(二時間前)
 「お呼びでしょうか。世刻司令。」
 「ええ。あなたにお話しておくことがあります。かなり重要なことです。ですが機密情報のため、声に出して話すのはやめましょう。いくらこの部屋が防音でも、一応ね。」
 「では、筆談……ですか。」
 「そんなものではありません。」
 「では……。」
 「あなたの脳内、ナノマシンがあるでしょう。」
 「はい。そうですが。」
 「少し待ちなさい。」
 「はい……。」
 <<聞こえますか>>
 「これは!」
 <<今から話すことは他言無用、いえ厳禁ですからね……>>
 
 ◆◇◆◇◆◇

 昨夜の戦闘から数時間が経とうとしていた。
 あの戦闘のせいで基地の警戒態勢はさらに厳重になった。
 俺達はスクランブル待機室に常時待機することとなった。緊急事態に備えるために。
格納庫では俺達の機体が既に燃料と対空兵装を搭載されており、いつでも素早く発進できるようになっている。
 機体だけではなく、俺達もGスーツを装着し、手元にはヘルメットがある。
 ミクも制服は着ずにスーツ姿になっている。すぐにあの鎧のようなフライト用アーマーGスーツとウイングを取り付けられるように。
 ひとたびまたアラートサイレンが鳴り出せば、俺達は足にカタパルトでも付いているかのように椅子から飛び出し、そのまま格納庫の機体へ乗り込み三分以内に発進できるようになっている。
 あの戦闘のことは、本土には伝えられたのだろうか。いや、そうに違いない。
 だがそれは政界の一部のトップにのみ伝えられただろう。事を大きくしたくないのは当然だ。
 水面下ではおそらく既に総理大臣が各国首脳を繋ぐ国際直接電話、ホットラインによって興国首脳と対談したはずだ。だがそれで状況が好転するわけがない。向こうは俺達に対して問答無用で攻撃を仕掛けたのだ。そこまでするなにかしらの理由が、興国にはあるのだろう。では、それはなんだろうか。
 頭の中でいくら仮説を並べてみても分かるわけがない。いや、この状況では仮説さえ浮かびそうにない。今の俺達には本土がどのような行動に出ているかさえ分からないのだ。それに、俺達にはそんなことを確認する術はない。
 俺達に本土の動きを知らされることはなかった。
 今の俺には、外の世界の出来事がまるで分からなかった。まるで小さな箱庭に閉じ込められているかのように……。
 
 ◆◇◆◇◆◇
 
 僕はかなりの疲労感を感じ、気分が優れないままでいた。
 机の椅子にに腰掛けたまま何も考えず、視線を泳がせて時間を浪費するだけだ。
 「博士、どうしたんですか。朝から元気が無いですよ。」
 ベッドにキクと腰掛けているタイトが話しかけてきた。
 「心配なんだ……。」
 「ミクのことですか……。」
 「うん。昨日の夜、ミクのいる部隊は、どうやら戦闘をしたらしいんだ」
 「それでどうなったんです。」
 「ミクたちは敵機をほとんど撃墜してしまったらしい……。」
 「それじゃあ大変なことに!」
 「僕にはそんなこと関係ない!」
 僕は思わず、声を荒らげて反抗していた。 
 「博士……?」
 「ミクは……また人を殺してしまった……。」
 「……。」
 「僕はミクを普通の少女にしたかったのに、どうして兵器なんかになってしまったんだ……もうたくさんだ……彼女が人殺しの道具になるなんて、僕はもう耐えられない……。」
 もはや、そんな言葉を発するだけで胸の奥が締め付けられる。僕か顔を両手で抑えると方に、そっとタイトの手が置かれた。
 「彼女は博士にとって大切な存在なんですよね……俺もキクがいますから、その気持ちは分かります。俺だってキクを兵器になんてしたくありません。つらいんです、キクが人を殺すのを見るのは……。」
 「たいと……?」
 タイトは思わず、隣にいたキクを抱きしめた。
 「ですが博士。それは兵器になってしまった俺達の宿命なんです。」
 「タイト……!」
 タイトの言葉は悲しみに満ちていて、しかし残酷だった。僕は目の奥に熱い何かがあるのを感じた。
 「ごめん……みんな僕のせいなんだ……せっかく君達を作ったのにウイルスに感染させてしまうなんて……僕のせいでタイトも、キクも、軍に連れて行かれてしまった。僕のせいで戦闘用なんかに……。」
 僕は過去に犯した失敗をまだ悔やんでいた。だからこんな言葉が出てしまった。
 「自分を責めないでください。博士だって感染した俺達を治してくれようと必死だったじゃないですか。」
 「いや、僕が治したんじゃない……君達はお互いに心の傷を治しあっていた。僕は知ってるよ。」
 「は、博士……。」
 タイトは少し顔を赤らめた。
 「キク。」
 「なに……?」
 「タイトは、好きかい。」
 「うん! ひろきも!!」
 キクは天使のように笑ってそういった。その笑顔は僕の心を癒してくれた。
 だが、こんな風に笑うことの出来るキクが、そのうち本土から送られる装備によってまた兵器として使われると思うと、目の奥にある熱い何かは、僕の目から一粒、零れ落ちた。


 <<どうして私などにそのような重要なことをお伝えするのですか>>
 <<なに、あなたは各部隊の出撃管理と共に任務時の作戦指揮を執っています。非常に有能な隊員です。ですが昨夜のように彼らの戦闘を禁止したりされては困るんですよ。ま、雑音さんが先立って撃ってくれたので無事戦闘はすみましたけど。とにかく彼らの攻撃の手を押さえつけるような真似だけはしないでください。先ほども話したように、うまくシナリオを進められないでしょう。もっとも、あなたには早くこの事を話しておくべきでしたね>>
 <<と、おっしゃいますと、つまりこれから、彼らは……>>
 <<ええ。様々な課題が与えられる予定です。ですからあなたはこれから起こるあらゆる緊急事態において、ソード隊、いえ、新しく配備されたアンドロイドも含めて戦闘を許可しなさい。これは命令です。彼らには積極的にやってもらわなければなりません。頼みますよ。神田少佐殿……>>
 <<了解しました……>>
 「話は以上です。次の戦闘開始は三時間後です。配置に就く準備でもしなさい。」
 「はい。」
 「繰り返すようですがここで私が話したことは他言は厳禁ですからね。まだ彼ら自身にもです。」
 「了解しました。では失礼します。」
 (……あいつらは操られているのか……だが、俺は操られる側から操る側へときてしまっている。そしてこれから起こることも、すべて操られて起こることなのか……哀れだ。あいつらも、そして、あの国も……。)

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Sky of BlackAngel 第十二話「虚」

なにやら「……」多くなってしまった模様。
しかしキクさんは今大好きなひとに囲まれているのでヤンデレモードはもう少し我慢してください……。

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投稿日:2011/08/07 02:05:12

文字数:2,731文字

カテゴリ:小説

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