おびただしい数の機材、木の根の様に張り巡らされたコード、その真ん中に『彼』は居た。まるで凶悪な囚人の様に拘束衣で椅子に縛り付けられぐったりとしていた。
「何本目?」
「2本です、後1本ですが…これ以上は…。」
「拘束衣を解け。」
「しかし…!」
「構わん、俺が抑える。」
思わず後ずさると、両肩を強く持たれた。羽鉦さんだった。
「逸らさないで、ちゃんと見て。」
「これは…。」
「…BSの治療薬…全てのBSを解除する為に、騎士は此処に居る。自らの研究の為、
自らの身体を実験台にして治療薬を完成させようとしてる。」
「ど…どうして…そんな…。」
「…それは…。」
言葉を詰まらせた羽鉦さんの代わりに、強い口調が聞こえた。
「お前のせいだろうが!」
「え…?」
「騎士が必死で薬を完成させようとしているのも!木徒がお前を怒ったのも!
お前が騎士を忘れたからだ!」
「詩羽!」
「お前は発作の度に記憶を失って来た…歌の事や友達の事は覚えているのに、
恋人だった筈の騎士だけをずっと忘れ続けているんだよ!10年前からずっと!」
「――っ!」
頭を思い切り殴られた様な思いだった。私が…彼を…彼だけを…忘れてる…?恋人…?なら彼は…私が愛した人…?震えが止まらなかった。あの空っぽな感じも、言い様のない寂しさも、愛した人を忘れてしまったから…?
「…スズ…ミ…?」
彼は虚ろな目で私を見た。どうして私が此処に居るのかも判ってない様だった。
「その目でしっかりと見て置け…自分がどれだけ守られているか、自分がどれだけ
無自覚に人を苦しめているのか。」
「詩羽、待っ…!」
「こいつの背負おうとしてる痛みがどれだけの物かちゃんと見ろよ!」
そう叫ぶと、詩羽さんは杭を穿つ様に彼に注射器を突き立てた。
「う…あ…ああ…!」
「騎士!」
「――うぅぁぁあああああああああああああああああああああっっっ!!!!!」
「…っ!」
「羽鉦!スズミを押さえてろ!」
両腕を掴まれ、目を逸らす事も、耳を塞ぐ事も許されなかった。彼は目の前で引き裂かれる様な悲鳴を上げ、獣の様に力ずくで取り押さえられていた。私は声すら出せないまま、ただ見ているしか出来なかった。
BeastSyndrome -52.傷だらけの影-
目を逸らす事は許されない
知らない事も又罪なのだから
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