レンは無事にリンちゃんに指輪を渡して、戻ってきた。……指輪以外にも色々あったみたいね。本人は語りたがらなかったけど、表情を見ていると察しがつく。ああやれやれ、私、なんでここまで気を回してるのかしら。
 金曜にカイト君を呼んで食事をする旨を伝えると、母さんはかなり驚いていた。でも、反対はされなかったのでほっとする。
 食事のメニュー。何か高級そうな料理にしようかと思ったけど、作り慣れてないものは失敗しやすい。色々考えた結果、メニューはハンバーグにマカロニサラダに野菜スープという、割とお馴染みの組み合わせになってしまった。なんか本当に家庭料理って感じ。……まあいいわ。大事なのは味よ。
 カイト君は金曜、時間にぴったりにやってきた。ケーキの箱をお土産に抱えて。気を遣ってくれたらしい。箱を見ると、有名な洋菓子店のものだった。エビで鯛を釣ってしまったかしら。
 居間でみんなそろって食事をする。レンはカイト君を眺めながら微妙な表情をしていた。……相談に乗って貰ったお礼だって、事前にちゃんと話はしたでしょうが。母さんの方は機嫌が良くて、カイト君にあれこれと話しかけていた。
 カイト君はというと、かなり緊張していたようだけど、「美味しい」を連発して、出したものを綺麗に食べてくれた。こういう反応が、やっぱり一番嬉しいわよね。作る側としては。
 食事が終わってカイト君が帰ってしまうと、母さんは私を台所へと引っ張って行った。ちなみにレンは、自分の部屋で荷物を整理している。
「母さん、何?」
「なかなか良さそうな人じゃないの」
 ああ、カイト君のことか。そりゃまあ、いい人なのは確かよね。マイコ先生とは微妙に緊張感あるけど。
「母さん、色々と不安だったんだけど、ちょっと安心したわ」
「何が?」
 私がこっちに一人になっちゃうからだろうか。そんなことを考えている私の前で、母さんはうきうきと言葉を続けた。
「メイコはいつになったらお相手がみつかるんだろうって、母さん心配だったのよ。あんたの職場って女の人ばっかりで、ろくな出会いもなさそうだし。まさかボスにつりあう年齢の弟さんがいたなんて。法学部ならつぶしも利きそうだし、何より真面目でいい人そうだし」
 ここで、私はようやく、誤解されていることに気がついた。母さんは、私がさりげなく彼氏を紹介したのだと思っているらしい。じゃ、あれこれ話していたのも、母さんなりの「娘をよろしく」のつもりだったのか。……頭が痛くなってきた。
「そういうのじゃないってば」
 どうしてそういう方向に行っちゃうのかしらね。
「え? 違うの?」
「違うわよ。今日のは相談に乗ってもらったお礼だって、言ったじゃない」
「あらもったいない。さっきの人、捕まえておいた方がいいわよ。あれはいい物件だわ」
 なんだか妙にノリノリで、母さんはそう言った。物件って……。
「やめてよ、不動産じゃないんだから」
「男は真面目で、こっちの作るものを美味しい美味しいって食べてくれるか、代わりに料理してくれる人が一番よ」
 父さんは両方こなしてたっけ。母さんが作る時はしきりに褒めていたし、忙しい時は代わりに料理をしていた。
「それにね……メイコ、一人になっちゃうわけでしょ。母さんだって心配なのよ。メイコは今まで一人暮らしってしたことないし。そんな時、誰か身近にいてくれたら有難いじゃない」
「だから、私なら大丈夫だって」
 一度母親になったら、人間は死ぬまで母親なのよね。私も将来結婚して子供とかできたら、こんな風に子供の世話を焼くんだろうな。


