カイトは自室にて呆けたように外を眺める。世間のバレンタインを無感動に眺めながら、自分の置かれた立場、現実を目の前にうちひしがれていた。
 「僕は、何をしていたのだろう?最初から解っていた事なのに…」
 期待などしていなかった。ボーカロイドの本気の聴力感度は非常に高く、マスターの少し大きなぼやきさえ聞き取ってしまう。
 窓に映る自分の姿が滑稽だとカイトは笑った。頬杖をつき、まるで告白に失敗した女の子の様に孤独な世界から外の成功者達を眺めているなんて可笑しくて仕方がないと自嘲した。
 虚ろな瞳、何故か口元に笑みを浮かべ、嘲笑う窓の中の自分。そんな自分の姿にカイトは独り語りかける。
 「最初から、何も期待してなどいなかった。マスターだってたまたま道端でもらったキャンペーンのチョコレートを偶然そこに居たレンに渡しただけじゃないか。そうだよ、幼い弟に焼き餅なんて格好悪い」
 実際そうなのだ。マスターがレンにチョコを渡した事も、そのチョコが道端で配られていたキャンペーンのチョコだと言う事も、紛れもない事実だった。
 「解ってたんだ、僕だって。ただ、もしかしたら、なんて…淡い期待、持っちゃいけない感情、ちょっと抱いてみただけなんだ。いけない事だったんだ、早く忘れよう…」
 溜息混じりの独り言。誰かが聞いている訳でもない。窓に映る自分に、これは自問自答なのだろう。気持ちにケリをつけて、カイトはいつものカイトに戻った。
 
 立ち上がり、カイトはふと気が付いた。
 「…あれ?みんな?…」
 やけに静かだった。何の音も耳に入ってはいなかったが、そんな事さえ気にしなかった。冷静になってやっと気付いた喪失感。
 「みんな、どこか出かけちゃったのかな?…」
 置いて行かれたような気持ちで寂しく思うのと同時に、不気味なほど静かな空間が少し怖くて警戒する。カイトは自分の聴力感度を上げると周囲の様子を伺った。
 「誰か、居る…」
 ギリッと奥歯を噛み締めるとカイトの緊張は更に増した。
 マスターや兄弟達はどうしただろう?などと、やっといつものカイトらしい自分の事より他人の心配をする様が戻った。カイトはこれで一番のまとめ役なのである。
 「…むぐっ…」
 「…マスター?」
 マスターの声にならない声がうっすらと聞こえた。近い。まるで拉致現場を目撃してしまったような感覚に襲われたカイトだが、次の声で少し冷静さを取り戻す。
 「ちょっとマスター、静かにしてよ。気付かれちゃうでしょ?!」
 これも小声だった。様子がおかしい。
 カイトはそっと部屋のドアに近付いて身構えた。ジタバタとしていた音がどんどん近くなってくる。
 バッ!
 パパパパーン!
 「え?…」
 呆けたカイトの顔に色とりどりのカラフルな紙テープと紙吹雪が飛んできた。
 「「「「お誕生日おめでとう!」」」」
 目を丸くして、暫く思考の停止したカイト。
 「…こら、人の顔にクラッカーなんて向けて発射しちゃ駄目だろう?」
 停止した思考が回復するとカイトはコツンとレンの頭を小突いた。
 「ってー…何で俺だけ…」
 ぼやくレンの頭をくしゃっと撫でるとカイトはニコッと笑った。
 「ありがとう」
 カイトとしては「おめでとう」の一言だけでもありがたい。それほどこの家では誕生日等イベント事に関して疎いのである。
 「カイト?喜ぶのはまだ早いわよ。ほら、プレゼント…!」
 油断していたカイトにおもむろにメイコが手渡した物は巨大な布袋。形状としてはサンドバッグか。とても嫌な予感しかしない。
 バタバタと暴れる袋。中身は大凡検討がついた。
 「ほら、開けてみて」
 嬉しそうなミクと、その様を自慢気に眺めるメイコ。
 カイトは慌てて袋を閉じていた紐を解いた。
 「!!!」
 「むぐー!むぐーっ!!(お前らー!覚えてろよーっ!!)」
 カイトの予想通り、哀れ縛り上げられた無力なマスターが詰め込まれていた。
 人間の、大人の男が涙目になっている可哀想な図だ。恨めしそうな上目遣いがカイトを睨んだ。その首には丁寧にラップにくるまれたチョコプレートがかけられていた。青いチョコペンで「お誕生日おめでとうカイト」と書いてある。
 「じゃ、私達は向こうに居るから、用があったら言ってね~」
 何を期待しているのか、姉や妹達はどこか楽しそうである。
 「はぁ…まったく…大丈夫ですか?マスター…」
 騒がしい一団が部屋を出て行くと、カイトはため息をつきながらマスターを拘束していた紐を解き始めた。
 「だーっ!全く、あいつら覚えとけよ!!!」
 いくら女子供ばかりだと言っても、相手は全員アンドロイド。そして多勢に無勢ともあってマスターに勝ち目などないのだが、負け犬の遠吠えか、負け惜しみと言うやつか、マスターはみんなが出て行った先の誰も居ない廊下を睨み付けて叫んでいた。
 「ま、マスター落ち着いて、落ち着いて下さい…」
 全く、これは困ったプレゼントである。大層ご立腹な様子のマスターを宥めるのにカイトは必死だった。
 少し落ち着いたらしいマスターを自分のベッドに座らせて、部屋にあったティーセットで温かい飲み物を振る舞うと先程までのとげとげしさは無くなった。カイトの出したもてなしのお茶を飲みながらマスターはふと自分の胸に目を落とした。
 「カイト、ちょっとこい…」
 「はい…?」
 どこか気恥ずかしそうに俯いているマスターが顔を上げると、どんな顔をして良いか解らないと言う表情でカイトを見つめた。
 手には例のチョコプレート。
 「ほら、やるよ。俺は別に甘い物好きでもないし、あっても邪魔だから…」
 首から提げられたチョコプレートを外してカイトに差し出すマスター。
 カイトは一瞬頭の中が真っ白になった。何を言われているのかも解らず、ただ言われるがままマスターの隣に腰を下ろし、両手でチョコプレートを受け取った。
 「…ありがとうございます」
 カイトは殆ど初めてと思えるマスターからのプレゼントに歓喜して内心飛び上がる勢いだった。けれど身体は冷静な物で優しい笑顔でにっこり返すと何事も無かったかのように立ち上がり、マスターの向かいに立って跪いた。
 「マスター、これ、食べても良いですか?」
 「当たり前だろ?いつまでも持ってたって仕方ないだろ。溶けるだけだ」
 そっぽを向いてしまったマスター。心なしかほんのり頬が紅く染まっている。
 カイトはまた笑顔で頷くとコリッと小気味よい音を立ててチョコプレートをかじった。
 こんな物でも喜べるのだ。プレゼントとは不思議な物である。
 「もうやらねぇ…」
 マスターのバツの悪そうな呟きがカイトと二人、男部屋に響いて消えた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

