5-2.
海斗さんから連絡がきたのは、木曜日の昼休みになった直後のことだった。
今日は確か学会二日目で、海斗さんの研究室の発表は終わってるはずの時間だった。
愛と一緒にお弁当を広げたところでケータイのバイブレーションが鳴り、慌てて画面を見ると、海斗さんからの電話だったのだ。
「ごめん、メグ。先に食べてて」
ケータイを片手に立ち上がる私に、愛は箸をくわえながら「あ、もしかして海斗さん?」と尋ねてくる。
この際、愛の行儀の悪さは無視することにしてうなずくと、私は教室を飛び出して電話にでる。
「はいっ!」
[あ、未来ちゃん? 今、大丈夫だった?]
電話から聞こえてくる海斗さんの声は、そんなに時間が空いてたわけじゃなかったのにすごく懐かしく感じた。
「昼休みでしたから、大丈夫ですよ」
[よかったー。授業中だったらどうしようかと思ったよ]
「今は……どこにいるんですか?」
[昼休憩になったから、会場の外に出たんだ! 今からお昼食べに行くとこ!]
半ば叫ぶようにしてそう言っているところからすると、ずいぶん騒がしいんだろう。向こうからはざわざわと話し声が聞こえてきて、海斗さんの声は聞き取りづらかった。
「それじゃあ、発表の方は無事に終わったんですか?」
[まあねー。誰かさんが緊張し過ぎて噛みまくらなきゃよかったんだけど]
「そうなんですか?」
海斗さんの背後から[おいカイ! 俺だけのせいじゃないだろ。お前だって……]と聞こえてきて、私は笑った。海斗さんが言っているのは、どうもその人のことらしい。もしかしたら、学園祭で海斗さんと一緒にいた人かもしれない。
[ははは。午後からは他の大学の発表聞いてるだけだから、今までに比べれば気が楽だよ]
「お疲れ様です」
[ありがと。ごめん、ちょっと周りがうるさいから、またあとで電話する!]
「分かりました。本当にお疲れ様です」
[ありがと! 本当にごめんね!]
たぶん、海斗さんと同じ研究生だろう。電話が切れる寸前に、背後から散々なくらいの冷やかしが聞こえてきた。
五分にも満たない通話時間を表示するケータイの画面を見ながら、私は思わずふっとほほ笑んでしまった。
――だって、そういうことでしょ?
周りに友人がたくさんいるのに、時間的に余裕があったわけでもないのに、それでも海斗さんが私にわざわざ電話してきたってことは――。
「あー、未来がケータイ見つめてニヤニヤしてる~」
その声にハッとして振り返ると、教室の窓からこっちを見ている愛がいた。彼女の口からは、食べかけのエビフライの尻尾が飛び出ていた。
「メグ……食べながら話さないでよ。行儀悪いわよ」
愛は私の言葉を気にした風もなく、エビフライを尻尾ごと飲み込むと、ビシッと私を指差す。
「そんな言葉でごまかそうったってムダよ!」
「……?」
なぜか勝ち誇ったような愛に、私は本当に意味が分からなくて首をかしげた。
「あたしの未来は、海斗さんにはあげないんだから!」
そういうことを大声で、しかも学校の廊下で堂々と言えるのは、ある意味すごいと思う。私にはちょっと真似できない……というか、あんまり真似はしたくない。
けれど、本当は愛が私のことを思ってそう言ってくれてるんだってこと、私は分かってる。
私の悩みを、私の苦しみを知る唯一の友人だからこそ、そうやって騒ぐことで、私が苦しみをその時だけでも忘れてられるようにしてくれてるんだって。そういう意味では、私はやっぱり愛にもすごく助けてもらっているのかもしれない。
でも、やられっぱなしはちょっと悔しいかも。
「ねぇ、メグ?」
「あぁ、未来。やっとあたしの気持ちがわかってくれたのね!」
私はケータイをブレザーのポケットにしまうと、愛に近付く。そして、教室の窓から身を乗り出す愛のほほをつねった。
「み、未来? ちょっと、痛いわよ?」
愛の抗議は聞き流すことにして、私はニッコリとほほ笑んでみせた。
「私ね、メグのこと好きよ?」
とたんに愛の瞳がウルウルと輝く。私はほほをつねる力を少しだけ強くした。
「でもね。そんな風に皆の注目ばっかり集めるようにするなら、私、メグのことキライになっちゃうかも」
「イタッ、イタタタタッ! ごめん未来。わかった、わかったから許してっ」
窓のサッシを叩きながら必死に懇願する愛に、私はため息をついて手を離した。愛は少しだけ赤くなった自分のほほをなでながら、なぜか嬉しそうな顔になる。
「未来にいじめられるのってなんだか新鮮な気分ね……ちょっとクセになりそう」
とろんと目を細めて、うっとりとしながら上目遣いに見つめてくる愛の表情は、たぶん男子だったらそれだけで虜にされてしまいそうなほどに魅惑的だった。
つまり……私の言葉は愛にはちっとも伝わってなかったってことの、なによりの証拠だった。
「メグ……明日はメグのお弁当は作ってこないことにするから」
まるでこの世の終わりに直面したみたいな、それはもう絶望的な悲鳴をあげてその場に崩れ落ちる愛。その姿をみて、私はもう一度、そっとため息をついた。
「ね、メグ?」
「……ふぁい?」
本気で泣き出してしまった愛に、悪いとは思いつつつい苦笑してしまった。
「一つだけ、メグに教えて欲しいことがあるの。教えてくれたら、明日もお弁当作ってくるんだけど……お願いできる?」
愛が立ち直るのは、こっちがびっくりするくらい早かった。
ロミオとシンデレラ 22 ※2次創作
第二十二話。
全角3000文字。
なんの数字かというと、一日でこれくらいかいてしまうと、ケータイの充電が保たないという目安です。
なんでそんなことを書くかというと、22話と23話を合わせると、確かそれくらいになったはずだからです。
二年とちょっと使い続けたケータイは、ゲームよりもメールよりも通話よりも、PCがないときに文章を書く非常に便利な存在です。
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同じくピノキオPの『 oz 』、『恋するミュータント』、そして童話『オズの魔法使い』との三つ巴ミックスです。
あろうことか前・後篇あわせて12ページもあるので、どうぞお時間のある時に読んで頂ければ幸いです。
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