注意書き
これは、拙作『ロミオとシンデレラ』の外伝です。
ミク視点で、ミクとクオが大学に入る直前の話です。
それが頭に入っていれば、読めると思います。
【愛すべきわめき屋へ】
高校を卒業した、春休みのある日。特に予定も入っていなかったので、わたしは自宅でのんびりと過ごしていた。クオも今日は家にいる。お父さんとお母さんは仕事なので、家にいるのは、お手伝いさんたちを除けばわたしたちだけだ。
何か面白い番組でもやってないかな、退屈していたわたしは、居間に来てテレビをつけた。番組表を呼び出して、適当に見ていく。一つの番組が目に入った。ディズニーチャンネルはこれから、『黄色い老犬』という映画を流すのね。タイトルからして、動物の映画だろう。動物もディズニーも好きなわたしは、チャンネルをあわせた。
居間のソファに座って映画が始まるのを待っていると、クオがやってきた。クオも暇なのね。
「何してんだ?」
「暇だからテレビ見るの。これから『黄色い老犬』っていう映画やるから」
クオはテレビ画面を見た。まだ映画は始まっていないので、コマーシャルが映っている。ディズニーチャンネルだから、ディズニーのアニメのコマーシャルだ。
「ディズニーかよ……ディズニーってろくな作品がないんだよな」
いきなりそんなことを言い始めるクオ。喧嘩売ってるの? わたしがディズニー好きなの、知ってるでしょ?
「そんなことないわよ。ディズニー作品には夢がたくさん詰まってるわ」
「俺は、なんでもかんでもお子様仕様にされるのが嫌なんだよ。原作が子供向けじゃないものまで、子供向けにしやがって。ああいうところが気に入らねえ。原作にいない子供をぶっこむのなんて、原作に対する冒涜じゃねえか」
そんなことを言いながら、わたしの隣に座るクオ。ディズニーに文句があるのなら、部屋に帰ってよ。わたし、これ見るんだから。
「嫌ならクオは見なくていいわよ」
しっしっと、クオを追い立ててみる。
「……うるせえ」
でも、クオは動かなかった。……結局暇ってことね。
「ところで、クオはこれ、どういう話か知ってるの?」
「いいや」
あ、そうなんだ。じゃあ、隣で「原作に対する冒涜だ」と、喚かれる心配だけはないわね。ちょっとほっとしたわ。それ以前に、原作ものかどうかすら、知らなかったりするんだけど。
そんなことを考えている間に、映画が始まった。軽快な主題歌に乗せて、イエローの毛色の犬が飛び跳ねながらウサギを追いかけている。ラブラドール系のミックスちゃんみたい。小型犬の方が好みだけど、なかなか可愛い子だわ。
お話が始まった。予備知識皆無の状態で見ていたんだけど、出てくる人たちの服装や持ち物を見た感じ、開拓時代が舞台のようね。わたしのお母さんは、ドラマ『大草原の小さな家』の大ファンで、再放送がある度何度も見ていたんだけど、あれと同じような服装をしている。
主人公の男の子トラヴィスは、周りに人家がない、いかにもなところで、両親と小さな弟と一緒に暮らしている。冒頭でお父さんは家畜を売りに遠くに行く――そういう時代なのだ――ため、トラヴィスに留守を託して行ってしまう。この子、まだ中学生ぐらいみたいだけど、任されちゃうのね。ちなみに弟の方は五歳が六歳ぐらいのやんちゃ坊主だ。
トラヴィスは畑を耕したり、狩に行ったりと、不在のお父さんの代わりを勤めるんだけど、そこに冒頭ででてきた黄色い犬が邪魔をする。この子がタイトルの「黄色い老犬」みたいなんだけど……そんな年でもないような。元気いっぱいだし、まだ若いんじゃないの?
