「ありがとうでござる」
フレンドから贈られてきたのは、新品のボカロ『初音ミクV4』だった。
「これは困るでござる」
なにせ拙者は、生粋の生身アイドルのファンである。
アニメや漫画などの女の子など、興味が薄い。
実体がないものに、興味など湧こうはずもない。
お金を使うなら、アイドルにと決めていたわけだ。
「これどうするでござるか」
フレンドからの手紙も入っていた。
「なになに……ともくん、たまにはヴァーチャルアイドルとかどうかね? って。余計なお世話でござるなぁ」
拙者は土外 智(つちがい とも)。生粋の生身アイドルオタクだ。
今日も戦利品を部屋に並べて、悦に入っていたところに、フレンドから宅急便でボカロが贈られてきたのである。
「やれやれでござる」
明日はライブ決行日だ。
いかに親しいアイドル友達とはいえ、ライブ前日にこんな物を贈られても困るのである。
拙者はすでに寝る準備も終えている。明日が楽しみで仕方ない。
そこらへんに置いておくか。
「この紙美味しい!」
ん? 誰かが部屋に居る気配がする。
寝ぼけ眼で時計を確認すると、時刻はちょうど四時を過ぎたところだった。
拙者はハッキリしない頭のままリモコンに手を伸ばして、電気を点けてみた。
なんと! 拙者の部屋の真ん中に、美少女が居るではないか。
その女の子は床に腰を下ろして、いろんなお金を食べていた。
緑髪のツインテール……まさか初音ミク!?
彼女の手には万札が握られていて、それを口に運んで……。
「ってやめんかーい!」
拙者は慌てて彼女から万札を奪い取った。
床には拙者の財布が散乱している。
「あ、おはようございます。マスター」
「ミク、おはよう……って」
拙者はわなわなと震えながらミクを指差す。
「え、え、なんでなんで?」
昨晩はソフトウエアだったはず。これは夢なのか。
拙者は急いで頬をつねるが、かなり痛い。
「マスター! それ美味しいからもっとくださいよ~」
「だめだだめだ。これはライブの軍資金だ」
「む~」
ミクが頬を膨らませる。
ちくしょう、可愛いじゃないか。
ヴァーチャルアイドルにはとんと興味がなかったが、こんだけ可愛いとまあ。
いやいや、拙者には推しが居る。ここで負けてはいかぬ。
「お主、どういう了見でござるか」
そういうと、ミクは怒った調子で言ってきた。
「お主じゃないよ。ミクだよ!」
「あ、すまぬ。ミクでござるね」
って、そうじゃない。
「ああ……軍資金があ~」
財布に入っていた軍資金がかなり目減りしていた。
「ねえマスター、ライブ行くの?」
「そうでござる。そのための軍資金でござる」
ひー、ふー、みーと数えていると、
「おうちでヴァーチャルアイドルしようよ!」
ミクはそういうが、
「アイドル応援でそんな時間とお金の余裕はないでござる」
拙者はきっぱりと断った。
しかし、
「そのお金が悪いんだね」
ミクが目を輝かせ、拙者の財布を見てくる。
「美味しそう」
時刻はだいたい5時だ。
ライブまでには時間があるが、このままここにいては拙者の推し活動が危機的状況になってしまう。
拙者が立ち上がると、ミクも立ち上がった。
この構えは、あらぶる鷹のポーズ!?
「マスター、逃がさないよ」
くうう、可愛い顔でそんな顔をするんじゃない。拙者はお金を渡そうとする誘惑をすんでのところで堪えた。
このままここにいたら、拙者の推し活動が終わってしまう!
「ミク、退くのですぞ。朝食(初期投資)は十分与えたはずですぞ」
「マスター、たったあれだけではミクの胃袋は満足できません」
拙者が通り抜けようとすると、ミクが目の前に立ちふさがった。
「こ、これ以上は、推しに使うんだな」
「私にも使ってくださいよ~」
右側に行けばミクも右側に、左側に行けばミクも左側に寄る。
「ク……ミク、いい加減にしないと怒るんだな。ど、どうなっても知らないぞ」
「マスターはそんな男じゃありません。そこは分かってます」
こんな状況でそんな信頼の眼をされても困るのですぞ。
ああ、急がないとライブが始まってしまう。ライブ仲間がみんな待っている。
こうなりゃ、誘導だ!
「あ、ミク。あそこにネギが!」
「え!?」
ミクがキョロキョロと首を回す。
「いまだ!」
たまたま見た高校野球のヘッドスライディングを思い出し、拙者はそれを真似て、通り道に突っ込んだ。
そのまま反転。立ち上がり、
「勝った!」
「マスター、待って!」
――ブニュ!
拙者はその感触に、歓喜を覚えた。
双球が背中を押し込んでいく。
「マスター、どうか私を推してくださいよ」
ミクの辛そうな、悲しそうな声に、拙者は動揺を覚えた。
「ほんの少しでも良いんです。それだけで、それだけで私は満足するのですから」
さっき朝食を与えたじゃないか!
――ふにゅ
こいつ、ゼッタイに内心では、「当ててんのよ」と思っているでござる。
理性ではそれが分かっていた。
でも、拙者はそれに抗えなかった。
「ミク、これを受け取れ」
拙者は財布から万札を少し抜き出して、それを後ろに差し出した。
「マスター!」
「拙者、行ってくるでござる!」
背中の双球の霊圧が消えた。
名残惜しい。
「マスター、行ってらっしゃい!」
「推しが増えたでござる。……行ってきます!」
拙者は振り返ることなく、玄関を飛び出した。
外は満点の快晴で眩しかった。
「ミクは可愛いでござる。推しが増えてしまったでござるよ」
拙者は額に手を当てて、眩しい朝日に眼を細めながら呟くしかなかった。
「ミクの勝利です」
END
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