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「知識に貪欲な事は恥じる事ではない!」
予想だにしなかったのは、僕が吃ってしまった微妙な空気を断ち切るかのように、それまで銅像のように微動だにしなかった爺さんが突如そう叫び出した事だった。
びっくりした。
本当にびっくりした。
だってこの爺さん本当に全然動かなかったのに急に喋るもんだから。
恐る恐るMeちゃんの顔を覗くとMeちゃんも何が起きたのかわからない様子で素っ頓狂な顔をしている。
(え、どういう事?)
僕に聞かないで欲しい。
(やだ、なにこの人オカシイ人?)
(だから言ったじゃないか。そもそもほとんど誰もいないこんな公園でランニングシャツ一枚で人形劇をしようとする爺さんがまともな訳ない。)
なるほど。最初からこう言えばよかったのかと今更ながらに反省する。
Meちゃんの中にもどうやら『この爺さんはおかしい人』という意識が芽生えたようで何よりである。
ただ、気になるのは爺さんのそのいい回しとタイミングだ。
それは、そう、まるで僕の頭の中の思考を全て聞いていて、それについてコメントを残すような...
いやいや待ってくれよ。僕の脳みそ様。
それだと人は超能力者だとでも言いたげじゃないか。
いやいや、ないない。
僕はこう見えて理屈屋なのだ。
さっきの思考ゲームを見ただろ?
そんなのは信じない。
きっと意味深な事を言って気を引こうって胎に違いない。
どっちにしろ、怖すぎる。
どうする?
逃げるか?
Meちゃんを捨てて?
いやいや、流石にそれは出来ない。
絶対に出来ない。
男として。彼氏として。
後が怖いもの。

「おいこら。ジジイ!意味わかんないわよ。」

そう言って痺れを切らしたのはMeちゃんだった。
と言ってもこの場にそんな事を言い出す人物はMeちゃんしかいない。

欠かさず「ちょちょちょ」とMeちゃんを止めるのも二度目になるけど何だかコントだの喜劇だのを演じているようで少し恥ずかしい。相変わらずMeちゃんはそんな僕を見て怪訝な眼差しを向けるのだから全く持って損な役回りだと思う。

(もう、何?)
(いやいや、礼儀というか何というかですよ。)
(うっさい。礼儀でいうならこのジジイのがよっぽど失礼でしょ。)
いつの間にか「お爺さん」から「ジジイ」にジョブチェンジしている爺さん。
売り言葉に買い言葉ではあるが、彼女が暴言を吐くのを見るのは決して良い気分ではない。

(っていうかさ、あれだよ。ここはどう考えてもスルーして帰るとこだと思うんだよ。)
(帰ってどうすんのよ?こたつでみかんでも食べてろって言うの?)

エスパーここにもいた!
なんてツッコミはさて置き、やはり旅行の事を相当に根に持っている。
ここで彼氏であれば、ナイスな代案を思いつきもするのだろうが、僕にそれを求められても困る。
いっそ近場の遊園地でも連れて行った方がいいのだろうかと愚考するのだけど、空かさずやはりと僕の脳みそ様は否定するのだ。
何故かって?
何を隠そうこの彼女。
アトラクションで並べないのである。

「ってジジイ聞いてんの?」

僕の忠告も虚しく、
半分暴徒と化しそうなMeちゃん。
謎の爺さんも合わせ、この3人の構図はどうにも噛み合っているようで全く噛み合っていないのだから不思議だ。

そんなMeちゃんの暴言に恐る恐る爺さんの顔を伺えば、爺さんはあいも変わらずにこやかに学校の銅像のような面持ちである。
なんと寛容な事か。
はたから見れば、僕とMeちゃんでこの爺さんに食ってかかっていると見られているんじゃないだろうな。

10分後。

「って、本当に動かないな。この爺さん。」

こうして僕までもが爺さんに食ってかかるような暴言を発するようになるとはつい10分前の僕では想像もしなかっただろう。
最初はMeちゃんの言葉に言い返せず恐ろしさで固まっているのかと思った。
皮膚の表面が若干光沢があるのはこの寒いのに冷や汗でもかいているだと。
その間僕はこの爺さんに時間経過と共にその見立ては間違いなのだと気付かされた。
Meちゃんはめげずに何度も爺さんに罵倒を浴びせていた。
それでも一定のルールは守って爺さんには指一本触れていなかったのは少しばかりの誠意という奴だったのだろう。

それでも爺さんはピクリともしない。
ものを申さず。
まばたきすらせず。
そんな状況をしばし繰り返していたのだが、
流石に変だと気づいた時、僕はそれに手を触れた。
あくまで人として安否の確認をしようとしたのだ。
ただそれは予想に反して何の抵抗もなく転がるように倒れこむ。
その場の時が止まったような感覚の中、唖然とする僕とMeちゃん。
そうしてようやく僕達はそれがただの蝋で出来た人形であると悟ったのだった。

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【小説】キミと僕と道化師と2

閲覧数:154

投稿日:2018/02/11 21:54:52

文字数:1,957文字

カテゴリ:小説

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