やらねぇよ(続)

本文長すぎた為分割しました「やらねぇよ」の続きです。

お陰様でこれで終了になります。

カイト兄さん、お誕生日おめでとうございます^^

閲覧数:221

投稿日:2012/02/14 08:14:07

文字数:2,767文字

カテゴリ:小説

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  • mono子

    mono子

    ご意見・ご感想

    初めまして、ですね!

    賑やかで萌えたっぷりのお話ですねっ!ツンデレマスターにバタバタしました!←
    可愛い兄さんとマスターごちそうさまですっ^^

    2012/02/16 01:35:25

    • 鐘雨モナ子

      鐘雨モナ子

      >なつとさん
      毎度ご感想ありがとうございます><w
      ありゃぁ;ちょっと不憫過ぎましたかぁ^^;
      でも、やっぱり最後ハッピーエンドが好きです^^

      >mono子さん
      初めまして!^^
      感想ありがとうございます!
      もしかしたら本当に初かもしれないBLテイストです><;
      ほのぼのやんわりお楽しみ頂けていたら幸いです^^
      お粗末様でした!><w

      2012/02/18 12:26:52

  • なつと

    なつと

    その他

    悶えました!!←
    前半から中盤までの兄さんが不憫すぎて読むのがツラいほどだったんですが
    最後に報われてよかったw
    良いプレゼントをもらったようでw

    姉さん他3人の行動力はすごい(´▽`)w

    2012/02/15 22:44:18

    • 鐘雨モナ子

      鐘雨モナ子

      >なつとさん
      毎度ご感想ありがとうございます><w
      ありゃぁ;ちょっと不憫過ぎましたかぁ^^;
      でも、やっぱり最後ハッピーエンドが好きです^^

      >mono子さん
      初めまして!^^
      感想ありがとうございます!
      もしかしたら本当に初かもしれないBLテイストです><;
      ほのぼのやんわりお楽しみ頂けていたら幸いです^^
      お粗末様でした!><w

      2012/02/18 12:26:52

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