しばらくすると、向こうを歩くサナギちゃんは、古い建物のなかに入っていった。
まわりには、住宅地が広がり、近くには川も流れている、静かな一角だ。
「なんか、ずいぶん古そうな建物だね」
リンちゃんの言葉に駿河ちゃんもうなずく。
「この町に、こんな建物があるなんて、知らなかったよ」
それは、3階建てのマンションというか、アパートというか、古風な感じの建造物だった。
昭和風、いや、もっと古い、大正風の雰囲気すら、する。
2人がその建物の入り口に寄って行くと、サナギちゃんはもうすでに、
その中のどこかの一室に、入ってしまったようだった。
現代のマンションとは違って、もちろん入り口にはオートロックなどは、無い。
装飾がある作りの、かなり品のある入り口だが。
3階まである各階の、ドアのこちらには、各部屋の共通の廊下がある。
誰でも自由に、それぞれの部屋の前に行けるようだ。
●そこに入ったのかな?
駿河ちゃんは、入り口の中の左側に並ぶ、各部屋の郵便受けをながめ回した。
「ええっと」
ひと通り見て、つぶやく。
「普通の家が多いけど、けっこう小さい会社もあるみたいだね。この建物」
彼女の言う通り、郵便受けには、普通の苗字・氏名の書いてあるもののほかに、
「株式会社○○」「××有限会社」などという字も、ぱらぱらと見られる。
リンちゃんも一緒に、2人で眺めてみたが、もちろん2人の知っている名前はなかった。
サナギちゃんが、関係していそうな部屋は、なさそうなのだが。
「あっ」
そう言って、リンちゃんが指さした、ある郵便受け。
そこには「(株)Moonlit」と書かれていた。
それは、3階のいちばん端の部屋だ。
「Moonlit、か。Moon… なんか“月光企画”と、似てるね」
駿河ちゃんはうなずく。
「そこに、入ったのかな、あの子」
●やってるフリするのよ
リンちゃんは、つぶやく。
「あいつ、ただ、自分の親戚とか、知り合いの家に来ただけ、だったりして」
駿河ちゃんは、口をとがらせる。
「うん。でも、なんか“におう”のようねぇ」
「行ってみる?この部屋の前に」
リンちゃんのことばに、首を振る彼女。
「いや、建物の中に入るのは、マズイよ。さすがにさ」
「でも、サナギだって、いつ出てくるかわかんないよ」
「そうだけど」
話しながら2人は、その入り口をいったん離れて、遠くから古い建物を見守った。
駿河ちゃんは、あたりを見渡した。
すぐ近くを流れている川のほとりは、散歩のできる小さな遊歩道になっている。
そこに、ちょっとしたベンチのような椅子があった。
「あそこで、もう少し、ねばってみよう」
そういって、リンちゃんを促し、そこに向かう。
そのベンチに座ると、向こうに、さっき居た建物の入り口が、見える。
駿河ちゃんは、ベンチに座りながら、ニヤッとわらって、ポケットから何かを出した。
「ただ座ってるだけじゃ、変に思われるからね。長く居るとさ」
出したのは、スマホだった。彼女は、スイッチを入れる。
「リンちゃん、あなたも出して。スマホ」
「何するの?」
彼女はウィンクして、笑った。
「やってるフリをするの。“モケ・ポン GO!”を、ね!」('ー') フフ
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