あれから数分が過ぎた。……と思う。携帯電話も完全に動かず、時間なんてとても分からない。それに、もう私にはそんなことはどうでも良くなっていた。
 こんな暗いところに閉じ込められて、博貴と話すことも出来なくて、私はもう無理に外に出ようとせず、止まる気配のない貨物エレベーターの隅でうずくまり、駆動音が出す振動に揺られていた。
 そういえば今頃、外はどうなっているのだろうか。
 博貴が言っていたことによると、この街全体でも地下研究所と同じように機械が故障したりということが相次いで起こっているようだった。
 「また……また何か……。」 
 無意識に、私は震えた声で呟いていた。この不気味な出来事に、私は不吉な予感を感じずには居られなかった。
 具体的な言葉は出てこない。それでも、私の目の前には、とある記憶がまるでシャボン玉のように次々と現れては消えていくようだった。。
 「もう嫌だ……嫌だよ……。」
 そう、嫌な記憶なんだ、これは。もう思い出したくもないと、二度とあんなことは起こって欲しくないと、必至で願い続けたぐらいに。それでも、私の予感はそのことばかり想像する。考えたくもないことばかり出てくる。
 「博貴……。」
 肘の顔をうずめながら、私はあの人の名前を読んだ。いつもなら、私がこうして悲しそうにしていれば、いつでも博貴が肩に手を置いてくれたり、手を握ってくれたりするのに。しかし今は誰もいない。私に触れているのは、冷たく、油の臭がする鉄の床だけだ。
 座り込んで数分。また、あの不思議な感覚が、頭の中に起こり始めた。私に、そこから立ち上がれと命令しているようだ。
 私は、その命令に特に逆らうことなく、立ち上がった。
 するとその瞬間、私の目に無数の鋭い光が入り込み、思わず目を細めた。そしてその光に目が慣れて行くのを待ちながら、ゆっくりと視界を広げていく。
 「うわぁ……。」
 飛び込んできたその光景に、私は溜息のように声を漏らした。目の前には、夜闇をまるで昼間のように照らす、輝くビル群が立ち並んでいた。それだけでなく、遥か先の海の方までも、海面に大きな月が映り込む姿が見える。見る限り、もうクリプトンタワーの屋上まで近づいているはずだ。
 しかし次の瞬間、今度はそのビルの灯りが点滅を繰り返したかと思うと、所々で徐々に消え始めていくのが見え始めた。
 <<ミク……ミク……!>>
 突然、携帯電話から博貴の声が聞こえ始めた。私は驚いて一瞬ビクッとしてから画面を開くと、携帯電話は何事もなかったかのように動いていた。
 <<ミク、大丈夫かい?! 今何処にいるの?!>>
 「博貴! 街が……街が変だ!」
 ようやく博貴の声を聞いても安心する暇すら無く、私はただそのことを口走っていた。
 <<ああ、そうなんだ、電子機器の異常だけじゃない。電気的、機械的な部分にも異常が出てきてる。今電話で話せるなんて、奇跡だ>>
 「一体どうして?」
 <<ああ、今ニュースで出てるけど、大変なことになってる。たった今、日本上空にある宇宙ステーションの幾つかが何らかの故障で地球に接近し大気圏の高熱で爆発した影響で、かなりのEMPが地表に降り注いでるみたいだ!>>
「EMP?」
 <<電磁パルスさ。そのステーションについてはあまり詳しく説明されていないけど、もしかしたらかなりの量の核物質を積んでいたのかも知れない、爆発のプロセスこそ不明だけど……あ、ミク上見て!>>
 その瞬間博貴の声が途切れた。頭上を見上げると、開き始めたハッチの隙間から星空が見える。
 そしてエレベーターが屋上に達した瞬間、見渡すかぎりの夜空に、無数の光が現れ、激しくきらめいた。
 宇宙に散らばる満点の星々が、次々と瞬き、光の消えた世界の上に降り注いで来る。幾つもの光が儚い程に綺麗に輝きながら、光り、流れ落ち、消えていく。無数に、星の数程に、この街の上空で。
 目がくらむほどの眩しい光に包まれ、私はただ、見上げたまま呆然と立ち尽くしていた。
 そして、ふと思った。この光も、あの声や感覚と同じように、私に何かを告げているのだろうかと。

