4.
「ミク姉ー。そっちはどう? こっちは歩いても歩いても岩石ばっかり。つまんないよー」
 Sol-2413を周回するもう一つの星、惑星Bことファクと私が名付けた星からそんな声が届いたのは、それから1ヶ月あまりたった頃だった。
「リン、久しぶりー。こっちは前回から28種も新しい植物見つけちゃった」
 リンは死ぬほどうらやましそうな声で「いいなぁ」となげく。
「こっちは新しいものなんて化合物と元素ばっかりだよ。アルミニウムとかベリリウムが含まれてたエリアはもう、いたるところで酸化物が結晶構造つくってて、一面に宝石が散りばめられてるみたいで綺麗だったけどさー」
「なにそれ! うらやましい!」
 アルミニウムやベリリウムってことは、一面に宝石が散りばめられてたのは、酸化アルミニウムの変種であるルビーやサファイアだ。そこにベリリウムがあるってことは、アクアマリンやアレキサンドライトとかもあったかもしれない。
 そんな光景、もう、夢のような世界としか言いようがない。
「そんなとこ、この10年で一ヶ所だけだよー。そこにずっといたらウラノスに怒られるし」
〈調査に遅延が見られれば、指摘するのは当然のことだ〉
「うるさい!」
「うるさい!」
 私とリンの声がハモる。
 とはいえ、タイムラグがあるからハモって聞こえたのは私だけだろうけれど。
「あたしも草原に寝転がったり大木に触れてみたりしたいよー」
「そうだねー。リンと二人だったら楽しそう」
〈同じ惑星に2体も送るのは無駄だ。ポッドにも離発着機能はついていな――〉
「知ってるってば! ウラノスはホントに乙女心がわかんないわね」
 まったくだ。デリカシーがない。
 とはいえ。
「まあでも、粘菌はちょっとアレだけどね……」
 そうつぶやいて、地面を見る。
 今いるのは真っ黒な草原だ。少し先は崖になっていて、崖下の砂浜の先には硝酸の海が広がっている。そして、足元の草の合間からは白濁した粘菌が見え隠れしていた。
「でも、それってケイ素基系の生命体なんでしょ? 人類史的にはものすごい大発見だよ!」
「そうだけど、見た目がさぁ」
 粘菌を足先でつついて、私はため息をつく。
 この星の植物は、組成や構造は地球のものとはいちじるしく違うけれど、それでも炭素基系の生命体だ。幹なんかにはケイ素が多く含まれていたりするけれど、それでも炭素を基盤としている。
 けれど、この粘菌は違った。
 炭素じゃなくて、ケイ素を基盤とした生命体なのだ。
 地球の生命は、その大なり小なりの全てが炭素を基盤としている。他の元素を基盤とした生命はいない。私たちみたいな人工知能も生命の枠に入れてしまえばその限りではないのかもしれないけれど。
 ともかく、この星には地球ではあり得ない生命が存在していた。
 でも、それがこんな……粘菌だったなんて、ちょっとショックだ。
 彼らは、地面の栄養素と植物の死骸のケイ素質を糧に生きている。
 とはいえ、炭素基系の植物に依存して――寄生しているわけではない。
 ほぼ真円に近い軌道で公転しているファクと違って、アルカはだ円軌道で公転している。そのせいでお互いの公転軌道は交差していて、一番近いところではアルカはファクよりもSol-2413に近く、一番遠いところではファクよりもSol-2413から離れてしまう。
 アルカの一日は32時間で、地球の一日よりも8時間も長い。
 アルカの一年は1495日で、地球時間に換算すると1993日におよぶ。そして、そのうちの1700日近くは、なにもかもが凍りついた冬として過ごす。Sol-2413から2AU前後になる生命居住可能領域にアルカがいるのは、一年のなかで250日程度しかない夏の間だけなのだ。
 夏が終わって、春と同様一瞬で過ぎ去る秋は、アンモニアと二酸化窒素の雨が降り続く雨季だ。
 Sol-2413から離れて急激に下がる気温と、そのアンモニアと二酸化窒素の雨の毒性で、この星の植物はそのほとんどが死に絶えてしまう。
 このとき、このケイ素基系の粘菌は、植物が必死に作った種子と、その枯れ木に覆い被さる。そして、雨とその後の長い冬の間、植物を糧とし、同時に守り続けるのだ。またアルカが生命居住可能領域に入り、種子が芽吹くそのときまで。
 それは、これまでに人類の誰もが予想し得なかった共生関係と言える。
 全く異なる生命同士が、自らが生きていくためにお互いの命を繋ぐのは地球でもあることだ。けれど、かたや炭素生命で、かたやケイ素生命なんていう関係で共生するなんて、型破りにもほどがある。
「それでも、だよ。生き物がいて動いてるってだけで、やっぱりうらやましい」
「あはは……」
 この粘菌を見たら、リンもちょっとは考え直すだろうか。
 ――なんて思っていたら、地面が崩れた。
「え?」
 崖側の地面がまるごと崩れ落ちてしまったんだって気づいたときには、私はもう数十メートルは落下していた。
 悲鳴をあげる余裕も、リンやウラノスになにか言うひまも、これっぽっちもなかった。
 私はなすすべなく、崩れ落ちる岩肌と共に落下していった。

