・・・・・・。
 「ボスお目覚めのようです。」
 「ふん。案外としぶといものだ。」
 右も左も分らない暗闇が薄れて、それが去った時、視界が、眩い光で真っ白に塗りつぶされていた。
 目が痛くなるほどの光も徐々に薄れ、俺は三人の人影が、目の前に立っていることに気がついた。
 「よく眠れたか?A-D。いや・・・・・・デル。」
 三人の中央に立つ一人が、俺の前に踏み出した。
 それは、あの網走智樹の姿だった。
 「ッ・・・・・・!」
 そこで俺は、ようやく自分が置かれている状況に気がついた。
 両手首と足首を締め付ける冷たい感触、言うことを聞かない体。
 いや、正確には俺の体が動かないのではなく、動けないのだ。
 「どうだ。最新の尋問台は。なかなかの寝心地だったろう。」
 ヘルメットの中から、合成音声が苦笑した。
 意識が完全に回復し、俺は唯一動かせる首を巡らして周囲を見回した。
 窓も何もない殺風景な小部屋だが、何かの施設の中を思わせた。
 網走の背後にいるのは、茶髪の男と、重音テッド。
 左右には、拘束された両手。
 見下すと、なんと俺は、スーツを脱がされて一糸纏わぬ姿となっていた。
 「さて・・・・・・我々がこうしてお前を生かしておく理由が解るか。」
 ヘルメットから出される合成音声が、問いかけたが、あえて俺は何も答るつもりはない。
 「解らないか、それとも興味がないか・・・・・・それもそうだな。だが、私はただお前に情があるわけではない。目的は・・・・・・お前の体だ。」
 俺はまだ、奴の言っていることが理解できない。
 「デル。お前は一年前、陸軍で私に製造され、そして私が表の世界から姿を消した後に、陸軍でVRFTの訓練を受けていた。そうだな?」
 網走は腕を組みながらフランクな口調で語りだした。
 「その過程で、お前の体内にあるナノマシンに、大量のデータが蓄積されていったのだよ。VRFTの結果を数値化した成績や、その訓練と生活のリズム、パターンが暗号化され記録された。その中には、クリプトンに関わる資料も含まれているはずだ。」
 あのセリカと同じく、俺のナノマシンも多くの情報が記録されていたというのか。
 奴はそのデータを求めて?
 「最もクリプトンに近い情報を持っているのはセリカだ。だが、我々が手に入れた情報の中では、セリカの中にあるナノマシンは、メディカルズの関連だということだった。だが、お前の中にはクリプトン本社の、そしてその上層部の居場所に関わる情報があるはずだ。その情報があれば、地球上からクリプトンを根絶させることができる。」
 何故だ・・・・・・ただ陸軍の訓練を受けていた俺に、何故本社の情報があるのか。
 「お前の仲間達もだ。特に雑音ミクは、旧世代のナノマシンを残す貴重な存在であり、過去にクリプトンが実施した、興国との模擬戦争実験において大きな功績をもたらし、大量のデータを体内にため込んだ。だが、それは陸軍に関する情報。それに、彼女はもはや帰らぬ人となってしまったからな。それに本社に関する情報も持っているのは・・・・・・デル。お前だけだ。だからお前は生かしてある。」
 俺だけは・・・・・・ということは・・・・・・!
 「おい、ワラはどうした!!」
 俺は網走のヘルメットに向け、声を張り上げた。 
 「ワラは私の記念すべき初作品だからな。今、隣の部屋でゆっくりと眠っているよ。」
 皮肉の籠った声だが、それを聞き、俺は胸をなでおろした。
 「それにしてもソード隊とミクオに裏切られたのは痛手だったよ。そうだメイト。先ずはデルがどれほど我慢強いか、試してみるといい。」
 網走が茶髪の男に振り向くと、そのメイトはにやりと口許を歪ませた。
 「いいんですか?」
 「構わん・・・・・・デルには、後に洗礼を受けて記憶をフォーマットしてもらう。そうしたら改めて、我々の仲間入りだ。」
 メイトが尋問台の隣にある機器を操作すると、俺の全身に、電流の迸る音が響き始めた。 
 「さあーて、ほんの十秒だ。一万ボルト程度でも受けてもらおうかね。」
 その言葉で、俺が今から何をされるのかがわかった。
 「ではいくぞぅ。」
 メイトの声と共に、俺の全身を青白い電流が、激痛と共に駆け巡った。
 「ぐわッ・・・・・・!!」 
 目の前が何度も点滅し、何かの焦げる匂いがした。
 体が痙攣し、再び意識が暗闇に吹き飛んでしまいそうだ。
 俺は歯を食いしばり、拳を握り、激痛が過ぎ去るのを待った。
 十秒が過ぎ去ると、俺の体を蹂躙していた電撃は一瞬で消え去った。
 「ほーう、なかなか耐えられるようだな。ではメイト。お遊びはこの辺でいいだろう。そろそろ成層圏を抜けるあたりだ。ブリッジに向かうぞ。」
 「了解しました。」
 網走智樹がメイトと共に部屋を後にしようとしたその時、奴は思い出したように重音テッドに振り向いた。
 「テッド。その男のお守りを頼むぞ。」
 「・・・・・・分った。」
 どこか冷めたような表情で、テッドは静かに呟くだけだった。
 壁に寄りかかり俯いたその姿は、テッドにしては余りにも冷静だ。
