「これが私の運命なのです」

 自らの手で喉に突き立てた小刀から赤い雫が零れ落ちていく。私は笑った。それから祈った。どうか地獄に落ちる前に、ほんのひと時あの人に会えますように。
 目を閉じる間際、転がった雫が私の肌の上で椿のように咲くのを見た。

 私の母は良家の娘だった。駆け落ちをして、戻ってきたときには私を身ごもっていたらしい。祖父母は憤った。どこの馬ともしれない男の子を孕んだ母を責めた。そして祖父母は私の出自を隠すため、屋敷を取り巻く竹林の精が母を孕ませたのだと周囲に話した。
 その嘘がもたらした呪いなのだろうか。母は私を産んですぐに亡くなり、私は人ならざる赤い目と白い肌をもって産まれた。
祖父母は忌み児である私を人から隠すようにして育てた。それでも人の口に戸は立てられない。周囲の人々は祖父母の家を竹に魅入られたあやかしの屋敷と呼び、噂が噂を呼んで私は人ならざる力を持った妖怪と囁かれるようになった。誰が初めに言ったのかは分からない。だがいつのまにか人々の間で私はクダンという妖怪のように、命を落とす代わりに予言を一つ告げる存在とされていた。
 これも私にかけられた呪いのせいなのだろうか。やがて祖父母の家は没落し、私は珍品としてある大名の家に売りに出された。私は抗いもせず大名の家に移り、言われるまま座敷牢に入った。私はすべてをあきらめていた。私は人並みの暮らしなど望めぬ人間なのだと。こうして暗い座敷牢で寿命の終わりを待つだけの運命なのだと。
 だけどたった一つの反抗として、私は執拗に予言を求める大名の言葉を拒んだ。大名は憤りながらも納得した。予言をすれば私の命は終わる。私が命を惜しむあまり予言をしないのだろうと。
私はそんな大名をせせら笑った。私にそんな力がないことは私自身がよく知っていた。だが大名がその戯言を信じている限り座敷牢には食事が運ばれ私は命を繋ぐことができる。私は世間を欺き、それによって明日の命を得ていた。
 すべてをあきらめる日々が変わったのはとある使用人の男に私の世話が任されてからだった。
「ずっとここに一人でいるのか?」
 その男だけは座敷牢に入れられた私を哀れんだ。それだけではなかった。
「怖ろしくなどない。君の眼は美しい」
 その男だけは私の赤い目も白い肌も気味悪がることはなかった。彼が食事を運びに来るたび私たちはほんの束の間言葉を交わした。それは私の暗い人生に刺した一筋の光のようだった。
 ある日男は私に自分で研いだ小刀をくれた。
「何かあった時に自分の身を守れるように、これを持っていて欲しい。俺の気持ちの代わりだ」
 私はその小刀をいつも懐に入れては時折手を触れた。その小刀は今まで味わったことの無い温もりをまとっていた。私は彼が食事を運んでくるのを今か今かと待つようになった。
 だがそんな日々は突然終わりを告げた。ある日珍しく大名が自ら座敷牢へやってきた。使用人の男の首を持って。
「この男にご執心のようだったな」
 大名は私に男の首を突き出しながら言った。
「これでこの世に未練もないだろう。さあ、そろそろ予言を告げてはどうだ」
 ああ、この世界は私の唯一の希望まで奪っていく。
 私は懐の上から小刀に触れた。それは私の指にひやりとした鉄の温度を与えた。
 私は束の間目を閉じ、それから言った。
「わかりました。それでは予言を一つ告げましょう」
 大名の目が輝いた。
「今攻め入るか考えあぐねている領地がございましょう。全財産をつぎ込んででもそこに攻め入りなさい。きっと良いことがあるでしょう」
 大名は私の予言を聞くと高らかな笑い声をあげた。

 それから三月が経ち、大名家の周囲は戦乱の地獄と化した。戦が戦を呼び、周囲は止めようもなく血塗られていく。私の思い通り、全財産をつぎ込んだ領主は次第に劣勢となっていった。私は座敷牢の中で笑い声をあげた。
 ある日手薄になった屋敷に相手の軍が攻め込んだ。私は美しい音楽を聞くように上階で響く騒乱に耳を傾けた。ひと際大きな音がして、座敷牢の前に大名が駆け込んできた。
 大名は格子に掴みかかりながら言った。
「たばかったな。何も良いことなど起きぬではないか」
大名がそう言い切る前に後ろから相手の将軍らしき男が大名を追って部屋に入ってきた。男は手に持った日本刀で格子に縋りつく男の首を軽くはねた。
 私は首を失った大名に向かって言った。
「予言は当たりました。攻め入れば良いことがあると告げたでしょう? 私にとってこんなに良いことはありません」
 そして私は笑った。全身を痙攣させるような激しく長い笑いだった。
 私の心を知ってか知らずか、大名の首を撥ねた男が座敷牢の格子越しに私に声をかけた。
「お前が噂のあやかしか。今度は私の屋敷に来てもらおう」
 私は格子の中で首を振った。
「いいえ。私は既に予言を告げました。これで私の命は無くなったのです」
 そう言うと私は男が止める間もなく懐から小刀を取り出し、そしてそれを自分の喉に突き立てた。
「これが私の運命なのです」

 喉に突き立てた小刀から赤い雫が零れ落ちていく。その椿は私の目に鮮やかに映り、やがてはかなく消えていった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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  • オリジナルライセンス

かぐやの幻

Pなお様の『かぐやの幻』をノベライズさせていただきました。

喉に突き立てた小刀から赤い雫が零れ落ちる。
どうか地獄に落ちる前にあの人に会えますように。

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▼ノベライズ元の楽曲▼

『かぐやの幻』

YouTube
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ニコニコ
https://www.nicovideo.jp/watch/sm34809849

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投稿日:2020/07/26 19:47:40

文字数:2,151文字

カテゴリ:小説

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