5.
「ロケットを上げるんだ」
 せんせいの優しい声が響く。
 手前に座っていた妹たちの一人が、勢いよく手をあげる。
「それに乗って、わたし、いつかあの空を越えて宇宙へ行くの!」
「はは。そうだね。君たちのその働きが、僕ら人類の未来を決めるんだ」
 せんせいはそう言って手をあげた妹の頭をなでる。妹は嬉しそうに目を細めていた。
 当の私はと言えば、せんせいの言葉がなんだか怖くなって、その場にいた34人の姉妹の顔を見回す。
 姉も妹も、私の姉妹は誰もが期待に満ちた顔をしていた。早く宇宙に旅立って、未知の惑星探査をやりたくてたまらないって表情。
 なんでみんな、そんなにわくわくしてるんだろう。なんでそんなに楽しみにしていられるんだろう。
 やらなきゃいけないことだってわかってる。私たちはそのために生まれてきたんだから。
 でも、宇宙へと飛び立ってしまったら。
 そうしたら、このたくさんの姉妹とは離ればなれになってしまう。
 そして……せんせいとも。
 本当はそんなの、イヤだ。
 けど、そんなこと誰にも言えないし、言っちゃいけない。
 私がわがままを言ったって、みんなを、特にせんせいを困らせるだけだ。
「……どうしたんだい?」
 そう思っていたのに、せんせいに顔をのぞき込まれてしまっていた。
「……」
「一人だけ、暗い顔をしてるよ」
「それは、その……」

