歴史の裏側
 
 ルカはずかずかと廊下を歩き、長い髪を揺らしながらガクポの部屋と向かっていた。怒っても仕方がないと理性では理解しているが、感情が治まらない。嘘の中に本当の事を混ぜているのが余計に腹立たしい。
目的の部屋の前に到着する。こんな時に礼儀作法など知った事か。
「ガクポ!」
 ノックをせず、壊すほどの勢いでドアを開けて部屋に入る。ガクポは椅子に座り、刀の手入れをしていた。
 ドアが壁とぶつかり、屋敷全体に聞こえる程の激しい音を轟かせ、蝶番によって少し隙間を開けて元の位置に戻る。それには目もくれず、ルカは部屋の中央にある机に手の平を叩きつけた。机の上に置いてある道具が跳ねる。
「どうした、ルカ」
 ガクポは何事も無かったかのような口調で返し、刀を鞘に納めて机に立てかけ、美人が台無しだとルカをなだめた。
 その態度にルカは頭に血が上ったが、一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。それでも怒りを込めて叫ぶ。
「どうしたもこうしたも……、何ろくでもない嘘をリンに吹き込んでいるの! あの子素直だから信じちゃうでしょう!」
 屋敷はそれなりに広い上、市街から少し離れた高台に建っている。おかげで大声を出しても近隣の住人に聞かれる心配は無い。
「はっはっは、まあそう怒るな。ホラ話を真剣に聞いてくれて面白くてな」
 豪快に笑うガクポを見て、親子とは変な所が似るものだと思い知った。とぼけた所がレンにそっくりである、まったくもって無駄な部分を受け継いでくれた。
射抜くようなルカの視線を受け、ガクポは不意に笑うのを止めて真顔になる。
「レンに話しても、『それ嘘だろ』と引っかかってくれなくてな」
「……だからって、リンに同じ事をする必要はないでしょう」
 理由を聞いて怒る気が失せてしまい、ルカは複雑な気持ちで力の無い声を出す。よくある、親が子どもにつく他愛の無い冗談である。それに怒っていたのが馬鹿馬鹿しくなって来た。それと同時に、人間とはこんなにも変わるのかと驚く。
 この屋敷にリンと共に逃げ込んだ時から感じていた違和感。城にいた時と現在のガクポは別人と言っても過言ではない。レオンが見たら何を言うだろうか。
「……あんたは変わったわね……。昔は冗談なんか言わなくて、自分に厳しくて。……笑った所なんか見た事なかった」
 職務に忠実、真面目一辺倒。ガクポはそんな人物だった。子育てをしていてそうではいられなくなったのか。
「変わらない物もあるさ」
ガクポは静かに立ち上がり、ルカの目を真っ直ぐに見つめる。
「ルカ……お前の気持ちは、あの時のままか?」
 自分の気持ちは変わっていない。ガクポの目はそう語っていた。

「二人の過去に一体何があったのかしら。グミ、何か知らない?」
 ドアの隙間から部屋を覗き小声で話す人影があった。グミとハクである。何かあったに違いない、それを確かめようとハクが提案し、二階に上がって来ていた。
「知らないよ。ガクポさんから詳しい事聞いてないし」
 グミはぶっきらぼうに言葉を返し、ばれない内にさっさと逃げようと言ったが、ハクはもう少しだけと粘る。
 大した根性である。あの日の放課後、ハクを助けない方が良かったのではないかと一瞬本気で思ってしまった。慣れない遠出に疲れて、思考能力が鈍っているらしい。
「ご飯出来た、よ……」
 食事の準備が終わり、全員厨房に来るように呼びに来たリンは、廊下の先の光景を見て語尾を小さくする。隣を歩くミクも眉を寄せた。
「さっき凄い音が聞こえたけど?」
 ハクはこちらに来て欲しいと無言で手招きして、部屋を指差す。リンとミクは足音を立てないように忍び足で歩き、部屋の前に屈み込む。
「こうやって私とカイトを見ていた訳ね……」
「いやいや、ミクも楽しそうだよ?」
 目を輝かせ部屋を覗くリンとミクの姿に、この二人は本当に王族かとグミは心底呆れ果てていた。王女である前に年相応の女の子だと言ってしまえばそれまでだが、聡明なリン王女、可憐なミク王女と呼ばれている二人の実態はこれである。純粋に憧れている国民が見たら卒倒するに違いない。世の中知らない方が幸せな物もある。
 この様子だと、二国会議の際レンは完全に巻き込まれた口だろう。その時の胸中を考え同情し、グミは大きく、深い溜息をついた。
 
