「汝の神を試すなかれ」
           
            旧約聖書 申命記 六章一六節





俺はバイトを始めた2週間で10万円以上稼ぐ予定だ
でも・・リンちゃんがかわいすぎて、バイトに行くのが辛い・・

「ほらぁ、アタシはちゃんとお留守番してるから行ってきなよぉ」
そういってリンちゃんは俺の背中を押す

「いや、でも・・心配だし・・」

「マスターがバイトしてでぃーてぃーえむ買ってお歌作らないとアタシ歌えないよぉ」

確かにそうだな
仕方ない、行くか

「家の中にあるものは自由に使っていいからね
あと何かあったらそのPCから俺の携帯にメールするんだ
やり方はさっき教えたよね?」

それだけ言うと俺は思い切ってアパートを飛び出した
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バイトはイベント会場の設営だった
重い荷物を担いで行ったり来たり・・

「くっ つらい!」

でも今の俺は無敵だ、だってリンちゃんがいるんだから!
リンちゃんのために俺は働く!

体力の限界が近づいたころバイトは終わった
バイトの責任者の人に挨拶をすますと急いで家に帰る
最寄りの駅から家まで歩くと10分はある
アパートのドアを開けた
リンちゃんが何気ない様子でテレビを見て笑っていた
「はぁ・・」
俺は安心すると同時にどっと疲れがでてきた

「マスターおかえりー」

輝くような笑顔で俺に駆け寄ってくるリンちゃん
ふはっ 死ねるな

俺とリンちゃんは一緒にご飯を食べた
お金を貯めるために自炊することにした

う~ん、リンちゃんはプログラムだと思ってたから食べ物はいらないと思ってたが
どうやら人間と同じように飯を食うらしい

俺は野菜を切りながらそばでそれをじっと見ているリンちゃんに聞いた
「ごめんね、ずっと家にいてあげられなくて。寂しくない?」

「うん!平気だよ。」

リンちゃんは笑顔でそう言ってくれた
でも俺はその笑顔を見て少し寂しさを感じていた
俺がいなくてもリンちゃんは・・

リンちゃんは続けて行った
「でもね、歌が歌えないのが少し辛いかな?
アタシは歌う為に作られたモノだから・・」

「・・・・」

そうか、リンちゃんのそばにいることが大事なんじゃなく
リンちゃんのために曲を作ることが大事なんだな・・
俺は大切なことを忘れていた
俺はボカロPでリンちゃんはボーカルだったんだ

「マスター気にしないで。
マスターがいつか、たくさんの人に聞いて貰えるような曲を作ってくれればそれでいいの・・」

そう言ってリンちゃんはもう一度笑顔を作った

「リン・・ちゃん・・・」

「アタシは歌が歌えれば幸せなの。だから寂しくないよっ」

「・・・・」

寂しくないと言い切っておきながらそれでもどこか寂しそうなリンちゃん
少し肩を落としてうつむくリンちゃんを俺はそっと抱き寄せ・・・

「いやぁぁぁぁぁあああ!!」


「!!!!!  くっ!!」
  っくふぅぅぅぅうう!!」

股間に激痛が走った
ちょっとイヤラシイ顔をしてたから警戒したのだろうか・・
だからって・・いきなり・・蹴ること・・・ないだろう・・・

いろいろあったが晩御飯を二人で食べた
美味しかった
誰かと、いやリンちゃんと食べる晩御飯
まさに至高!


ご飯を食べたせいかリンちゃんは早々に布団の中で寝てしまった
俺も寝よう
・・・・・
一緒の布団で寝たかったが、また股間を蹴られては困るので
冬に使っている毛布を引っ張り出しそれに包まって寝た

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<2週間後>

「はぁはぁ・・」

今日で2週間連続バイト最後の日だ
朝飯の納豆とご飯をかき込んだ

「マスター、大丈夫?ほっぺがゲッソリしてるよ」

リンちゃんが心配そうな顔で覗き込んでくる

「ははっ 大丈夫だよ」

リンちゃんはまだ心配そうに俺の顔を見つめてくる
この2週間リンちゃんにはひもじい思いをさせてしまった
DTM機材を買う為、この2週間、極度に生活費を切り詰めている
せめてリンちゃんにはと肉や魚を食べさせようとしたが・・

「ううん、アタシも我慢するー」

・・といって、このような粗食に付き合ってもらっているわけだ

リンちゃん良い子だなぁ

でもそんな生活も今日で最後さっ!
実は昨日、今まで一緒に我慢してくれたプレゼントをリンちゃんに内緒で用意しておいた

本当は今日バイト終わってから言うつもりだったが
リンちゃんのことだ、俺がバイトに行っている間に見つけてしまうだろう
ちょっと早いがここで行ってしまおう

「リンちゃん!冷蔵庫の中を見てごらん」

突然で驚いたのかリンちゃんはしばらく考えてから言った
「冷蔵庫の中は納豆と卵しか入ってないよぉ」

リンちゃんは不思議そうに首を傾げつつ俺の言ったとおり冷蔵庫を開けた

「ああーーーー!!プリンだーーー!」

リンちゃんはの顔はパッと輝いて2つ入りのプリンのパックを高く掲げている
どうやら喜んでくれたみたいだ

「二つあるからゆっくり食べるんだよ」
そう言うと元気な返事が返ってくる

「うん、ありがとー!」

リンちゃんはそういうと、俺の首に飛びついた
もう俺死んでもいいわ

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バイト中も今日の朝の出来事を思い出してニヤニヤしてしまう

俺きめぇ

今日が最後のバイトということもあって体は比較的軽かった
バイトが終わるとバイトの紹介先の事務所に行って2週間分の給料を貰った
額にして17万円!!!
これで音楽が作れるっ!

