麗らかな日和。青空から注ぐ陽光に照らされて、一人の少女が歌っていた。緑髪の少女、ミクは目を閉じ、ゆったりとしたバラードを紡いでいた。彼女の前には楽譜スタンドが二つ立っている。二メートルほど間隔を離して置かれたスタンドには閉じたままの楽譜が載せられていた。
少し離れたところには仮設テントが設置され、簡易なテーブルの上にノート型のパソコンが置いてある。パソコンとUSBケーブルで繋がれた先にはカメラの付いた何らかの測定装置のようなものがあった
パソコンの前にはあのステージの夜、『Supernatural Power Laboratory(超能力研究所)』と書かれた名刺を差し出してきた男性、リチャードさんが座っていて、隣では助手らしき女性がタブレット端末を操作していた。僕はその少し後ろで実験の様子を眺めている。
やがて、二つ置かれた楽譜のうちの一つがミクの歌声によって炎を上げた。しかし、もう片方の楽譜に変化はない。そのままミクは一曲を歌い上げ、目を開ける。灰になった紙片が風に晒されていずこかへ飛ばされていった。
静けさを破って、ぱちぱちと拍手が響く。リチャードさんと助手さんが椅子から立ち上がって手を叩いていた。
「おめでとうミク! 燃やし分けは成功だよ!」
リチャードさんの祝いの言葉を聞き、目前の楽譜の状況を把握して、ミクは嬉しそうに相好を崩した。
「お疲れ様」
『実験』を終えてテントへ歩いてきたミクに、スポーツドリンクの入ったカップを渡す。
「ありがとう、カイトさん」
笑顔でカップを受け取り、ミクはこくりとドリンクで喉を潤した。
発火能力者(パイロキネシスト)。何もない場所に炎を生み出したり、発火装置を使わずに離れた場所の物体を燃やすことが出来る超能力者。
リチャードさんが言うには、ミクはそのパイロキネシストである可能性が高いとのことだった。超能力研究所ではそのような超自然的な能力をもった人間を探し、その能力の解明をする研究を行っているらしい。
「パイロキネシスは良くも悪くも、その人物が思い入れを持っているものに力が作用する傾向があるんですよ。彼女の場合、歌うという行為や楽譜に対しての思い入れが能力を発揮する条件なのかもしれませんね」
とはリチャード氏の言。まさかミクにそんなマンガのキャラクターみたいな力が備わっているなんて、驚きだ。
「どうしました?」
じっと横顔を見てしまっていたからか、ミクが不思議そうに首を傾げた。
「ああ……。実験が成功して良かったなと思って」
「そうですね! 私、少しコツが掴めてきた気がするんですよ!」
ミクは本当に嬉しそうだ。実験成功の高揚感だろう、力を操作するイメージについて説明しだした。
そう、力のコントロール。あの夜、リチャードさんがミクの力を発見し、研究への協力を頼んだ日から、ミクは自分の力をコントロールする練習を始めた。
リチャードさんの助力もあって徐々に制御の仕方が分かってきたらしく、今日に至っては楽譜の燃やし分けというはっきりとした成果を上げることが出来たのだ。
いずれ、能力の完全な制御が出来るようになれば、楽譜を燃やすことなく歌うことも可能だという。そうすれば、彼女はいつでも、どこでも歌を歌うことが出来る。未来に希望が生まれた彼女は、以前より明るくなったように思う。
「ミク、ちょっと来てくれないか」
リチャードさんがミクを呼ぶ。
「あ、はーい」
ドリンクをテーブルに置いて、ミクはリチャードさんの元へ行こうとする。
「ミク」
そんな彼女を呼び止めた。
あの日、彼女が勇気を出してステージに立たなかったら、この未来は訪れなかっただろう。それ以前に、楽譜(スコア)の焼き場で歌うことをやめていたら僕と出会うこともなかっただろう。
「頑張ったね」
様々な思いを込めて、僕は言う。頑張ったねと。
ミクはちょっとびっくりした顔をしたあと、ふわりと笑った 。
「うん!」
温かな日差しが彼女を柔らかく包んでいた。
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kurogaki
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