この頃、実体のない妙な声が聞こえる。
性別はわからない、中性的な声。
どちらかといえば、女性寄りだと思う。







聞こえる時間帯は疎らで、内容も様々だ。
昨日は "明日の午後は雨が降る" と、ぽつりと答えた。
しばしばノイズが入り、耳鳴りのようにも聞こえる。







だが、言っていることが聞き取れないほどではなかった。
このようにどうでもいい告知のときもあれば、命に関わる啓示のときもある。
まぁ、そんな何かだ。







この声に恐怖は微塵も感じないが、見ず知らずの誰かに監視されていると思うと気持ち悪い。
何が、 "気をつけて" ?
言われなくたって、自分で周囲に目を向ける。
そんなものは信じ難い。







そして予告のされた午後、その通りに雨が降った。
先程の過程を収束したにわか雨が、庭の花々を標的にする。
僕はただただ、その光景を眺めた。







どうして、声の主は未来がわかるのだろう。
主は誰にもわからないことを知っている。
正しく啓示だ。
その言葉がしっくりくる。







どうでもいいものならいさ知らず、占い師でも知らないような、死の宣告まで。
そうだ、死の危険を感じ取れるのだから、死神と呼ぼう。








じっと窓を伝う雨雲の涙を見ていると、また声が聞こえた。







" 明日バスに乗るな "
" 交通事故が起こるから "







時間をかけて、ゆっくりそう言う死神。
信じ難くとも、回数を重ねれば信憑性も生まれるわけで。
現に今まで一度も外れてきていないのだから、ここらで興に乗ってみるのもいいだろう。







僕はそのまま夕飯も作らずに、最適な温度で過ごし、明日を切望した。







人生は、如何様ゲームだと思う。
騙して、偽って、裏切って。







ただ、どの舞台にもジョーカーがいて、その類の人は大抵、人生を棒に振って孤独に嗤い、自ら可能性を絶っている。
僕もジョーカーのように独りではあるが、可能性を潰したりしない。







いつかの夢は、もう穢れすぎて憧憬の念すら起きない。
僕は、死神の導きのままに未来を祈った。







気付くと、僕は床に伏していた。
考え込んで、そのまま眠ってしまったらしい。
寝ぼけ眼の目を擦ると、いつもの聞き慣れた声が聞こえる。







" 明日のデートには行くな "







明日は友人と出かけるのだが、死神はこう言う。
しかし、的確な御告げを無視してまでの重要な約束ではなかった。
興味半分で、友人との小さな約束を破る。







床が冷え切っていてカーテンも閉まっているため、陰の中に入ってしまって寒い。
その寒さをも抑え込んで起き上がる。







起きてわかったが、寒くて当然だった。
今日も今日とて、雨が降っている。







――このとき、あの子は知らなかった。
僕が約束をすっぽかしたことを。
そして、後になって現実を知る。







待っていても僕は現れない。
仕方なく引き返すことにしたあの子は、帰りのホームで足を滑らせ、還らぬ人となった。







でも、不思議と悲しみは感じない。
どうやら、僕もジョーカーに成り下がってしまったらしい。
死神に唆されたのか知らないが、更に嗤いが込み上げてくる。







感情というものを失ったようだった。
自分はこんなになってしまったが、今となってはどうでもいい。
感情がないのだから、どうとも思わない。







存在理由がわからないなら、後で決めればいい。
狂ったように嗤い、破滅への導きへと祈りを捧げた。







数年の年月が経って、僕はある代償に気づく。
僕は御告げを聞くのに夢中になり、自分があの子にしたことを忘れていた。
楽しみの代償として、死神に感情を奪われていた。







しかし、もう惑わされない。
過ぎ去ったことは取り返しがつかないが、踏まえて未来へ歩き出すことならできる。







愛しかった日々は返ってこない。
わかっているからこそ、受け入れて前進する。







二度と返らない過去には、当然僕自身も含まれる。
だが、それでいい。
そうでなくてはいけない。
僕は、あの子を殺してしまったんだから。







戻れないのは、僕だけでいい。
僕だけが、十字架を背負おう。







御告げを訊き続けるうち、自分でも未来予知ができるようになった。
同時に、死神は消える。
僕が予知を習得したから、自分の啓示は不要だと判断したのだろう。







予知能力を通達した自分は、いやに明瞭で憎らしげだった。
これも死神に似たのかな、と思う。







そして、最後の予知をする。







『 明日君は 』
『 どう頑張っちゃっても死にますよ 』







僕の最期を告げる最後の知らせは、ひどく単純明快だった。
でも、恐怖は感じない。
ババ抜きでババを引いてしまったんだから。
仕方ない。







しかし、死後どうなるのかは予知できない。
こればっかりは不安だ。
…ああ、これが感情か。
おかえり、感情。
これが感情なら、不安さえ愛おしい。







嬉しくて、つい口元が緩んで嗤う。
相も変わらず、独りで。







じゃあそろそろ、導きに身を委ねようか。
歩き着いた断崖で、呟いて飛び降りる。







「明日、雨は降るかな。」







僕はぶつかっていく岩で血の雨を降らせながら、谷の奈落へ進んでいった。










End.

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

イカサマライフゲイム

ボーカロイド自己解釈小説第六弾.

閲覧数:126

投稿日:2013/04/23 00:27:00

文字数:2,338文字

カテゴリ:小説

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