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 父親の都合でアメリカに引っ越してしまうということだった。男は必死に説得を試みたが、香織の意思だけではどうにもならなかった。
冷静に考えればそんなのは当たり前のことだったが、その時の男は冷静ではいられなかった。
女と席が隣同士から離れ離れになってしまった時の事を思い出す。あの時も絶望をしていたが、何歩か行けば女とは話せた。ただ話す勇気がなかっただけ。
しかし今回は勇気をいくら振り絞ったところで、会いに行くことはできない。
男はどうする事もできない自分の無力さと、抗えない現実に打ちひしがれていた。

○●○


 当初は単身赴任という案も考えていた。
しかし、男と付き合い初めてから娘の成績はガクンと下がってしまっていた。また、妻と一人娘を置いて行くには不安もある。
男を家に呼び出し、事情を伝えてなんとか了承を得ることができた。

○○○


 香織の両親はとても理解がある人で、引越しの日に男に1つの携帯電話を持たせてくれた。
それは海外への通話もできるもので、料金もインターネット経由なら無料だという。
別れは思ったよりアッサリとしていた。
ドラマのように香織が泣き崩れる事はなく、男も悲しくはあったが、なぜか涙は出なかった。あまりにも突飛な出来事に、現実味がなく実感がなかったのだろう。

 あの時の出来事が天啓だったのならば、今回の事も神様が与えた試練なのかもしれない。ああ、神様って酷い人なんだな。

○●○


 香織の父親との約束を守るべく、男は残りの高校生活のほとんどを勉学に費やし、あまり遊びに出掛けることはなかった。友人とたまに出掛ける事があっても、彼女が居ない街はとても色褪せて見え、楽しむ気持ちにはなれなかった。
香織も異国の地で、必死に語学を勉強しながら高校の勉強も疎かにはしなかった。

○○○


 男も香織も寂しさを紛らわす為に限られた通話時間で必死に話した。疎遠になっていた時期、お互いの心の隙間を埋めるように会話を続けた。
しかし、ピッという電子音が聞こえる度に一気に現実に引き戻され、寂しさの波が押し寄せてくる。
ついこの前までこの手の届くところに彼女が居たのにと思うと、とても辛かった。

ーーー

 7月7日、付き合い始めてから1周年という事で、男はサプライズを考えていた。
いつもは電話をするのにも、まずはメールで日時を調整してから電話をかけていた。それを突然電話をしてみたらどうだろうか、女は驚き喜んでくれるに違いない。
もちろん、香織も1周年という事を覚えている。
しかし、電話をしても香織は出てはくれなかった。

 次の電話の時、初めて喧嘩をしてしまった。
男はなぜ電話に出てくれなかったのかと、寂しさから香織を糾弾してしまった。
香織の言い分は尤もで、いつもはメールで日時を決めてからなのに、突然かけられても困るという。
誰がみても、男の言い分は自分勝手で香織には全く非はない。
そこからは売り言葉に買い言葉。些細なことでお互いに腹立ててしまい、男は電話を一方的に切ってしまう。

 男は冷静になってから、携帯電話を見つめる。
「なんて謝ろうか」
いつもの家に香織が住んでいるのならば、道のど真ん中であろうと土下座をして謝る事ができる。
しかし今はどう足掻いても届かない場所にいる。電話口の前で土下座を女には伝わらない。
でも突然電話をしても、また女を困らせてしまう。それならメールをすればいいのだろうが、どうしても送信ボタンを押す勇気がでない。
悪い想像だけが頭を巡り続ける。

ーーー

 数日間、男は自己嫌悪を続けていた。別れたあの日からずっと真面目に通っていた学校を休んで部屋に篭ってしまっていた。
なにもする気が起きなかった。ベッドから起き上がることさえ面倒になっていた。
「直接謝ろう」
そう頭によぎった。そこにどんな問題があり、どんな苦難があるのか、そんなところまで全く考えは及ばずに、ただただガムシャラに行動だけを起こした。

