マイコ姉と話をした、次の週の土曜日。俺はハクが一人暮らしを始めたアパートの前で、ハクの帰宅を待っていた。なんでもなく聞こえるが、実をいうとかなり勇気が言った。何しろ俺は一度振られているのだ。見ようによっては「ストーカー」だな。思わず苦笑いが出る。
「……あ」
 てなことを考えていると、ハクが帰って来た。俺を見て、凍りつく。
「よう」
 俺が手をあげると、ハクは視線を下に落とした。
「……なんでいるんですか」
「ハクともう一度、話をしようと思って」
「アカイさん、しつこいですよ」
「俺は、諦めが悪いんだよ」
 なんとなく、こう答えてしまう。……でも、諦めが悪いってだけじゃない。多分、ハクが俺を嫌っていたら、この前別れると言い出された時に、ハクのことは諦めていたと思う。
「それはかっこよくないと思います」
 ぽつんと言って、ハクは横を向いた。ハクの長い髪が、動きにあわせて揺れる。
「そんなことはどうでもいい」
 そう、かっこいいとか悪いとか、そんなことはどうでもいいんだ。大事なのは、俺がハクのことを諦めたくないってこと。
「ハク、結婚しないから俺とはつきあえないって、言ったよな」
「……ええ」
 ハクは頷いた。俺は深く息を吸い込む。
「ハクの気を絶対に変えさせてみせるから、俺とつきあおう」
 俺の台詞を聞いたハクは、ぽかんとした表情で立ち尽くした。……俺に言われたことが、よほど意外だったらしい。
「……ハク?」
 あまりにも呆けているので、近寄って、目の前で手を上下に振ってみる。ハクが、はっとした表情になって、俺の手をつかんだ。
「そういうことはやめてください」
「あ、うん、今のはちょっと悪かった。あまりにもびっくりしてたから。で、返事は?」
「え?」
「だから、俺の言ったことに対する返事」
 少ない脳みそ絞って、俺なりに必死になって考えた台詞だ。こんなに必死になったことなんて、ないんじゃないかってぐらい。
「返事って……」
 困った表情で、ハクは眉根を寄せた。髪の一部を指ですくい、くるくると絡めている。
「だからあたしは結婚する気がないから……」
「そんな気持ちは俺が変えてみせるって、さっき言ったろ」
「どこからそんな台詞が出てくるんですか!」
 怒られてしまった。いや、だって、これしか思いつかなかったし。結婚する気がないのなら、結婚する気になってくれればいい。ハクの気を変えさせるには……やっぱ、俺がなんとかするしかないだろ。
「あたしみたいな不良物件に、無駄な時間を使わないでください」
「ん~それって、ハクの大嫌いなお父さんが言ってた台詞だったよな。なんで、大嫌いな人の言うことに、わざわざ同調するんだ?」
 ハクは、絶句してしまった。実を言うと、結構前から疑問に思ってた。大嫌いな人の意見になんか、賛成しなくてもいいじゃないか。
「それは……そうですけど……」
 視線を伏せて、ハクはぶつぶつと呟いた。
「でもやっぱり、あたしとじゃ苦労しますよ」
「人生ってのは、苦労するようにできてるんだよ。どうせ苦労するんなら、やりたいこと全部やろう。その方が、返ってくるものも大きいだろ」
 そう、きっと、人生には苦労がついてくるんだ。俺がハクのことを諦めて別の誰かとつきあったって、苦労は必ずついてくる。だったら、自分の心に従いたいよ。
「……アカイさんの、物好き」
「なんとでも言え」
「あたしは完璧にはなれません」
「人間はみんな不完全なのっ! 俺だってそうさ」
 俺だって、数え切れないぐらいバカをやって、今まで生きてきた。そんなことを気にして、閉じこもったって、仕方がない。ハクが閉じこもるというのなら、俺が手を引くよ。だから、一緒に歩こう。


 結局、ハクは「ああもうわかりました……じゃあ、お試しで一年だけ」という条件で、俺とつきあうことを承諾してくれた。いわゆる、粘り勝ちって奴だ。
 その後どうなったのかって? 色々と大変なこともあったけど、一年が経ったら、もう一年つきあうことになって。
 そしてもう一年経った時、俺は、言ったことを達成した。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
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ロミオとシンデレラ 外伝その四十六【人間は不完全なもの】後編

 続き。アカイ君とハクの二人をくっつけるかどうかはかなり悩みましたが、結局こうなりました。

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投稿日:2012/12/17 00:57:55

文字数:1,699文字

カテゴリ:小説

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