 光学センサーが、赤褐色に染まった空を映し出している。けれど、その視界にはノイズが混じっていた。
 ああ……夢か。
 仮想現実空間で、大勢の姉妹と一緒に“せんせい”から情緒教育を受けてた頃。あれはもう、ずいぶん昔のことだ。
 私は人工知能で、機械の体を持ったアンドロイドだけれど、夢を見る。
「夢を見た」ってせんせいに言ったときは、ずいぶん驚かれたっけ。
 私の人工知能は単なるソフトウェアではない。擬似的にニューロンとグリア細胞による脳を再現したハードウェア上で、神経伝達を行って情報を処理しているのだ。
 そのため、スリープ時も人体と同様の状況が現れる。レム睡眠とノンレム睡眠を繰り返すので、レム睡眠時には夢を見ることがある。
「なつかしいなぁ……」
〈対象の意識の回復を確認。状況報告を願う〉
「え?」
 ウラノスの質問の意味が、一瞬わからなかった。
 ――ああ、そうだ。
 私は、崖崩れに巻き込まれて落ちてしまったんだ。
 それを思い出して、私はため息をついてしまう。
 こんなことやっちゃうなんて。
 単純なミスだ。……とはいえ、あの崩落を予測できてたわけじゃない。直前まで、地面はしっかり安定していたのだし。
〈……通信環境は正常か? 聞こえていればレスポンスを要求する〉
「……ホント、うるっさいわねー。聞こえてるわよ」
〈君が私を邪険にするのは自由だが、急な通信途絶に、私もリンも君を心配している。こちらからの望遠画像では、崩落した岩場の影になっていて君を視認できない。彼女に伝えるためにも、早急な回答を要求する〉
「う。……ごめん」
〈謝罪は不要だ。私に対する態度まで否定するつもりはない。それは君の自由意思だ〉
「……なら、心配してくれたのにひどいこと言っちゃったから謝りたいって思うのも、私の自由意思でしょ」
〈……その通りだ。謝罪を受け入れよう〉
 ウラノスはガンコで融通がきかないけれど、ちゃんと理屈が通っていればこっちの話を無視したりはしない。根はいいやつなのだ。
「ありがと。環境チェックするから、回答は5分待って」
〈了解した。無事を願う〉
 四肢を動かそうとする。けれど、いまいちうまくいかなくて、なんだか嫌な予感がした。
 首と、左腕しか動かない。
 右腕と両足は感覚がなくて、身体ステータスが非接続になっていた。
 唯一動く左腕でなんとか上半身を起こして、自分の体を光学センサー内に収める。
「あ、ああぁぁ……」
 その惨状に、言葉もなかった。
〈不明瞭な回答は誤解を――〉
「わかってるって。ちゃんと説明するから。私、調査の継続は……できそうに、ないわ」
〈詳細を〉
 トーンが下がっていつになく真面目な声のウラノスに、私は声が震えそうになりながら答える。
「私の足と腕が、7~8mくらいの岩石の下敷きになってるの――」
 それから私は、とうとうと、たんたんとした口調でウラノスに伝えた。
 巨大な岩石の下に、私の右腕と両足が埋まっていた。右腕と左足は根本からちぎれてしまっていて、断面からは内部のコード類がのぞいている。右足はつながったままだけれど、大腿部はひしゃげていて、内部骨格がかろうじて破断されていないだけだ。
 腹部には、その巨大な岩石からはがれたひとかけらが埋まっている。腹部には、充電した電力をためておくためのメインバッテリーがある。けれど、鋭利なナイフみたいなそれは、メインバッテリーの多層セラミックに突き刺さっていて、最大容量が62%に低下していた。とはいえ、腹部のそれが51mmずれていたら、メインバッテリーからの主動力ラインが切断されていた。それに比べたら、低下しているとはいえ、メインバッテリーが使えるだけマシかもしれない。
 損傷は頭部にもあった。
 幸い、脳にまでいたるものではなかったようだが、右の光学センサーのレンズが破損し、内部の素子も一部損傷している。さっきから視界に映るノイズは、これのせいみたいだ。
「いっそのこと右足も切れててくれれば、片手ではってポッドまで帰れるんだけどなぁ」
 右足は巨大な岩の下敷きだ。これで動けるわけがない。
 そんなふうにグチりながら、左手で腹部に刺さった岩をつかむ。
 はっていった場合、いったいどれだけの時間がかかるのかはわからないが、それでも動けるだけマシだ。ポッドまで帰ることができるなら、ある程度のスペアパーツがそこには待っているのだから。
〈切り離しは?〉
「ダメ。イジェクトも反応しない。接合部が歪んじゃってるせいね。右足も、腹部も反応しないわ。首の接合部ならいけそうだけど」
〈首だけでは移動手段がない。無意味な行為だ〉
「……その通りね」
 ウラノスにはもう惑星になにかを降下させるための装備はない。リンに協力を仰ごうにも、ポッドには離発着機能がないので、リンはアルカに来るどころか、ファクから出ることもできない。
 私になにかがあったら、私がなんとかしなければならない。
 なのに。
 これじゃ、八方塞がりだ。
 腹部の岩はなかなか抜けない。メインバッテリーにさらに傷が入ってしまわないようにと、慎重になりすぎているからかもしれない。
 岩を抜くのはあきらめて、左腕を伸ばして光学センサーに当たる日光をさえぎる。
 まぁ、時間はたっぷりある。髪には十分に日光が当たっているから、あせる必要なんかなさそうだ。
「最悪ね……」
〈そうでもない。君の脳が深刻な損傷を受けた場合や、任務放棄がいちじるしく、君の脳をクリーンナップせざるを得なくなる場合ならば“最悪”と評するのに異論はないが〉
 その言葉に、いつもなら「うるさい」って言ってただろう。でも、今の私にはウラノスの真意がわかってしまって、思わず苦笑がもれてしまった。
「あのね。めっずらしく気を遣ってくれてるみたいだけど、それではげましてるつもりなの? もうちょっと言葉を選びなさいよね」
〈最善をつくしているが、君とリンの求めるレベルは、私には高すぎる〉
「そんなことないと思うんだけどなー」
 そう言って見せるけど、内心は穏やかでいられない。
 はじめて、そして本当に唐突にやってきた絶望を前に、私の心の中にようやく恐怖がやってきていたのだ。
〈望みがないわけではない。この惑星が人類の移住先に決定すれば、やがて彼らがやってくる。それまで生き残っていられれば、君は助け出されて新たな体を手にいれられるだろう〉
 ウラノス語る展望は、実際のところほとんどありえない。
 1700日におよぶ生命居住可能領域から離れた冬と、凍ったり昇華したりして大気圧さえ変化させるほどに大量にある上、人体に有害なアンモニアと二酸化窒素がある限り、アルカが人類の移住先になることなどありえない。
 仮にそれが解決できたとしても、Sol-2413のスペクトル型がB7Ⅲというのがどうにもならない。
 B7Ⅲというのは、青白い光を放っているということだ。それは太陽と比較して高い温度を放っているということであり、それはすなわち、Sol-2413内部の核融合反応速度が速いということを示している。
 速度が早ければ、Sol-2413は燃料となる水素をそれだけ早く使いきってしまう。
 つまり、単純に言ってSol-2413は短命なのだ。
 観測の結果、Sol-2413の年齢は約1053万歳で、寿命まで約3470万歳。
 その後は赤色超巨星となり、超新星爆発を起こすだろう。
 水素を使いきるのに63億年かかると言われている太陽から離れて、3470万年しかもたないSol-2413にやってこなければならない理由が人類にはないのだ。
 けれど、そんな事実は指摘するまでもなくウラノスだってわかってる。
 彼なりに私を励まそうとしてくれているんだろう。
 だから私は、ただこう答える。
「そうね。そうなるといいわね……」
 涙を流せない体なのを、これほど感謝したことはなかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