肉を盗られておかんむりのトラヴィスは、銃を持ち出して犬を始末しちゃおうとするんだけど、弟が止める。家で飼おうというのだ。反対するトラヴィス。でも、お母さんが飼うことに決めちゃった。ここでわかったんだけど、トラヴィスは前に別の犬を飼っていて、その子は可哀想な死に方をしてしまったんだとか。ああ、それは……確かに……。わたしも最初に飼っていた子を亡くした時は、とても辛かったもの。正確にはわたしの犬じゃなくてお父さんの犬だったけど、悲しいのは一緒だ。
イェラーと呼ばれることになった犬を、トラヴィスは最初はうっとうしがっていた。でも、イェラーは熊に襲われた弟を助けたり、子牛を生んだばかりで気の立っている雌牛からトラヴィスを助けたりして、できる犬ぶりを見せてくれたので、トラヴィスも結局はイェラーを気に入ってしまう。最初は反発していても、次第に仲良くなるのって、やっぱり見ていて楽しいわ。
この頃には、かったるそうに見ていたクオも、映画に集中しちゃっていた。イェラーが活躍する度に喜んでいるのがわかる。わたしは「そらみなさい」とでも言おうかと思ったけど、それはやめた。映画、折角いいところなんだもの。つまんない喧嘩をしている暇なんてないわ。
画面では、トラヴィスの家にご近所さん(多分)が尋ねて来てる。お父さんと、トラヴィスより一つか二つ下ぐらいの女の子。お父さんはあれこれ口出しする割に、自分は動かないという最低な人。娘のリズベスは、パパに似合わないとてもいい子。なんだかどこかを思い出すような……。リズベスのお父さんは、最近この辺りで食料が盗まれているという噂話を疲労する。実は犯人はイェラーで、リズベスはトラヴィスと二人っきりになった時、こっそりそれを教えてくれる。リズベスが連れている雌犬は妊娠中で、お腹の子の父親はイェラーだから、捕まってほしくないんだそうだ。「わたし、絶対言わないわ」というリズベスが可愛い。トラヴィスはお礼に、拾った鏃をプレゼントする。
ここまで見たところで、わたしはピーンと来た。この二人、お似合いだわ。絶対将来一緒になるのよ。映画を見ながら、一人で盛り上がるわたし。クオは隣で「盗癖か……それって対処の方法あるのか?」とかぶつぶつ言っている。
農場には、イェラーの飼い主がイェラーを探しにやってきた。あ、飼い主いたんだ。てっきり手癖が悪くて捨てられたんだと思ってたわ。でも、この家でイェラーが大事にされているのを見て、美味しい晩ごはんと引き換えにイェラーを譲ってくれる。いい人ね。この人はトラヴィスに「最近この辺りで狂犬病が流行ってるんだ」とか、恐ろしい情報も教えてくれる。狂犬病って、現在でも治療法がなかったりする怖い病気だ。うちの子はワクチン射ってるから大丈夫だけど、この頃はきっと、ワクチンなんてなかったんだろう。
トラヴィスは豚のしるしつけ、とかいうのにイェラーを連れて向かう。今一何をしているのかよくわからないんだけど……というか、あれ、豚なの? わたしの知っている豚のイメージとはかけ離れてるんだけど……豚というより猪と豚のハーフに見えるわ。それに、囲いも何もない草原をうろうろしているし……よくわからない。クオも隣で「あれ野生だろ? 何やってんだ」とか言っているし。
とにかく、トラヴィスはドジを踏んで豚に襲われて、そこをお約束でイェラーに助けてもらう。トラヴィスは足を噛まれる程度で済んだけど、イェラーは大怪我。うう、助かるんだろうとは思うけど、こんなぐったりされるとドキドキしちゃうわ。クオもじっと画面を見つめてるし。
トラヴィスがお母さんを呼んできて、お母さんがイェラーの手当てをしてくれる。どうやら大丈夫そう。お母さん、いい人だわ。機転も利くし。
一人と一匹の療養中に、またリズベスとリズベスのお父さんがやってきた。リズベスは生まれたという子犬を抱っこしている。トラヴィスにくれるというけど、トラヴィスはイェラーがいるからいいと断ってしまった。……ちょっと! 素直にもらってあげなさいよ。リズベス泣いちゃったじゃないの。全く、女心ってものがわかってないんだから! 男の子ってどうしてこうなのかしら。リズベスの気持ちぐらい察することができないとダメじゃない。
子犬は弟のものになった。リズベスのお父さんは、相変わらず口出しばかりしていて、トラヴィスのお母さんを怒らせてしまっている。あげくの果てに「娘にお宅の仕事を手伝わせましょう」と、リズベスを置いて行ってしまった。……本当にひどい、と怒るところなんだけど、実はちょっとわくわくしてしまった。置いて行ったってことは、「お泊まりする」ってことよね。いずれくる結婚生活の予行演習だと思えば……。
あら、リズベスのお泊りは一日どころか、数日にわたっているみたい。これはもう結婚しろと言っているようなものよね。このままお嫁にもらっちゃえばいいんだわ。
「早く結婚しちゃえばいいのに」
思わずそう口に出してしまった。クオが呆れた表情になる。
「ミク……お前、何の話をしてるんだ?」
「トラヴィスとリズベスよ。絶対お似合いのカップルになるわ」
二人の幸せな結婚式を想像するわたし。一方クオは、ますます呆れ果てた顔になった。
「お前なあ……二人ともまだガキじゃねえか。それに、今この映画がどうなってんのかわかってんのか? 雌牛が病気になって大変なんだぞ」
あら、本当だ。いつの間にか、あの雌牛がぐったりしている。え? 狂犬病なの!? トラヴィスは銃を取ってきて、雌牛を撃ち殺した。お母さんとリズベスは雌牛を焼くための薪を取りに行く。消毒ってことみたい。
トラヴィスが弟に食事をさせていると、雌牛の死体を焼いていたお母さんの悲鳴が聞こえた。狼が出たのだ。銃を手に、二人を助けに行くトラヴィス。駆けつけてみると、イェラーが狼と死闘を繰り広げていた。
ロミオとシンデレラ 外伝その三十一【愛すべきわめき屋へ】前編
今回は息抜きなエピソード。
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