変化を望む者

 あてがわれた来賓用の客室で、リンはベッドに仰向けで寝転んでいた。時計の秒針が静かに響く部屋には他に誰もおらず、ぼんやりと天井を眺める。
 部屋に案内されて一段落ついた後、レンはミク王女とクオ王子に話があると言って隣の部屋から出掛けている。当然騎士二人はレンの護衛に付いているのでリンの近くにはいない。
 王族同士でゆっくり話したいからと、リンは晩餐会が始まるまで自由時間を与えられたのだ。その話が個人的なものか国際的なものかは知らないが、とにかくメイドが入れる場ではない。
 黄の王都を出立する前にリリィからこっそり教えてもらったが、レンはミク王女に思いを寄せているらしい。聞いた時は半信半疑ではあったものの、思い返せば手紙を読んでいた時は凄く嬉しそうだったし、馬車を降りてからはずっと機嫌が良くて楽しそうだったから、王女に恋愛感情を持っているのは嘘ではなさそうだ。
 相手が誰であっても、レンは幸せになって欲しい。国を第一に考えるのが王子の務めでも、レンと言う人間が幸せになっちゃいけないなんて事は無いのだから。
「……あーもー」
 呆れ声を出して体を起こす。どうして今生の別れのような事を考えているのだろう。レンとミク王女が結ばれるかどうかもまだ分からないのに。まるで娘が嫁ぐ姿を想像する父親みたいだ。
 何だか今日は思考がおかしい。緊張して疲れているのか、変に気が昂っているのか。どちらにしろ、部屋に籠もっていたら余計に鬱々してしまいそうだ。幸い中庭や厩舎など、ある程度なら王宮内を見て回れる許可が下りている。他国の王宮を見学出来る機会はそうそう無い。せっかくの自由時間をただ寝て過ごすのももったいない。
 気分転換も兼ねて散歩でもしよう。リンは柱時計で時刻を確認し、ベッドから離れて部屋を後にした。