 沈黙したままのルカに、ガクポは言い方を変える。あの二人の忘れ形見、リンが成長しても変わらないのかと。
「忘れられないのか?」
「忘れられないんじゃなくて、忘れないの」
 ようやくルカは答えを返す。
「陛下への気持ちはね」

 陛下とはリンの父親、つまり黄の国の王のはず。予想外の展開に部屋の外の四人は顔を合わせて小声で騒ぐ。会話から察すると、ルカが抱いていたのは臣下としての気持ちだけでは無いのは明らかだ。
「ちょっと、どう言う事これ!? リン、ルカさんから何か聞いていないの?」
「母上とルカが親友同士だった事しか知らない」
グミが先程までの思考を忘れて興奮し、リンは何も知らないと首を振る。
「これはどう見ても何かあったわね……」
「興味深いですね。気になります」
 ミクとハクが策略家のような顔を見合わせて続きを窺う。

 ふっと小さく息を吐き、やはりかとガクポは笑みを浮かべる。正直、答えは分かっていた。
「一途だな」
「お互い様でしょう」
 十年以上経っても、根っこの部分は変わらないらしい。

 そろそろ潮時だと悟り、四人はその場から去ろうとする、が、ガクポの声によって止められた。
「そこの四人、いるのは分かっているからな?」
 完全にばれている。体を硬直させている所へルカの声が続く。
「グミとハクは最初からいたわね?」
 誤魔化しても無駄である。逃げたらもっとまずいだろうと瞬時に判断し、ドアを開いた。

 この日、黄の国全域は晴れ渡り、雨の心配は一切無用の天気だった。
 それにも関わらす、局地的に非常に強い雷が落ちた。

 夕食を終え片付けも済んだ後、全員が客間に集まった。居心地が良く適度な広さがある為、談笑を楽しむ場にもなっていた。
全員が席に着き、グミは王都の治安が悪い事、大臣がやりたい放題の政治をしている事。暴動の際、メイコと言う人物が民衆をまとめていたと報告する。
「メイコさんが王都に……」
 思わぬ来訪者に驚き、リンは目を見開く。メイコがまた来てくれているとは思わなかった。しかも、旅をしていて沢山の人に会っている中覚えてくれていた。
「彼女を味方にできれば、一気に有利になるわね」
 民衆も自然とついて来るだろう、大臣に利用されただけで罪は無いとルカが言う。
「やっぱり知り合いだったんだ。どうしてか知らないけど、レンの事も知っているみたいだったよ」
 疑問は置いておき、グミは宿で起きた痴話喧嘩の話を付け加える。
「男の人を殴って、バカイト! って叫んでた」
「バカイト?」
 ミクがその名前に反応する。ひょっとしてカイトの事か、彼も来ているのか。
「その人、青い髪をしていなかった?」
 グミが頷くのを見て、カイトも仲間に出来ないかと提案する。
リンとミクが生きている事を知らないはず。無事だと話せばきっと仲間になってくれるはずだ。次に行った時に接触すれば良い。
「グミ、これからは一週間に一度、王都に行ってくれ」
「りょーかい」
 ガクポが指示にグミは敬礼のように手を上げて承諾した。
 
