注意:実体化VOCALOIDが出て来ます。
   オリジナルのマスターが出張っています。
   カイメイ風味が入って来ると思います。
   苦手な方はご注意下さいませ。










 ふたりの手を引き離さないように。
 紫苑の背にレンを乗せて、腕にリンを抱えさせたメイコは、居間で倒れて寝たままのカイトの顔の横に座る。
 紫苑はふたりを担ったまま居間を出て行った後だ。
「……ったくもう、何やってるんだか」
 カイトが完全に寝ているのを確認してから、メイコはひとり、紫苑の注いでくれた梅酒を手にとる。
「弱いくせに無理して飲むんだから……」
 梅酒をひとくち。歌い続けていたメイコの身体に水分とアルコールがしみていく。爽やかな梅の風味を楽しみながらグラスを傾ける。
 グラスにいっぱいに入っていた梅酒は、あっという間にメイコの体内へと溶け込んだ。
「ばぁか……」
 氷だけを残したグラスをテーブルに置いて、冷えた指をカイトの左手のひらに乗せる。いつもは冷たいと感じるカイトの手は、今はメイコの指のほうが冷えているためか、少し温かい。
 反応がないのを良いことに指を袖口へと滑らせる。これから本格的に蒸し暑くなる時期だというのにカイトは長袖のコートを着ているのだ。メイコの手の甲がコートの袖に隠れてしまうくらいに潜り込んだところで、金属の感触に当たった。メイコは頬を緩めて指先で探って形を確かめる。それは確かに細い鎖だ。
 その鎖に連なっているはずの三つの貴石が思い浮かぶ。深い青、淡い紫、濃い紅。それはつまり。
「何のために贈ったと思ってるのよ……」
 カイトの左の手首を飾るブレスレットは、幾重もの思いを連ねて、メイコがカイトに贈ったものだ。
 青のサファイアが何を意味するか。赤のルビーが何を想起させるか。紫のアメジストが何を示しているのか。
 届かなくても、読み取ってはもらえなくても、そのブレスレットをカイトが大切にしていることそのものが、メイコの心を温める。
 カイトの手首をなぞり、鎖をいじりながら、目を閉じたままのカイトの顔を見つめる。
「……カイト」
 ふと呼んでも応じる声はない。
「カイト」
 囁くように繰り返す。それでカイトが目覚めるはずもなく。
「カイト……」
 寝ているだけ。分かってはいても、メイコは思わずカイトの手首の鼓動を確かめていた。胸の奥から届くものよりはゆるやかな脈動の上に指を乗せる。
「離れていかないでって、あなたは、言ったわよね……?」
 理解はしているつもりだった。
 まったく同じ時を刻んでいるわけではないのだから。
 寄り添い続けようとすることは出来ても、……いつか離れてしまうこともあるかもしれない、と。
 こんなにもそばにいることが当たり前になっていても、その事実は変わらない。
 練習前に目に留めてしまった、マスターである紫苑の元に届いていたメールの内容が、なおのことメイコの不安をかきたてる。
 アルコールで加速した己の鼓動の促すままに、湧き出した思いを言の葉に乗せる。
「……ねえ、カイト……」
 もしも、私が。
「……私があなたについていけなくなったら……」
 そうしたら、あなたは。そしてあの人は。
「ちゃんと、あなたは……」
「わたしはお前のことも見限ったりしないよ、メイコ」
 予想外の背後からの紫苑の声にメイコは慌てて振り返った。居間に戻ってきていた紫苑が肩を回しながらテーブルに歩み寄ってくる。
「まっ、マスター……っ」
「メイコ。お前、私のメールを読んだね?」
「っ!」
 硬直するメイコの姿に事実を察して、紫苑はカイトを挟んでメイコの向かいに座り込む。
「いつもよりも練習に熱が入っているようには思ったけれども、……そうか、予想しておくべきだったね」
「あ、いえ、えっと……」
「お前もカイトも、根底は本当に良く似ている。同じエンジンだからかな」
 紫苑の困ったような笑顔を目の当たりにして、メイコは罪悪感もあって顔を俯けてしまった。
「閉じておくのを忘れた私も悪いけれども、他人宛のメールを勝手に読むのはマナー違反だよ」
「……すみません」
 俯いたままのメイコの目線がカイトに向かう。たっぷり間を置いて、その様子を確認してから、紫苑が口を開く。