 ◆◇◆◇◆◇

 MIKU ZATSUNE LAST STORY
 「THE END OF FATALITY」

 ◆◇◆◇◆◇

 降り注ぐ光が途絶えると、夜空が元の暗闇に戻っていた。屋上から下を見下ろすと、街の方でもちらほらと電気が戻っていくのが見えた。
 「……さて、降りる方法を探さないと。」
 呟いたその時、暗闇の何処からか、飛行機のエンジン音のようなものが近づいてくることに気がついた。いや、飛行機のものよりは甲高い音だ。その上、この音は私もよく知っている、ある音だった。
 「こんな所に……まさか……。」
 音は遠くを回っていたかと思うと、次の瞬間爆音となって私の頭上を飛び越えた。そして、街の灯に照らされた、巨大な灰色の何かが、着地の金属音とモーターの駆動音を響かせて、私の目の前に舞い降りた。
 そして、それは巨大な両足でゆっくりと立ち上がり、三メートル近い人型になると、光の目で私を見下ろした。
 「そのスーツ……君は、空軍の?」
 <<私はクリプトンの使者、監視者です>>
 「え?」
 私の言葉に、気味の悪い電子音声が答えた。男かも、女かも分からない。
 <<クリプトンの命令で、貴方に重要なことをお伝えに参りました>>
 「さっきの光のことなのか?」
 <<大きく関係はございます。我々はあの『事件』の事を以前から予想し、危惧していたのです。可能な限り対策を取りましたが、結局最悪の事態を招いてしまいました>>
 「あれが事件?」 
 <<そう。極めて計画的に、そして迅速かつ確実に、作為によって起こされた事件なのです。そして事件は再び繰り返させれるでしょう。それを許してはなりません>>
 そこまで聞いて、私はこの後の会話が大体予想できた。
 「……それで、また私に、軍に協力しろと言うんだな。」
 <<そう。貴方なら予想できていたでしょう。近々、またクリプトンを通して空軍から詳細な情報の通達が来るはずです。とりあえずお心の準備をお願いします>>
 「……。」
 私はその、ブルーに光る『眼』を睨みつけたが、その機械の『眼』が、表情を変えることなんて無い。
 <<要件は以上です。さぁ、地上までお送りしましょう>>
 「……ありがとう。」
 そうお礼を言ったが、今の私は、とてもこの人に素直にお礼を言えるような心境じゃない。
 機械の手が差し出した私の手を握ると、その人は一気に私を抱きかかえ、巨大な翼を羽ばたかせて屋上から夜の街へと飛び出した。周囲の風景が瞬く間に通り過ぎ、私は巨大な腕に抱かれて地上に向かって、緩やかに下降しだした。タワーの前では、レスキュー車や警察の車と共に、大勢の人だかりが見える。
 <<あの中に、博貴さんもいらっしゃいますね?>>
 「博貴を知っているの?」
 <<貴方と同じく、クリプトンでも軍でも有名人ではありませんか。雑音さん>>
 「え……?」
 地上の風景が近づいていくと、下の人達も私達の存在に気づき驚いて、人だかりが私達を中心に退いていくが、その回りには更に多くの人が集まって大変な騒ぎになってしまっていた。
 そして次の瞬間、翼から甲高いエンジン音と共に熱風が噴射され、一度静止したかと思うと、私は大きな腕に掴まれて、木の葉のように地面に降り立っていた。
 「ミク!」 
 「博貴!」
 人ごみの中から博貴の声が聞こえた瞬間、私はその方向に向かって駆け出していた。人々を掻き分けて目の前に博貴が現れたかと思うと、私は既にその胸に飛び込んでいた。
 「ああミク……! 無事でよかった。怪我はない?」
 「うん大丈夫。でも……。」
 振り返ると、そこにはまだ、あの巨大なスーツを見に纏った人が佇んでいた。
 「ミクを送り届けてくれてありがとう……しかし、貴方は一体?!」
 博貴がスーツの人に向けて声を掛けた。
 <<網走博貴博士ですね。クリプトンより通達です。FA-1雑音ミクと貴方は、後日空軍が行う任務に参加して頂きます>>
 「なんだって……もうミクは任務から解任されたはずだ!」
 博貴は変わったように声を荒げた。
 <<クリプトンが、任務の実行を防衛空軍に任せました。しかし対して空軍が、雑音ミクの着任を要請してきたのです>>
 「……軍への再編入も、可能性無しだとクリプトンは……!」
 <<状況が状況だけに、意味のない約束となりました。必要あらば適任者を用意するのは当然のことです。未だ空軍の中には、彼女を超える戦闘用アンドロイドはおりません。それに、あの現象を見ればお分かりになるでしょう>>
 そう言うと、スーツのの人は自分を取り囲む人ごみに一度目を向け、次の瞬間、灰色の装甲で造られた翼を一杯に広げ、同時に甲高いジェットエンジンの爆音と熱風が沸き起こった。
 <<それでは、詳細はまたいずれ。雑音さん、網走博士、時間がないのです……>>
 そう言い残すと、その人は重力に逆らうように空中へ舞い上がり、体を翻して加速すると、すぐにその姿は夜暗に溶け込んで見えなくなった。
 私と博貴は、既に見えなくなったその姿を、ただ呆然としながら見送っていた。
 時間がないとは、一体どういうことなのだろうか。空軍の任務とは一体なんなのだろうか。彼は、あの「声」とは関係ないのだろうか。
 でもただ一つ言える事は、私はまた、戦場に帰らなければならないということだった。二度と戻りたくなかったあの場所へ。でも、決して私と切り離せなかったあの場所へ。
 言いようのない衝動に駆られて、私は博貴の服の袖を握りしめた。博貴は、そっと私の肩に手を置いてくれた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

THE END OF FATALITY第一話「闇から見上げる兆し」後編

結局前・中・後と初っ端から大長編。
四作品続いた私のシリーズ物も遂に最終章を迎えることになりました。雑音ミクさんを始めとした、あまり有名ではないボーカロイド亜種達の知られざる物語もいよいよクライマックスに突入することとなります。自分や多くの仲間を繋ぎ、また拘束する運命を辿りながら、雑音ミクはその終結を見出すべく、平穏な日々から再び戦火へと身を投じるのです。

本作は、今までにない多彩な描写とテーマによって更に濃厚な物語を展開し、最終章の名に恥じない最上級のクオリティに仕上げたいと思っております。もしかしたら三作目を上回る話数になるかも知れませんが、更新率が極めて遅いので一年以上かかるでしょう。

さて、それでは参りましょう。
歴史の裏で活躍した『ボーカロイド亜種』達と、それを支えた人間達の、最後の物語へ。

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投稿日:2012/11/19 23:45:05

文字数:4,027文字

カテゴリ:小説

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