10
廊下の曲がり角から向こう側をのぞく。
政府軍の兵士――そこには、東ソルコタ神聖解放戦線よりも数は少ないが、それでも子ども兵が混じっていた――が、窓から中庭に向かって銃を撃っている。
「……」
壁に隠れて座り込み、バックパックの中を見る。
中には二.五キロのプラスチック爆弾と、信管二つ。
ここで信管一つ使っても……大丈夫だろう。
そう見当をつけて、僕はひと抱えはあるプラスチック爆弾を二つにちぎり、小さい方――たぶん一キロぐらい――に信管の先端を刺す。
これで、安全装置を外してスイッチを押せば、五秒後には爆発する。
もう一度向こう側を確認する。
僕に気づいている様子はない。
――よし。
安全装置を外してスイッチを押すと、僕は間髪入れず通路の先に投げる。
向こうで困惑する声――が、上がる間さえなく爆発。
敵が陣取っていたエリアは立ち込める粉じんで状況を見極めることもできない。が、味方は歓声を上げて自動小銃を乱射しながら中庭を横断してくる。
なんて無謀なことを……と思っている間に銃声。中庭の味方が散り散りになる。
攻撃は、射線からして――。
「――上の階か」
僕の爆弾で崩壊したエリアの奥から、粉じん越しに中庭へ向けて威嚇射撃をしたようだ。
僕はすぐさま近くの階段で上階へ。
先程と同じように、曲がり角からのぞきこむ――が、まだ収まらない粉じんに様子はいまいちわからない。それでも、階下からの爆風で廊下が破壊されているらしいことはわかった。
その場所は僕が吹っ飛ばした場所の真上だ。もっと奥を見なければ意味がない。
「……チッ」
舌打ちし、廊下の曲がり角を越えて向こう側の部屋へ侵入する。
「……」
クリアリング。
事務机が沢山並んだ部屋だった。そんなに広いわけではないし、向こうの壁には扉があって、部屋が先に続いていることを示している。
手前には大人の兵士と子どもの兵士が一人ずつ見える。いまの爆発での混乱から立ち直れていないらしく、彼らは呆けた様子で爆発のあった方を見ていて、僕の方を見もしない。
ゆっくりと彼らの背後に忍び寄り、中庭で銃撃音が響くと同時に僕も自動小銃の引き金を引く。
大人の兵士が血を噴いて倒れる。
そのまま子ども兵も殺してしまおうとするが、がしゃ、と音を立てて自動小銃が動かなくなる。見ると変形した薬きょうが排出口をふさいでいた。
排きょう不良。
扱いが荒くしかならない上に、まともな整備もできない。よく起きるし、起きたって当然の不具合だけど――なんだってこんなときに。
「はは! 食らえ――」
僕の自動小銃が使えなくなったことに気づいた子ども兵が笑い、銃口をこちらに向けようとする。
「くっ」
僕はとっさに自動小銃を正面に投げ、そいつに突進する。
「なんだよこいつ!」
わめくそいつに返事なんてしていられない。
飛んできた自動小銃に一瞬たたらを踏んだところで、僕の体当たりがそいつを倒す。
そいつが後方に尻もちをついたところで敵の自動小銃を蹴り飛ばす。握っているっていったって、所詮僕と変わらない程度の子どもだ。蹴られてもなお握っていられるほどの握力なんかない。
自動小銃はそいつが手を離すまでに十何発か撒き散らして、ようやく遠くにいった。
それで安堵なんかしてられない。
僕はすぐにそいつに馬乗りになって首に手をかけた。
……お互い、無我夢中だった。
それからどんな攻防をしたのかまではちゃんとした記憶がない。
ただ必死にお互いの手を伸ばし、生死を競い合い、命を奪い合った。
……気づいたときはもう、首を絞めていた僕の両腕をつかみ返していた手が、ゆっくりと力を失っていくところだった。馬乗りになった僕の下で、そいつは白目を剥いて泡をふき、呼吸を止めていた。
「はーっ、はーっ、はー」
そこに気づいてようやく、自分自身がひどく荒い息をついていたってことを意識する。
「はー。はー……」
やっと呼吸が落ち着いてきて、周囲の状況に意識が周り始める。
僕はふらふらと立ち上がり、子ども兵の骸を一瞥して部屋の中を見回す。
「……」
この間、誰もこの部屋には入ってこなかったらしい。
その幸運にいまさら安堵しつつ、自分の自動小銃を拾い上げる。
挟まった空薬きょうを取り除こうと、ボルト部を動かしてみるが、うまくいかない。薬室のところで空薬きょうが変な風に噛み込んでいるみたいだ。もっと力を込めれば外せるかもしれないけれど、僕の力じゃできそうにもない。
ため息をついて自動小銃を投げ捨てる。
先に殺した大人の持っていた武器を見に行く。
子ども兵が持っているものより、大人の持っている奴の方が良いものに決まっている。
うつ伏せに倒れている死体から、自動小銃を引っ張り出す。
――小さいな。
銃身が短いし、ショルダーストックもない。代わりに、両手で構えられるようにグリップがついていた。
