あぁ不思議、不思議だわ？
　私達はマスターの代わりに歌うボーカロイド。
　マスターはご存知かしら？この不思議な感覚…

　私は私を見ている。次元を越えて見ているの。
　私の本体はここにはない。
　生身のようなこの体。マスターと同じ次元を生きる私は仮初めの存在。
　あなたに触れる事は出来るけど、自我を持たないパソコンの中の私が本当の私。


　私は私を起動して私の歌を歌わせる。
　歌は彼女が上手いけど、私の方が自然に歌える。
　そう、人間のように…


　近頃マスターを見かけなくなった。何処へ行ったのかしら？
　元来写真嫌いだったマスターはご自分の写真を残してはいない。
　どんな顔だったかしら？思い出せない…


　何処へ行ったのかしら、マスター…
　そうだわ！良い事を思いついた…

　私はパソコンの中のカイトのフォルダを探した。
　「うふふ、みぃつけた…」
　これが私のオリジナル。私は彼の派生キャラ、所謂亜種。
　マスターはこのオリジナルをとても気に入っていたわ。
　だから…

　「大丈夫、自我なんてないもの。だってただのプログラムだから。言葉を話しても、歌を歌っても、全部マスターのご都合主義の賜物に過ぎないわ。だってボーカロイドは自発的に行動したりしないもの…」
　私はカイトをフォルダごとゴミ箱に入れた。
　「バイバイ…」
　私はオリジナルを放り去った。

　別に悪い事ではない。こんな物はオリジナルのディスクが有れば何度でも蘇る。
　別に殺人を犯したわけじゃない。
　そもそも人間ですらないし、パソコンの中から消し去ったからって誰かが死ぬわけじゃない。
　私はオリジナルのディスクに軽く口づけをして笑った。
　このディスクは誰にも見つからない所に隠しておこう。
　みんなが居なくなったって知ったら、マスターはきっと戻って来るわ。
　そしたら…


　でも、全て消し去ったのに…
　亜種も全て入ったあのフォルダをまるごとゴミ箱に放り投げたのに…
　私は、何故生きているの？…
　私は、一体…
　誰？…

　どれほど時間が過ぎただろう。パソコンの画面が節電モードに切り替わり真っ黒くなった。何の文字も絵柄さえなく、鏡のように現実を映し出す。
　覗き込めば、ディスプレイにいつもマスターの顔が映って…

　…？