄骨の上から、陽炎がそのゆらゆらとしたはっきりと実線の定まらない身体を揺らしながら俺を見下しているのを認識する。
 奴は笑っている。
 ――嗤っている。
 やはり、明らかにこれは奴が裏で手を引いている。
 そして、これはやっぱり夢なんかじゃなかった。全部現実に起きた事だ。
 ヒヨリは既に一度死に、今二度死んだ。
 時間がワープしている。
 昨日の夢にSFのループ物を思い浮かべ、馬鹿馬鹿しいと一瞬でその考えを振り払った事を想い出す。
 気狂いじみた陽炎の哄笑だけを聞きながら、俺はまた目が眩むのを感じた。
 ――それはまるで今ヒヨリが感じている痛みをそのまま俺に伝えるように。
 ただ今はどうしようもなく頭痛と耳鳴りが――。

 そして、俺は目を覚ます。アラームが鳴る前に意識が覚醒する。
 スマートフォンを確認すれば、やはり時刻は8月14日の12:00を指している。
 ――ここから俺一人の戦いが始まる。

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カゲプロ想像小説・第7話。ヒビヤのカゲロウデイズ。

 http://ameblo.jp/allaround999/で連載していたカゲプロ想像小説の二次創作超長編小説です。http://www.dlsite.com/home/work/=/product_id/RJ122614.htmlにて電子書籍化もしています。

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投稿日:2013/10/09 14:31:13

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カテゴリ:小説

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