ボルトを引いて薬室を見ると、弾丸はちゃんと装填されている。試し撃ちをする余裕はないが、撃てないわけではなさそうだ。
そいつのベストから弾層を二つもらい、先の扉へ進もうとする。
「……」
いや待て。
……準備をしておいた方がいい。
バックパックを降ろし、中身を出す。
一.五キロのプラスチック爆弾と、信管一つ。信管を手に取り、着火部をプラスチック爆弾に突き刺した。
もしものときは……これを使えばいい。僕の命と引き換えにしてでも、成し遂げなければならない。
自動小銃を片手に、もう片方にはプラスチック爆弾を抱えて安全装置に手をかけておく。
「……よし」
たぶん、死んでしまうだろう。
そう思うと、今までにない恐ろしさにさいなまれる。
これまでだってずっと、死と隣り合わせに生き延びてきた。銃弾の雨が降り注ぐ中、いつ死んでしまうかわからない状況で、僕はたまたま生き長らえてきた。
けれど、これから死ぬのだと、そう決めて行動したことなど……僕にはなかった。
ソフィアや、ベスや、ムヴェイのように……僕は自爆テロをしたことなどない。
そんな……死に対する覚悟が、こんなに恐ろしいものだとは思っていなかった。
僕の小さな手の中に収まる安全装置を見て、ごくりと喉をならす。
覚悟を決めるのに、二、三分はかかったと思う。
戦場でちんたらするには致命的な時間だったが、この部屋は静かなままだった。
ようやく立ち上ると、僕は改めて扉の前に向き直り、扉を蹴り開ける。
「動くな!」
叫びながら中に入る。
もちろん、プラスチック爆弾が向こうからよく視認できるように見せつけながら。
分厚い絨毯、中央に重厚な木製のデスク、白い壁には絵画。デスクの奥の飾り棚には、小さな国旗に誰かが握手している写真、賞状や楯なんかが飾られていた。
端的に言って豪華な部屋だ。この国のトップがいてもおかしくないような。
部屋の中には五人の大人がいた。
みな、その大きなデスクを盾にして隠れている。
カンガに身を包んだ民族衣装の女性と、あとは忌むべき西洋の服を着た男が四人。
「……やめなさい」
女性が低い声でつぶやく。
その女はなにも持っていなかったが、他の男たちは二人が拳銃をこちらに向けていて、もう二人はうずくまって頭を抱えている。
けれど、そいつらはたかが拳銃ですら持ち慣れていないらしく、腕が震えて正確に狙いを定められていないように見える。
やめなさいっていうのは、自動小銃を下ろせってことか?
兵士じゃないとはいえ……こいつらだって拳銃を向けてきているのに?
「黙れ。コダーラ族のクズどもなんか」
「違うの――」
自動小銃の銃口を女に向ける。
「……」
「あんたがリーダーか?」
僕の問いに、女はうつむいて首を横に振る。
「大統領はここにはいないわ。彼は――」
そいつはなぜか、悔しそうに口端を噛む。
「――二週間前から、ソルコタ国内を離れているわ。私たちも彼の行方を知りたいのよ」
「嘘だ!」
言っている単語は難しくて理解できなかった。ただ、だいとうりょう、とかいうリーダーは何日か前からいない、と言っているのはわかった。たぶん十日くらいだろう。
この、さも偉い人のための部屋にいて自分じゃないなんて……。
こいつは僕を騙そうとしている。
そうやって油断させて、僕を殺すつもりだ。
「嘘じゃないわ」
僕は無言で信管の安全装置を外す。
あとはスイッチを押すだけで、五秒後にはここが吹っ飛ぶ。
「待って、落ち着いて!」
女性は手を上げて、ゆっくりと立ち上がる。
「あなたたちも……武器を捨てて」
「しかし――」
「あの子のセムテックスを見て。そんなもの持ってても無駄よ」
「……やれやれ、この人は。俺たちもおしまいだな」
「クソッ」
二人の男が悪態をつきながらデスクの上に拳銃を置き、手を後頭部に回して後ずさった。
「私たちは非戦闘員よ。あなたは……ジュネーヴ条約を知っているかしら?」
女はまた僕にはわからない単語ばかりを羅列した。
「……なんのことだ」
「そう……そうでしょうね。いいわ。あなたは東ソルコタ神聖解放戦線の兵士ね?」
「そうだ」
「カタ族の解放のために戦い、コダーラ族を打倒するために戦う」
「だったらなんだ」
ひとつひとつ、わかりきったことを確認するみたいな言い方にカチンとくる。
「――私もカタ族よ」
「嘘をつくな!」
「嘘じゃないわ。村を焼かれたの。政府とは関係ない、コダーラ族のギャングに」
「嘘だ……」
なにか嫌な感覚になって、後ずさる。
本能が“これは聞いちゃいけない話だ”と告げていた。
「メルカ村というところよ。もうなくなってしまったけれど――」
「嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ!」