 絵画と調度品が飾られた応接室へと通され、レンは椅子に腰を下ろす。この部屋に入るのは初めてではないし、今更気負っても仕方が無い。テーブルを挟んだ正面にクオ王子が座り、間もなくして召使が二人分のお茶を用意する。
「ありがとう。下がって良い」
「はっ。失礼致します」
 クオ王子が召使を下がらせ、部屋には黄と緑の王子だけが残る。レンの護衛は下がるように命じられ、ミク王女は応接室に到着する前に別れているのでここにはいない。
 今日はミク王女の誕生日。緑の国の有力な貴族も客人として招かれている。ミク王女は先に何名かの挨拶周りを済ませておきたいと王子二人に申し出て、途中で別れる事になったのだ。
「すまない。ここぞとばかりに王族に顔を売りたがる人が多くてな……」
 開口一番、妹王女が客人より自国の貴族を優先した事をクオ王子は謝罪する。辟易した表情は、王族に気に入られようとする姿を見せる貴族に恥を感じているようだった。
「別にいいよ。ミク王女にも立場があるし、今日の主役だろ」
 気にするなとレンは返し、淹れられた紅茶に口を付ける。つられるようにクオ王子もカップを口へ運んだ。
「そう言ってくれると助かるよ。……久しぶりだな、レン」
 浮かない表情を消し、クオ王子は笑顔を見せる。王宮入り口でレン達を招いた時とは口調が一変し、肩の力を抜いて楽にしていた。
「ああ。久しぶり、クオ」
 レンも砕けた口調で話しかける。久々に会う友人に敬語は必要ない。馬車を降りた時に丁寧な態度をしていたのは、お互い建前を考えての事だ。
「お前の誕生日以来か。珍しいな、レンがリリィ以外の侍女を連れて来るなんて」
 いつもの人と違うから驚いたとクオは述べ、レンに質問をぶつける。
「リンベルとリリィって姉妹か? 髪と目の色が似てるけど」
 リリィよりも似ている人間が目の前にいるだろう。レンは内心焦りつつ冷静に答えた。
「残念、はずれだ。一緒にいる事多いし仲良いから、たまに勘違いされるみたいだけどな」
 面倒を見るように頼みはしたが、リリィは思っていた以上にリンベルに世話を焼いてくれている。元々年下の扱いに慣れているような節があるので、もしかしたら弟か妹がいたのかもしれない。
 メイドになる前の彼女について知っているのは、十年前の戦争で家族を失い、流れ流れて黄の国王都の貧民街に来た事と、大火災が起こるまでそこに暮らしていた事くらいだ。リリィはそれ以上の事を話したがらないし、レンも問い質そうとしていない。
「クオ、何でそんなにリリィが気になるんだ?」
 焦りを誤魔化すのと話題を逸らすのも兼ね、今度はレンが質問をする。確かにリリィは目立つ存在なのかもしれないが、緑の王子が黄の国のメイドをそこまで意識する理由でも無いだろう。
 クオは視線を逸らし、一瞬間を置いて返した。
「単にいつもと違うから気になっただけだ。大した事じゃない」
 少々早口になっているが、嫌味や不機嫌さは感じられない。どこか恥ずかしがっているような、何かを隠そうとしているようにも見える。もしかして、とレンはからかい半分で言ってみた。
「何? 惚れてる?」
「そうじゃないよ。今の発言、誰かに聞かれたらすぐ噂になるぞ……」
 周りに人がいなくて良かったと溜息を吐き、クオはカップを置く。お茶を半分程飲んだレンもカップを下ろし、表情を引き締めて言い放つ。
「密談は個室でやるものだろ?」
「お前、たまに冗談か本気か分からない事を真顔で言うよな。怖いよ」
 ふざけた軽口を叩き合い、互いの近況を話し合う。レンとリンベルの顔が似ていると聞かれたが、他人の空似だと言うとクオはすんなり納得した。
「まあ世の中広いし、似ている人が一人や二人いてもおかしくないか」
「俺も初めて顔見た時は驚いた」
 死んだと思っていた姉が生きていた事にだが。無論、レンはリンベルが双子の姉弟であるのを隠し、そっくりな人間に会ったのに驚いたと振る舞う。黄の国王女は五年前に病死した事になっている。クオは今日会った侍女がリン・ルシヴァニアだとは想像してすらいないだろう。
「そうか……そっちは少しずつでも変わって来ているんだな」
 クオが愚痴をこぼし、レンはやや諦めが入った表情を浮かべる。
「そっちはって事は、相変わらずか……」
 実際には貴族が国を牛耳っているものの、名字の無い平民が王子の侍女や近衛兵になれる黄の国。血筋や生まれを重視している緑の国ではほぼありえないと言っても良い。
「こっちは全然だ。伝統を重んじるのは良いけど、それに凝り固まって時代の流れを見てない人が多い。貴族でも格が低いと上の地位には行けないし、緑髪じゃないからって迫害する風潮が未だに残ってるし。東側との友好を嫌がる意見もある」
 クオは額に手を当てて自国の排他性を嘆く。目を閉じてしばらく無言でいた後、前髪を掴んで目を開く。
「分かるんだ。伝統を守ろうとする気持ちも、自分達と違う人を中々受け入れられないのも。和平が実現しているとはいえ東側……黄の国を憎んでしまうのも」
 レンは俯いて緑の王子の言葉に耳を傾ける。かつて、黄の国は彼ら緑の民に憎まれて当然の事をした。
 十年前の戦争中に起こったとある事件。それがきっかけで終戦に向かったが、黄の国は騎士団長、緑の国は将軍と、両国が失った存在は大きかった。
 そして、西側にとって東側を憎む最大の要因。レンは俯いたまま目を陰らせる。
「黄緑の悲劇、か……」

 小競り合いから発展した紛争は、どちらが勝ったとも負けたとも言えない状態が続いて泥沼化していた。長期戦によって兵士が疲れ、軍の結束が乱れ気味になった紛争後期、国境南にあった小さな町で事件は起きた。
 黄の国の一部隊が暴走し、千年樹の森の傍にあった町を襲撃したのだ。総司令を任されていた黄の国騎士団長、バルト・アヴァトニーが異常事態を知り現場に駆け付けた時には既に多くの住人が虐殺され、町が炎に包まれた悲惨な有様だったらしい。
 罪なき民衆を殺された緑の国は怒りに燃え、将軍は暴走した黄の国の部隊を即座に殲滅。そのままバルト率いる黄の国軍と激突し、黄の団長と緑の将軍は刺し違える事になった。
 両軍の激しい戦いと大火によってその町は壊滅し、地図から消えた。黄と緑の国境に程近い場所で起きたことから黄緑の悲劇、もしくは千年樹の虐殺と呼ばれている。

