※カイミク小説です。KAITO視点。


 静まり返ったディスプレイ内に、小さな声がこだまする。
 何度も何度も、ごめんなさいと謝る声。そして、時折鼻をすする音が聞こえる。


 誰かが、泣いている。





 僕らの想い





「……ミク?」

「あ……」

 突如声をかけられ、涙を止めようと目を擦るミク。
 その手はすぐに声をかけた誰かによって遮られる。

 代わりに柔らかい感触のものが涙をふき取った。

「そんなに擦ったらダメだよ」

「お、にいちゃ……」

 マフラーで涙を拭われ、ミクは大人しくそれを受け入れた。
 一通り拭い終わると、カイトは眉を顰めた。

「やっぱり赤くなっちゃったね」

 カイトの言う通り、ミクの目の周りがうっすらと赤くなっていた。
 それを見られまいと顔を逸らすミクの隣に、カイトは腰を下ろす。

「ミク、お兄ちゃんでよければ相談に乗るよ?」

「……………」

「やっぱりお兄ちゃんじゃ力になれないかな?メイコでも呼んでくる…」

 立ち上がろうとしたカイトのマフラーを、ミクは慌てて引っ張りカイトを止める。
 驚くカイトに、ミクはただ首を振った。

 あまりにも必死な様子に、カイトは大人しく腰を下ろす。

「お兄ちゃん、誰にも…言わないで。私が泣いてた事…」

「……うん。でも、何か悩んでる事があるなら話してくれないか?ミクが泣いてる姿を見てじっとしてられない」

「……………」

 再び黙り込み、時折何かを口に出しては悩む仕草を見せるミクを、カイトは心配そうに見守った。
 きっと、これはミクにとって重要な悩みなのだろう。しっかり者のミクが自分に弱みを見せることは滅多にないから。

 だから、ミクが人知れず涙を流していた事がショックだった。
 強そうに見えて脆い所もある…。

 なにより、ミクの異変に気づけなかったことが情けない。

「お兄ちゃん…あのね、マスターの…ことなんだけど…」

 ぽつりぽつりと、頭の中で整理しながら話しだす。ミクの表情は決して明るくない。

「マスター最近元気ないでしょ?私達に歌わせてくれる機会も減っちゃったし…」

 そういえばそうだな、と気づかされる。
 パソコンを触る時間も、電源を入れる回数も以前と比べて随分減った。

「マスターが元気ないのも、歌わせてくれないのも…私が原因みたいで…」

「え…?」

 見る見るうちにミクの瞳に涙が堪っていく。予想外の言葉に、カイトもうろたえた。
 なぜマスターの元気がないことが、ミクのせいになるのだろうか…。

 単なる思い込みには見えない。

「どうしてそんな事思うんだ?」

「だって…!メールで何度も私のことでイライラしてた…。私のせいだよ!」

「ミク……」

「マスターが元気ないのも、皆が歌う機会が減っちゃったのも…。全部…ぜんぶ……わたしの……」

 ぼろぼろと大粒の涙が頬を伝う。
 ミクはカイトのマフラーを握り締めたまま、声をあげて泣きじゃくった。

 初めて見るミクの泣き顔に、カイトは何と声をかけていいのかわからなかった。
 妹の悩み一つ答えてやる事も出来ない。


 兄だからと…悩みを聞いてやると偉そうな口を叩いたというのに…。


「ミク…ごめんな、気づいてやれなくて…」

 未だに泣きじゃくるミクを引き寄せ、頭を軽く叩く。
 腕の中にすっぽりと納まる身体。こんなにも細く、小さなものだとは思わなかった。

 力を込めれば壊れてしまいそうに儚さに、驚かされる。

「……お兄ちゃん?」

 こちらの様子を窺うような控えめな声が聞こえ、カイトはハッとする。

「ご、ごめん…!」

「…………」

 慌てて離れようとしたカイトの服の裾が、何かに引かれる。
 見るとミクの小さな手が服を摘んでいた。

「……もうちょっと…だけ」

 それだけ言うと、ミクはカイトの足に頭を載せて寝転がった。
 相変わらずの泣き顔だったため、マフラーで目を覆っている。

 カイトはそんなミクの様子に、ふっと表情を和らげた。
 少しは妹の為に役に立てているのだと思うと、嬉しかった。

 ミクとカイトではスペックが違う。ミクが当然にできることが、自分には出来ない。
 だからせめて、兄らしくいようと思った。

「…カイトお兄ちゃん。なにか歌…聞きたい」

「子守唄でも歌う?」

「………うん」

 一呼吸置き、音が紡ぎ出される。
 子供をあやすように優しく、温かい声色。


 心が安らぐような、温かい歌。


 カイトの歌を聴きながら、ミクは目を細めた。
 見上げる先には、柔らかな表情で歌を紡ぐ兄の姿。

 ミクはそんな風に、いつも楽しそうに歌うカイトが羨ましかった。

 ただ歌えればそれでよかったはずなのに、最近では歌う事が苦痛になっていた。
 歌を歌わなくなってから更に歌う事への拒否感が強くなっていた。

 だが、カイトを見て思い出してきた。歌う事の楽しさを…。

 目を閉じれば、兄の歌声のように優しく、温かな情景が浮かんだ。


 ほんの少しだけ、救われた気がした。















 すやすやと眠るミクを見下ろし、カイトは安堵の笑みを浮かべた。
 安心しきった顔。それに、マフラーをぎゅっと握って離さない手。

 兄として何かしてやれたのかと思うと、自然と頬が緩む。
 ミクの頭を撫でながら、それでもやはり自分の力のなさが悔やまれる。

 マスターの元気がないのは自分のせいだ、とミクは言った。


 パソコンの中でしか存在できないボーカロイド達の意思は、伝わらない。届かない。


 だから、願うしかない。
 今度電源をつけた時、マスターが元気な姿を…笑顔を見せてくれることを。


「それまでは俺が…俺達が側にいるから…。だから……」



 もう、一人で泣かないでくれ。

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  • 非営利目的に限ります

僕らの想い

以前ブログに載せてたもの。
妹をあやす兄の図とKAITOの膝枕で眠るミクが書きたかっただけというのは内緒。

閲覧数:1,090

投稿日:2008/07/31 01:00:26

文字数:2,431文字

カテゴリ:その他

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