「――めーちゃん」
顔を上げると、そこにはアリスが立っていた。
『何?』
筆談は多少不便だが、なれてくるとそう煩わしいものではない。
「何の絵を描いているのかなぁって思って」
何と無しにアリスにその絵を見せてやると、アリスは驚いたような表情になった。もしかして変な絵でも描いていたのだろうか、とメイコが慌ててスケッチブックを見てみたが、それは月が浮かぶ海の絵、別におかしな絵ではないはずである。どうしてアリスはこんな表情になったのか、それは簡単だ。
「めーちゃん、絵、上手だね!」
と、いうことだ。
微笑んで、
『ありがとう』
「そだ、もうすぐ夕飯だって。ね、そろそろ戻ろう」
小さく頷いて、アリスの後について歩き出した。
「――はじめまして」
まだ夕食を食べ終わったばかりのメイコに小さく会釈をして、整った顔立ちの騎士は挨拶をした。
『だれ?』
「騎士のメイトさん」
『へえ』
「彼には、めーちゃんの身の回りの手伝いをしてもらうことにした」
「よろしくお願いいたします」
メイコは複雑な気持ちだった。
カイトが自分のことを思って彼をつけてくれたことはよくわかるが、しかし、同時に他の男を何の気も無しに近づけると言うことは、恋愛対象として見られていないということだからである。
このままではいけない…。
「どうしました、怖い顔をして?」
はっとして顔を上げ、メイコは顔を左右に振ってから気持ちを落ち着けて、にこっと微笑んだ。
『よろしく』
ペンを持つ手が、いつもより重く感じた。
「――何と、お呼びすればよいのでしょうか」
騎士は自分から名乗りもせずに言った。
しばらく考えてから、メイコはペンを走らせる。
『そうね、姫とか』
ふざけ半分に言った(書いた)はずが、この話の通じない騎士は全部真に受けて、
「わかりました。姫」
『あなたのことは何と呼べばいいの?』
「俺のことは好きに呼んでいただいてかまいません」
『名前くらい教えて。でないと呼べないわ』
「…メイト、です」
そういったのを聞いて、メイコは少し安心したような表情になって、また素早くペンを走らせた。
『じゃあ、メイトでいいわね?』
「はい。今日からよろしくお願いいたします」
二人は微笑みあった。
メイコはまだ少し幼い可愛らしい微笑で、メイトは静かで優しい微笑で、微笑みあった。
ふと、アリスが言った。
「そういえば、カイト。あんな騎士とか雇えるって、カイトの位ってどれくらいなの?」
「位?」
「ほら、肩書きみたいなの、あるでしょ。伯爵とか、男爵とか」
「ああ、俺、一応この辺りの国の王子だから」
「へえ…」
納得しかけて、アリスは思わずカイトのほうを二度みして、
「王子っ!?」
と、叫んでしまったのだった…。
人間の世界は…。
人魚の世界は…。
だれでもいい、心の中をさらけ出せるような相手が欲しい。しかし、それは出来ないことだ。出来たとして、誰が信じるだろう。人魚だったなどと言ったところで、誰もが気をおかしくしたのだろうと思うに違いない。まして、今、彼女は嵐のショックで記憶喪失と言うことになっているのだから、尚更だ。
人間の世界は息苦しい。
すべてが人魚の世界とは違う。
それでも手に入れたい『愛』とは、すべてを捨てることの出来るほどのものだったのだろうか、それとも…。
分からない。自分がしてきた事は正しかったのか、それとも、間違っていたというのだろうか…?
分からない。教えてくれる人もいない…。
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BPM=156
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