 そしてその翌日、母さんはレンを連れてニューヨークに戻って行った。私も空港まで見送りに行くことにする。
 うーん、ある意味では一段落ついたって言えるのよね。二人を見送った後、私は搭乗ゲートの前で伸びをしながら、そんなことを考えていた。なんか、気が抜けてきたわ。いやもちろん、この先も色々と大変なんだろうけど。
 別に用事もないので、真っ直ぐ帰宅する。玄関の鍵を外して中に入る。うーん、空気が籠もってるな……窓、開けて空気を入れ替えなくちゃ。
 部屋の窓を開けて空気を入れ替えながら、私は何だか気分が落ち着かなかった。この家、こんなに静かだったっけ。テレビをつけてみる。……ろくな番組やってない。空しくなったので画面を消した。
 手もち無沙汰な私は、バッグを開けて携帯を取り出した。マイコ先生にメールしとこう。先生には、事情はほとんど説明してある。レンのこともリンちゃんのことも、ハクちゃんのことも知ってるからね。今回の騒動を話した時は、さすがに驚いていたけど。
 マイコ先生に、母さんとレンを送って行ったことと、月曜から通常どおりに出勤できることと、今回は色々無理を言ってもらって感謝していることを書いて送信する。
 ……カイト君、今は暇かな。土曜のお昼を過ぎているし、授業は無いわよね。私は、カイト君の番号にかけてみた。
「もしもし、メイコさん?」
「あ、カイト君。いきなりかけちゃっても良かったかしら」
 かけちゃった後で気づいたんだけど、勉強中って可能性もあったのよね。
「僕なら大丈夫。今は休憩中だし。あ、昨日はどうもご馳走様でした」
「いいわよ、そんなにかしこまらなくて。綺麗に食べてもらえて私も嬉しかったわ」
 そこで、会話が途切れてしまう。うーん、沈黙って苦手。特に、家ががらんとしているように思える、こんな時は。
 私はカイト君と、しばらくとりとめもない話をした。映画のこととか、本のこととか。
「そう言えばメイコさん、昨日、メイコさんのお母さんがいたからびっくりしたけど、いつアメリカから戻ってきたの?」
「あ、ううん、違うの。日本に戻ってきたっていっても、所用があっての一時帰国だから。こっちで暮らすんじゃないのね」
 いずれはそういうことになるだろうけど、まだ当分はニューヨーク勤務だって言っていた。ま、だからこそレンを連れて行こうって思えたんだろうけど。
「そうなんだ……」
「ごめんねカイト君、びっくりしたでしょ。母さん、なんかカイト君を質問責めにしちゃってたし」
「え、えーとその……明るいお母さんだよね。メイコさんのお母さんだけあって」
 カイト君、声が上ずっちゃっている。こっちに気を遣ってくれているんだわ。
「あはは……男の人を家に呼んだのって初めてだったりするから。母さん、私とカイト君がつきあってるって勘違いしちゃったみたい」
 冗談めかしてそう言ってみたら、カイト君は電話口の向こうで黙ってしまった。あ、いけない。フォローのつもりだったんだけど、逆効果だったみたいだわ。
 ……何か言わなくちゃ。とにかく何かを。そう思って口を開こうとした時、カイト君はぽつんとこう言った。
「勘違いじゃなきゃ良かったのに」
「……え?」
 言われた意味がよくわからず、私は聞き返してしまった。勘違いじゃなきゃ良かったって……。
「あっ! ごめん、メイコさん! 今のは忘れて! 口が滑っただけだから!」
 ものすごくあせっているカイト君の声が聞こえてきた。いや忘れてって言われても、しっかり聞いちゃったし。
「いやでも、今カイト君、勘違いじゃなきゃ良かったって、言ったわよね?」
「だ、だから口が滑っただけ! 深い意味はないから! あ、メイコさん、僕もう勉強に戻らないと! また今度ゆっくり話してくれると嬉しいな!」
 ……通話が切れてしまった。私は、携帯を握ったまま、しばらく呆然としていた。今の、どういうこと?
 えーと、私とカイト君がつきあってるって母さんは勘違いしたのよね。で、カイト君が「勘違いじゃなきゃ良かった」って言ったってことは……それって。
 普通に考えたら、「カイト君は、私とカイト君がつきあっているというのが、母さんの勘違いでなければいいのにと思った」ってことで、それってつまり「私の彼氏」として紹介されたかったってこと!? ええ!? カイト君が!?
 私の手から、携帯が落ちた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ロミオとシンデレラ 外伝その二十四【母の立場】後編

 ちょっとごちゃごちゃしすぎたかな……もう少し短くまとめるつもりだったんですが。

 レンのお母さんの発言に「え?」となった人もいるかもしれませんが、伝聞ばかりな上にいきなりあのお父さんに会ったら、どうしてもこうなっちゃうと思うんですよね。

 余談。
 ネットで、「文体診断ロゴーン」http://logoon.org/なるものを見つけたのでやってみたんですが。例文として使ったのは、この『ロミオとシンデレラ』の一部です。
 そうしたら、一番一致しているのが小林多喜二、一番一致してないのが岡倉天心という結果が出ました。
 岡倉天心って、物書きじゃないよな……もっとも、物書き以外に政治家としての文章も例文として使われていたりするんですが。橋本龍太郎なんて結果で出ても、あまり嬉しくないような気がする……。

 しかしなんで小林多喜二なんでしょう。とりあえずこの人の本、一冊も読んだことがないんですが。いやパターンの少なさ故でしょうけど。なんだかもやもやします。

閲覧数:948

投稿日:2012/05/11 19:32:21

文字数:3,295文字

カテゴリ:小説

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  • 水乃

    水乃

    ご意見・ご感想

    こんにちは、水乃です。

    メイコさん自身にも進展がありそうな雰囲気ですね。カイト頑張ってますね(笑)
    にしても、リンのお父さんはすごいようですね。「うちは悪いことをしていない。全部そっちのせいだ」の一点張り。疲れそうですね……

    ちなみに、あたしもロゴーン使ったことあります。ここには投稿していない小説をやると、一番一致しているのは阿川弘之(3位が太宰治)で一番不一致が同じく岡倉天心でした。

    2012/05/12 11:18:30

    • 目白皐月

      目白皐月

       こんにちは、水乃さん。メッセージありがとうございます。

       カイトのこれは、頑張ってるって言えるのでしょうかね。マイコ先生辺りが見たら「あ?っ、もう、まだるっこしい!」と思ってしまいそうです。
       リンのお父さんは……まあ、超弩級のモンスターペアレントですから……。とりあえずこの件に関しては「うちは娘を傷物にされた被害者」と主張しているようです。帰宅したらリンに向かって「お前はだらしない」と喚くわけで。
       普通に考えて気が狂いますね。

       ロゴーンは検索してみたら、割と結果を載せている人がいたんですが、「不一致」が岡倉天心という人が結構いました。そんなに得意な文体なんでしょうかね? 例文を見てみたのですが、よくわかりませんでした。

      2012/05/12 22:44:45

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