「新エンジンを搭載したカイトは、今のカイトとは違う存在だからね。そういう意味では、今の可能性を広げるミクやリンやレンのアペンドとはまた違う、というのは確かだろう」
 紫苑の元に届いていたのは、カイトのアペンドの噂が出回っているが、もし出るとしたらお前は迎え入れるのか、というマスター仲間からのメールだったのだ。
 初期のエンジンを積んでいるメイコとカイト。ふたりのエンジンがそのままでは音を紡げなくなることは、紫苑がふたりを迎え入れる時にも言われていた。
 時代の流れにはどうしても逆らえない。新しい「音」としてでも残したいほどに愛されていることをこそ喜ぶべきだと、メイコの理性は叫ぶのだけれど。
「はい……」
 エンジンが変わってしまってもカイトの声が残ることを喜ぶべきだと理解はしているのだけれど。
「メイコの声も残るよ。お前もとても愛されているのだからね、大丈夫だ」
「いえっ、……マスター、私はっ」
「ん?」
「私が怖いのはそちらではないんですっ。私、私はっ」
 握ったままのカイトの手にすがるようにしながら、メイコが声をしぼり出す。
「マスターにはマスターの音を、マスターの中の音を一番表現出来る『もの』を求めて欲しいんです……っ」
 紫苑が軽く目を見張る。メイコは顔を上げずに続ける。
「この不安や恐怖をはじめとする感情も全部歌うために備えられたものです。あなたの音を表現するために私たちは在ります。それなのに情に溺れて見失わないでください。あなたには何処までも、誰になんと言われても、あなたの音を求めて欲しいんです。私たちを見限るまいとしてあなたの音を捨ててしまったら、あなたの音から逸れてしまったら、本末転倒にも程があるじゃありませんか……!」
 メイコが強くカイトの手を握り締める。息をつめて聞いていた紫苑は、ゆっくりと息を吐き出した。
「……割と、高い要求を、突きつけてくるね」
「……すみません」
「いや……、まあ、正論は痛いものだからね、仕方がない」
 紫苑も自分の側のカイトの手に手を触れる。それでも反応なく眠り続けるカイトに小さく笑う。
「カイトも、……同じように言ってくれるとは思えないんだけれどもね」
「……で、も」
 見放されることに対して過剰なまでに反応するであろうカイトの手を、メイコは今はまだ離せない。それなのに意見を翻すことも出来ない。固く強く握り締めても、その手はきっと離れることを、予測している。
「私は……」
「うん。メイコの意見は噛み締めさせてもらったよ。ありがとう」
 紫苑はカイトの手を軽く撫でてから離す。と、カイトの右手が紫苑の離れていく手を取った。
「カイト?」
 紫苑の呼びかけに返答はない。カイトの瞳は閉じたままだ。
「……困った男だね」
「え?」
 メイコの声に、紫苑は自分の取られた手を示してみせる。メイコが眉根を寄せてカイトを見下ろした。
「眠りに落ちていてもわたしの言葉を実践するとは」
「……マスターの?」
「求めるものには手を伸ばしなさい、と。確かに私はそう言ったことがあるからね」
 その紫苑の言葉は、カイトの行動の理由を、根源を、メイコに伝えるのに充分だった。
 試すように少しだけ握る力を緩めてみると、今度はカイトのほうから強く握り締めてくる。
「っ」
 こみ上げる思いがメイコの喉をふさぐ。出口を求めて目を刺激する。ぼやけていくメイコの視界の中、青だけが一際色濃く広がって。
 VOCALOIDの声をこんな形でしかも無意識に奪うなんて。やっぱりあんたは卑怯者よ。
 言葉にならない渦巻く思いがメイコの瞳から零れ落ちるのを、紫苑は困ったように微笑みながら見つめていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

時を経て・2

以前のお話とちらほらリンクしていますが、お読みになっていなくても楽しんでいただければなあと思っています。
続きます。

閲覧数:271

投稿日:2012/07/09 22:54:40

文字数:3,295文字

カテゴリ:小説

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