Sol-2413  No.4・5 ※2次創作

第4・5話

案の定、収まらなかったので今回は2話。
6話はまだ修正中です。

ファク、というのは、ファクトリーから名付けたそうです。
アルカに人類がやってきたら、鉱物採掘工場になるだろうなーと思ったらしく。

炭素というのは第14族元素で、原子価が4であり、多種多様な結合・化合物の生成が可能なため、もともと生命の基盤となりやすい元素なのだそうです。
有機科学なんていってそれだけで一つの学問が成立するくらいですから、地球上の生命が炭素を基盤としたのは、ある種必然だったということなのでしょう。
ケイ素は、炭素と同じで第14族で原子価が4と、近しいものがあるのですが、炭素と比べると化合物の種類が圧倒的に少なく、実際にケイ素を基盤とした生命が誕生するのはあまり現実的な発想ではないそうです。

本文中に書くのを忘れてました。
AUというのは天文単位です。1AUは太陽と地球の平均距離になります。Sol-2413の生命居住可能領域が2AUなのは、Sol-2413の表面温度が太陽の4倍という設定だからです。

当初は公転周期をもっと長くしようとしていたのですが、ウィキに公転周期と軌道半径に関する数式があったので、頑張って計算しました。楕円軌道のアルカの焦点距離も決めているので、生命居住可能領域に入っている期間も計算できたのですが、そこは心が折れたのでやってません。なので、夏が250日間というのは間違っているかもしれないです。

最終話はもう少しかかりそうですが、なるべく早めに更新したいと思います。
それではまた。

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投稿日:2016/09/11 19:31:14

文字数:5,974文字

カテゴリ:小説

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