 緑の国の心情は理解できるとレンは友人に語る。
「仕方ないんだ。東西の王族が交流をしていて、貿易や個人的な交流が盛んに行われるようになってても、国として考えると簡単に許せる問題じゃない」
 軽々しく扱ってはいけないと戒めを込めて言い、レンは沈痛な面持ちで言葉を続けた。
「『お互い水に流しましょう』なんて言える訳無いだろ。俺がもし緑の国民で黄の王族からそんな事言われたら間違いなく怒るね」
 仮に緑から言われたとしても、黄の国民は反感を持って素直に受け入れられないだろう。戦争で多くの犠牲を払ったのは東側も同じだ。西側だけが被害者面をしているなど納得いかない。
 結局の所、黙って地道に行動して結果を出すしかないのだ。今は亡き黄の国の王が緑の国に交渉し、休戦と和平条約を成し遂げたように。
 どちらかの国が大陸を支配しても、今のままでは何も変わらない。黄が緑を支配すれば貴族の横暴が、緑が黄を支配すれば排他主義が広がって情勢が悪化するだけだ。
 そうさせない為にも国を内側から変え、東西の平和を当たり前のものにする。お互いを宿敵として憎しみ合うのではなく、手を取り合って生きていけるように。
 自国を良くするにはまず王族が動かなきゃ話にならない。言い出したのはどちらかなのかは忘れたが、その言葉をきっかけに黄の王子と緑の王子は友になり、二人で誓った事がある。
 甘い考えだと笑われても、理想に過ぎないと軽蔑されても譲れない。
「僕達が国を変える。二国が良くなるようにしよう」
 クオの言葉をレンが引き継ぐ。
「守りたいものを守る為に。民が幸せに暮らせるように」
 望む未来を手にする為に出来る事をしていこう。思いと願いを一緒に口にして、二人の王子は拳と拳をぶつけた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

蒲公英が紡ぐ物語 第27話

 『やれば出来る』と『出来る事をやる』似ているけれど全く違う言葉。

 メイコの父親の名前を出せた事にちょっと肩の荷が下りました。 
 

閲覧数:294

投稿日:2012/09/27 20:29:34

文字数:4,128文字

カテゴリ:小説

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  • wanita

    wanita

    ご意見・ご感想

    こんばんは!じわじわと読み進めています。
    いや~現実の世界もお隣の国と大変なことになっていますが、たしかに、国が隣同士である以上「水に流しましょう」ではすまされないことがあるのは事実だと思います。過去にあった出来事は、頭で納得していても割り切れない部分をずっと抱えていることにもなるだろうし、今後の黄と緑の王子の動向が楽しみです。

    過去の禍根を抱えていない隣国同士は、おそらく地球上に無いと思われますので、架空の国である黄と緑がうまくいく方法が見えたとしたら、現実の世界にも何か希望が見えるかもしれないなと思います。自分と自国と互いの国がきちんと見えている、このクオとレンなら、いい革命が起こせそうですね。

    では、今後も楽しみに読み進めていこうと思います☆

    2012/09/27 00:04:01

    • matatab1

      matatab1

       こんばんは。メッセージありがとうございます。今までで一番話数が多くまだ長くなりそうですが、よろしくお願いします。

       黄と緑の関係について説明するのは決めていたんですが、まさか現実の問題と時期が被るなんて……。
       念の為に言っておきますと、話のペースや投稿のタイミングが偶然重なっただけで、意図的にやった訳ではないです。

       個人でも嫌な事された後はもやもやして思い出すだけで腹が立つ事もあるんだから、国単位で考えたらもっとだよなぁと。過去に起きた事は変えられませんし。
       
       レンとクオのダブル王子は別々の形で頑張ってもらう予定なので、二人の違いをきちんと書き分けられるようにしたいですね。

      2012/09/27 21:29:27

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