もう外は暗い。早く帰りたいけど大事な金だ
念のため銀行に預けておこうと銀行のATMに寄ろうと思った

ケバケバしいネオン街を通り抜けるとそこにATMがあったはずだ
原色の派手なネオン
ゆく人ゆく人に声を掛ける客引き
客を送り出すキャバ嬢
2週間の重労働を耐えた体には少し刺激的だった

「チョット、そこのオニーサン!」

国籍不明の男に声をかけられる
こいつら普段は声かけてこないのに今日に限ってここぞとばかり寄ってくる
俺が金を持っていることを知っているんだ
こいつらの金に対する嗅覚は異常だ

「2時間、ニマンエーン!本番アルヨー!」

「・・・」
俺は黙って歩き続けた

鬱うしい奴らだ、俺は客引きを手で振り払い先を急ごうとした
その瞬間、リンちゃんが家に来た日のことを思い出した

~あなたがピュアな心と体を持ち続ける限りリンちゃんはあなたとともにあるでしょう~

リンちゃんの取説にはこんな事が書かれていた

俺は鼻で笑った
そんなことあるはずがない・・
俺はリンちゃんと一緒にこの2週間生活してきた
リンちゃんのほっぺはぷにぷにだし、蹴られれば痛い
俺にとってリンちゃんとの生活はもう当たり前のことになっていた
あんな説明書なんて嘘だ、リンちゃんが消滅するなんて有り得ない事だ

そう思うと俺は、あの説明書の効力が本当のことなのか試してみたくなった
俺はあの説明書がまったくの悪戯だという証明が欲しかった
俺がここで童貞喪失して、家に帰りリンちゃんがいれば
あの説明書はウソだったと言う証明になる

「2時間で2万円か・・」


俺はいかがわしい店に入った




・・
・・・

「ありがとうございましたー」

俺は茫然自失状態で店を出た
火照った体に夜の風が心地いい

この2時間の記憶がすっかり抜け落ちているような感覚だ
ずっとリンちゃんのことを考えていた
朦朧とする意識の中これだけはハッキリと分かった
俺はもう童貞ではないっ!
後は、家に帰りリンちゃんがいることを確認するだけだ


俺は残りの金を銀行に預けることも忘れ家路を急いだ
アパートが近づくにつれ俺の不安は大きくなっていった
何んとか余裕を取り戻そうとゆっくり歩くことを心がけていたが
分かっていても足は速くなり
最後には全力でアパートへ向かい走り出した

「頼む、リンちゃん!消えないでくれっ!」

大丈夫、大丈夫
そう心の中で何度も繰り返し
俺は部屋の扉を開けた

「リンちゃん!!」

6畳一間の狭い部屋を見回した

リンちゃんは・・



いなかった

俺は力なく膝を落とした
今まで短かったけど楽しかったリンちゃんとの生活
夜寝るとき、こんな曲を作りたい、あんな曲を作りたいと話合った

「リンちゃん、一緒に曲を作るって言ったじゃないか・・」

俺はリンちゃんを責めた
でも違う、約束を破ったのは俺だ
俺は自分のバカな行為を悔いた

茫然と立ちつくす中、ふと視線を落とす
そこには・・

「プリン・・・」

6畳の部屋の真ん中に置かれた小さな膝丈の机の両面に
きれいにプリンとスプーンが二つずつ並べられていた

「リンちゃん・・俺と・・一緒に食べようと思って・・
  食べるの我慢して・・・待っててくれたんだね・・・」

俺は泣いた
ごめんよ、ごめんよリンちゃん・・
そう言いながらずっと泣き続けた





<10年後>

繁華街のメインストリートから二つ程奥に入った小さな路地
ここら辺の住人はほとんど夜仕事をしている
なので昼間この一角に人はいない

小さな路地の片隅に乱雑に集められた青いプラスチック製のゴミ箱
いつ出したのか分からない生ごみが異臭を放っている

その裏に人がいることなど、よほど注意して見なければ分かりようもない
男はもう何年も風呂に入っていない様子で完全に周囲のゴミと一体化していた

男は苦しそうな表情で寝返りをうち上を見上げた
そこには雑居ビルに切り取られた小さな空があった
男は薄れゆく意識の中で何か呟いている

「リン・・ちゃん・・・プリ・・ン・・・うま・・」

そういうと男は静かに息を引き取った
その男の最後の言葉を聞いた者はいない




第4話「リンちゃんの優しさはプリンの味だった」 完

リンちゃんと俺「第一部 神託の裁き」  了

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

リンちゃんと俺 最終話「リンちゃんの優しさはプリンの味だった」

完結です('A`)
投稿するの忘れてました、といかこのSSの存在を忘れてました
すいません

第2部の構成もできているんですが・・
暇があったらまた書きたいです

その時はまた宜しくですm(__)m

閲覧数:676

投稿日:2011/09/05 16:00:22

文字数:4,183文字

カテゴリ:小説

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  • きろ

    きろ

    ご意見・ご感想

    最初のほのぼのとした展開から、まさかのバッドエンドにやられました!
    切なすぎます。リンちゃん…><
    第二部も書かれましたら、是非とも読ませていただきたいです!
    これからも頑張ってください!

    2011/09/07 00:14:42

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