 話し合いが終わり、ガクポとハクが出してくれた紅茶を飲みながら、リンはグミと話をしていた。メイコとカイトの喧嘩を止めたのがネルだと分かり、自然と笑顔になる。
「ネルは元気なんだ、良かった」
 王都に帰ったら、一番に顔を見せに行こう。話したい事がたくさんある。それに、あの店の料理も久しぶりに食べたい。ルカやレオンも、あそこの料理を気に入ってくれていた。
「ずっと聞こうと思ってて忘れてた」
 それを急に思い出したのか、グミはガクポに話を振る。
「ガクポさんって城ではどんな立場だったの? ただ者じゃないよね?」
 余程信頼されていなければ、王からレンの事を任されたりはしないはずだ。話を聞いた時から気にはなっていたものの、何となく聞く機会を逃していた。
 ルカは驚き、話していなかったのかとガクポを軽く非難する。
「てっきり知っていると思っていたわ」
「聞かれていなかったからな。それに、あれはもう捨てた名だ」
ガクポはそれほど重要な事でもないとばかりに平然と答える。
「捨てた名前? どう言う意味?」
 何故そんな事をしたのだろうと疑問を感じたリンが問いかける。
「そのままの意味よ」
 答えを知っているようなルカの物言いに、一斉に視線が集まった。ルカは話してもかまわないだろうと視線を送り、ガクポは何も言わずに頷く。
「黄と緑合同の救援活動の総指揮を執り、愚王を捕え、青の国を救った英雄」
 物語を唄う吟遊詩人のようにルカは話す。滑らかに客間に通るその声を、何も知らない面々は聞き逃さないよう耳を傾けている。
「王女と王子が生まれる前に、無実の罪で城を追われた黄の国の王の忠臣。カムイ将軍」
 最後に出た名前に、ルカとガクポ以外の四人がそれぞれ驚愕の声を上げ、客間は一気に騒然となった。
「カムイ将軍って、教科書にも載っている程の偉人じゃない」
 青の国の話は歴史の授業で必ず教わる事である。目の前の人がそうなのかとミクが信じられない様子で言う。
「平民でありながら将軍まで上り詰めた、伝説的な人物ですね」
 本に記載されていた文をハクがなぞる。名前だけなら、誰でも聞いた事はある程の有名人である。
「全然気付かなかった……」
 肖像画では髪が短く、険しい表情をしていて分からなかったとグミは息を飲む。
「じゃあ、あの刀が……」
 客間に飾ってあった、今は置いていない刀の事をリンが聞く。以前父から、一振りの名刀を部下に譲り渡した話を聞いた事があった。
「銘は『美振』。陛下から拝領した業物だ」
 将軍になった際に贈られたとガクポは紅茶を飲みながら話す。
 城から去る際返還しようとしたが、どうせ城には使える者もいない、その刀にふさわしいのはお前だけだと王に明言された。無実の罪とは言え城を追われる事となった身である、意地でも返そうとしたが、カムイ将軍への最後の命令として、持って行けと王に告げられた。
 ガクポと名乗るようになったのは、将軍の名前では町の人々は警戒してしまうかもしれない、カムイ将軍を討ち取り、名を上げようとする者も多くいるだろう、その争いに住人を巻き込む訳にはいかないと王と話し合った結果だった。これも一つの生き方と思い、城に戻る気はさらさらなかった。
 公明正大なカムイ将軍が失脚したのは、彼を快く思わない者達により嵌められたのではないかと当時は噂になっていた。事実が曖昧なまま時が過ぎ、いつしかカムイ将軍は過去の人物として語られるようになった。
 
 ルカが一つ補足する。
「ガクポを追い出したのが、あの大臣な訳よ」
 犯人は分かり切っていたが、狡猾な大臣達は不利な証拠をもみ消し、数に物を言わせ自分達の罰を逃れた。
「とことん馬鹿だね」
この手の連中はいつの世もいるらしいと、グミの容赦のない一言に全員がしみじみと頷いた。
「昔からグミは口が悪いよね」
 ミクがからかいを込めて言う。勉強で分からない事があるから教えて欲しいと頼まれた事も多かった。ハクと共に教えていたのにも関わらず、グミの成績はあまりよろしくなかった事も思い出していた。
「ほっとけネギ王女」
 屋敷に来て少し経ってから、ミクは庭の一部を使ってネギを栽培していた。おかげで窓を開けるとたまにネギ臭い風が入って来ると指摘する。
「毒舌娘が偉そうに」
笑顔で火花を散らすグミとミクを見て、リンは隣に座るハクに耳打ちする。
「止めなくて良いの? あれ」
「いつもの事です」
 昔からだと話すと、リンはあっさりと納得して引き下がった。
村にいた頃の思い出に浸り、ミクとグミの言い合いを微笑ましく見ながら、ハクはゆっくりと紅茶を飲んでいた。



ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

むかしむかしの物語 王女と召使 第15話

 乙女の暴走が止まらないハク、どうしてこうなった。儚さとかが一切感じられない……。
 同じく(ギャク的に)暴走するリンとミクを見て、グミは何かを諦めたようです。

閲覧数:604

投稿日:2010/09/25 12:01:42

文字数:4,970文字

カテゴリ:小説

オススメ作品

クリップボードにコピーしました