 そういえば、仇である俺がこうも無防備な状態にあるのに、彼はどうしてこうも冷静なのだろうか。
 「そういえば、お前の母の様子はどうだ。」
 「傷はもう閉じた・・・・・・だけど、痛みが激しくて動ける状態じゃない。今は、寝てる。」
 傷が閉じただと・・・・・・あれだけの銃撃を受けて、恐らく数時間も経っていないはずなのに、なんという治癒能力だ。 
 「そうか。まぁお前としても寄り添ってやりたいかも知れんが、今はこの男を頼むぞ。」
 「・・・・・・。」
 テッドが首だけで頷くと、網走はメイトと共に自動扉の向こう側へと姿を消していった。
 俺は無線で誰かを呼びだそうとしたが、誰も応答する気配がない。
 無論、ワラにはあの抑制用の注射をしてしまったため、ナノマシンによる通信はできない。 
 その時、無線の電波が、何者かからの通信を捉えた。
 『俺だよ。聞こえるか。』
 その声の主は、俺の数メートル前で、壁に寄りかかり黙想している、重音テッドのものだった。
 「一体何の用だ。」 
 『いいか。俺のナノマシンで尋問台の端末にアクセスし、拘束具のロックを外す。三分後に。』
 余りにも唐突過ぎるテッドの言葉に、俺は動揺を隠せなかった。
 「一体どういうつもりだ?!お前は奴らの仲間じゃないか!!」
 『お母さんから聞いたよ。お前とボスのどちらかが未来を決めると。だからお母さんは、お前の決める未来に続くと言った。俺は、お前を助けるように言われたんだ。』
 「どうしてそんな・・・・・・。」
 『お前達とボスの違いは、はっきりしてる。ボスのやり方は、どこまでも冷たい。お前に負けただけで、簡単に仲間を切り捨てた。俺だってそんなひどいことはできない・・・・・・!』
 ソラのことか・・・・・・。
 『そもそも、俺は何も知らなかった。』
 「どういうことだ。」
 『俺とお母さんがウェポンズの幹部になったのは三週間ぐらい前。それまでは、メディカルズの合成生物研究の実験台だった。俺はここに来るまでは、施設でお母さんと暮らしていた・・・・・・平和だった。』
 テッドの声が、沈んで行く。悲しみに似た、何かを帯びて。
 『でも突然ボスが俺達を呼びだした。テロの戦力として。初めのころ、俺はボスの言っていたことの意味が余り呑み込めていなかった。そして、言われるまま、お前と対決することになった・・・・・・。』
 「・・・・・・。」  
 『あの時は随分お前にべらべらと話したな。きっとあの時の俺はヒーロー気取りで、お前が悪役をやらされている、敵じゃない何かとでも思いこんでいたんだろう。でも今になって見ると、自分達が一体何に協力しているのかが分ってきた・・・・・・お母さんは、ボスが作る未来よりも、お前が作る未来のほうが、よっぽど平和そうだと言っていた。今は、俺もそう思うさ。だから俺はお前の味方をしてやる。』
 「テッド・・・・・・!」
 まさかテッドが俺の理解者になるとは思わなかった。 
 まだ半信半疑だが、テッドの言葉に、偽りの色は伺えない。
 『だが、俺とお母さんを散々傷つけたのは許さん。だから約束しろ。必ずボスを倒すと。』
 「ああ・・・・・・約束する。」
 『よし。あともしも負けたら、お前をお母さんといっしょにバラバラにしてやるからな。』
 物騒な物言いだが、お母さんといっしょという言葉が幼稚すぎて、俺は思わず噴き出した。
 「はは・・・・・・ああ。分ったよ。」
 『そろそろ拘束具のロックが外れる。そうしたら先ず、左側のドアからベッドが並べられた部屋に入れる。そこからお前の仲間を連れだして、さっきボスが出て行った扉から格納庫まで進むんだ。』
 「ルートは?」
 『ミクオが案内してくれる。お前の装備も彼が持っているらしい。』
 どうやら彼もこのストラトスフィアの中に潜入できたようだ。
 『それじゃあな。約束のこと、絶対忘れるなよ。』
 「任せろ。お前達への謝罪も込めて、絶対に果たして見せる。」
 『ふっ・・・・・・よく言うぜ。』
 その言葉で無線が途切れると、テッドはゆっくりと歩き出し、どこかで聞いたような鼻歌を歌いながら部屋を後にした。
 次の瞬間、俺の四肢を固定していた拘束具が解き放たれ、俺は尋問台から降り立った。 
 改めて自分の体を見た。装備どころかスーツまで脱がされ、まさに無防備の状態だ。
 こんな状態で、この空飛ぶ要塞の中を歩き回れというのか、と言いたいところだが、どうやらそれしかないらしい。
 やるしかないか・・・・・・。

ライセンス

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SUCCESSOR's OF JIHAD第七十五話「託された未来」

重音親子をテーマにした外伝の構想が完成してます。

閲覧数:254

投稿日:2010/01/31 23:05:52

文字数:4,001文字

カテゴリ:小説

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