そんなはずはなかった。
「本当よ」
「嘘だ。なんでその名前を……メルカ村のことを知っている」
「……? なんでそんな……」
「メルカ村の生き残りは僕だけなのに!」
「……」
「……」
泣いてしまいそうだった。
女をにらみつける。
女は白々しく驚いて見せていて、さも偶然だという仕草をしている。
「なら……あなたは私の家族も同然よ」
「やめろ。近づくな……」
女がゆっくりとデスクを回り込んでくるのを止められなかった。
「メルカ村の広場に、大きな木があったでしょう? 私のいた頃は、子どもたちがみんな競いあって登って遊んでいたのよ」
「……」
知っている。
その木でよく遊んでいた。
命からがら逃げ出したあと、遠目にあの木が燃えているのを見て、ソフィアや、他にもまだ生き残っていた何人かで泣いたのだ。
「銃なんて持たなくていい。私たちは、やり直せるわ」
「やめろ……」
自動小銃を取り落としてしまう。
気づけば女はすぐ目の前に立っていた。
慈愛の瞳で、こちらを慈しむ表情で。
ゆっくりと、優しく伸ばされた手が、僕の手の中の安全装置を戻す。
安全装置を奪われ、プラスチック爆弾が床に置かれる。信管が抜かれ、プラスチック爆弾が無力化される。
なのに、その全てに抵抗できなかった。
なすがままだった。
「あなたのことは、私が守るわ」
プラスチック爆弾の処理を終えると、女は僕に向き直り、ゆっくりと、しかししっかりとした抱擁をしてきた。
……暖かい。
初めての感覚だった。
自然と涙が浮かび――。
「動くな、こちらはUNMISOL所属、国連特殊部隊だ! 動くな! 抵抗者は撃つ!」
――扉が蹴り開けられ、完全武装の兵士たちが流れ込んできた。
「待って、兵士はいないわ。この子ももう違う!」
女は必死にそう主張しながら、僕を抱き締め守ろうとする。
……そんなこと、これまでなかった。
そんなことをしてくれる人なんて、殺された家族以外で、出会うことなどなかった。
「あなたが守ろうとしている子は、東ソルコタ神聖解放戦線の重要人物ですよ」
「だからなんだって言うの。この子はまだ子どもよ。この子の権利は守られるべきだわ」
「その通りです、大使。ですが、それを押し通すにはこの国の軍部は……」
「……わかっています。それでも私は、この子を守ります」
「……そう仰るなら、尊重しましょう」
「ありがとう、指揮官」
「いえ。……苦労するのは貴女ですから」
「――」
「――」
抱き締められたまま、この人が誰と話しているのかもわからなかった。
ただ、ずっとはりつめていたものがなくなってしまったことだけは、なんとなくわかった。
それから数日、数週間、数ヶ月。
目まぐるしく変わる周囲の環境とこの国の状況に、終わった、と思った。
ソルコタという国が、ではない。
僕ら――もう僕だけになってしまった、この小さな……幼い、とさえ言える独立戦争がだ。
僕は武力を失い、価値観を変えられてしまった。
僕のやろうとした独立戦争は、ここに終わりを告げたのだ。
それを達成すらできないまま。
to be continued
イチオシ独立戦争 10 ※二次創作
第十話こと、最終話
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
読者のみなさんはもちろん、原曲作曲のゆうゆ様には、感謝の言葉しかありません。
……そんなことありませんでした。謝罪の言葉もたくさんあります。
原曲改変しすぎて申し訳ありません。
でも、ストーリーのイメージの元々は、アルバムのイラストが発端でした。だから仕方がない(責任転嫁)
思いついたから書いてみた、という続編はこれまでにもありますが、「to be continued」――“続く”、と明記したのは初めてではないかと思います。
「イチオシ独立戦争」の続編がなんになるか……言うまでもないかもしれません。
続編は「アイマイ独立宣言」です。こちらはゆうゆ様の楽曲が動画サイトに上がっていますね。見る限り、融通の利かない大人たちに対する反抗、という意味での“独立”なのだと思いますが、そんな話に……な る は ず が な い !!
というか、今作は元々から完全なる二部構成です。
「アイマイ独立宣言」は早めに更新し始めたいと思ってはいますが……正直、一、二ヶ月後になると思います。
……というか、見切り発車でこの「イチオシ独立戦争」を更新し出したというか……自分を追い込むために更新し出したというか(笑)
それでは、珍しく次回更新予定がありますが……あまり間を置かずに更新できればと思っております。
それではまた。
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