 必死に考えた未送信メールを削除し、会いに行くという事だけを告げたメールを何の躊躇いもなく送信する。
両親にパスポート代を前借りし、彼女に会いに行くと正直に話した。
当然両親は反対した。あの日から人が変わったように勤勉になり、何一つ文句のつけようのない生活を送っていたので、ある程度の事なら大目にみてあげたかったが、こればかりは頷く事ができなかった。
男が香織を心配するのと同じように、両親も男の事が心配なのだ。

男はこの時、初めて土下座をした。
どれぐらいの時間が経っただろう、父親が条件付きで良いと言ってくれた。母親は不安そうな顔をしていた。

 父親が出した条件は2つ。
1つ目は渡航費用。全額前借りさせてはくれるが、手続きは全て自分でやる。手助けはしない。
2つ目はアルバイト。夏休み中、父親の知り合いで近所の人の農業の手伝いをすること。
つまり、アルバイトをして自分で行けという事だった。
男は夏休みにどんな地獄が待っていようと、ただただ彼女に会える喜びを噛みしめた。

 誰もが楽しみにしていた夏休み。男には地獄が待っていた。
陽が昇れば畑に向かい、日が落ちると家に帰って食事を済ませてベッドに入る。
空いた時間には夏休みの宿題をこなし、旅行計画も立てていた。
今まで彼女との通話は週に2回か3回ほどしていたが、夏休み中はメールでのやり取りのみだった。
いくら若いと言っても、朝から晩まで重労働。何分も電話が出来る元気は残ってはいなかった。


※書かない話。
 男が地獄の夏休みを過ごしている時、女はずっとモヤモヤしていた。
男の電話は突然だったとはいえ、私の事を考えて電話をしてきてくれた。男が怒るのは当然だと思う、私も同じ事をしていたら怒っていたかもしれない。
早く謝りたい、今すぐに声が聞きたい。そう思いながら、なかなかボタンが押せなかった。
 数日後、1通のメールが届いた。それは男からで、会いに来てくれるという文面だった。
最初は理解ができなかった。少しして嬉しさが込み上げて来たが、疑問が残る。どうやって来るのか、と。
 それから電話で連絡を取れた時に、両親を説得してこっちに来てくれるという事だった。あまりに嬉しくて謝るのを忘れてしまっていた。

 夏休みの間はまったく電話が出来なく寂しかった。メールは朝昼晩と3回ほどしか返信が来ず、まるで伝言板のようだった。
それでも私は今日の出来事などを必死に綴った。私より男は何倍も辛いはず。
※ここまで


 地獄の夏休みが終わり、海に行ってもいないのに男の肌は丸焦げになっていた。
登校日には、あまりの変わりようにクラスメイトがざわついた。

 その後、シルバーウィークにアメリカに飛ぶ男。
もちろん約束をしているが、初めての海外に四苦八苦。なんとか女に会える。
そこで、アメリカで大学を卒業すれば日本で働く。だからそれまで待っていてほしいと男に伝え、約束をする。

 次の夏休みは受験で勉強漬け、大学生になってもアメリカに来るほどの時間はない。
一番自由に動ける高校2年生。無理をしてでも会いに来れて良かったと思う。

 6年間はあまりにも長く、また辛い日々だった。
しかし日本でのお正月を含めた数日間だけは日本に戻って、男に会いに来てくれた。それを糧に、男は必死に勉学に励み、良い大学に行き、優秀な成績を修めた。

 男が田舎に帰省している時に香織も戻ってきて再会する?
終わり。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

引っ越しから終わりまで

引っ越してからの葛藤であったり、メインになるお話です。
ただの恋愛物にしないとか言っていましたが、こういう話ってありきたりでよく見る気がします(汗)

一応七夕の話に出来るだけ沿いたいので、幼少期に天の川を見たり七夕祭りの話は詳しく書いていこうと思っています。
ラストは結婚するまで書こうかは悩んでいます。

閲覧数:185

投稿日:2016/05/16 17:00:10

文字数:3,088文字

カテゴリ:小説

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