久し振りだからだろうか、ずっと育って来た筈の家なのにまるで赤の他人の家に入るみたいだった。

「浬音ちゃん、貴女の部屋、見せて貰っても良いかしら?見るのは私だけよ。」
「あ、はい…。」

居間にいる3人とは玄関で挨拶したきり顔も見ていない。それでもどこかに小さな期待を残していた。2階の自分の部屋のドアを開けた時、私は信じられない物を見た。

「え…?」

部屋を間違えたのかと思いたかった。いつも寝ていたベッド、服の入った白いキャビネット、いつも一人で見ていた小さなテレビ…。

「無く…なって…る…?」
「浬音ちゃん?」
「何…で…?」

視界が真っ暗になって、ぐらりと歪んだ。足元から崩れ落ちそうになった。

「浬音ちゃん!…鳴兎!鳴兎!」
「急にどうし…浬音?!」
「鳴兎、彼女をすぐ車へ戻しなさい。」
「判りました。浬音…立てるか?」

放心したまま鳴兎の手を掴むのがやっとだった。声も涙も出なかった。ただ放り出された様な感覚、ううん、もう感覚すら判らなかった。抱き上げられたまま階段を降りると懐かしい声が耳に入った。

「お前も母親と同じだな。すぐ男をたらしこんで…どこまでも恥知らずな。」
「おい!アンタ!一体どれだけ…!」
「止めろ!鳴兎!…すぐ浬音を外へ…。」
「…だけど…!」
「朝吹さん…どう言うつもりでしょうか?確かに娘さんは当家で引き取ると言い
 ましたが、家財道具を処分する必要は無いと思いますが?」
「そいつのせいで私は笑い者にされたんだ!その上今度は摘発だと?!捨てられたお前を
 育ててやったのにどれだけ恩知らずなんだ!」
「お父…様…?」
「さっさと連れて行け!この疫病神が!」

私を抱き上げていた鳴兎の手にグッと力が篭った。だけど私はもう何も言わなかった。石の様に動けなかった。と、ずっと動かなかった影が私の横を通り抜けたと思うと、お父様を殴りつけた。

「啓輔っ?!」
「…痛ッ…何をする!!」
「どうして愛してやらなかった!!どんなに痛め付けられても、傷付けられても、
 16年間お前を唯一人の父親だと思って来た浬音を…!!どうして一度でも抱き締めて
 やらなかったんだ!!」
「啓輔!止めろ!」
「…殴る位なら…愛してやれないなら…いっそ捨ててくれれば良かったのに…。
 そしたら…そしたら父さんだって…浬音に会えたかも知れないのに…!どうして…!!」
「啓輔…。」

トカゲさんが泣いてる…?どうして…?私の為に怒ってくれてるの…?駄目だよ…その手は殴る為に使っちゃ駄目…。

「だ…め!」
「浬音?」
「…ピアノが弾けなくなっちゃいます…。」
「浬音…。」

そのまま私達は家を後にした。多分もう二度と戻る事は無いだろう家に、私はそっと心の中で別れを告げた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

DollsGame-109.鷺草-

心でサヨナラ

閲覧数:112

投稿日:2010/09/08 16:29:57

文字数:1,155文字

カテゴリ:小説

クリップボードにコピーしました