発想元・歌詞引用:U-ta/ウタP様『創世記』
田植えが終わった夜は、祭りだ。
どの『パイオニア』たちの集落も、この素晴らしい行事は欠かせない。
サナファーラの住む集落も、その日の夜は、それは盛大な祭りが行われた。
祭りは、まず、自分たちの労働と、自然を讃える歌から始まる。
歌は、神の声を伝える巫女が先導する。
si! yara tufary tereya
“謳え 創世の詩を”
cety durtia lofida
“与えられた命”
shenna sado passe rosaty ya!
“熱き想いと共に燃やして”
tir asce tu arreta sutyfan amole
“我等を包む全てに愛を奏でよう”
aa- miseley oh- san affara ha-
“嗚呼 祈れよ 光あれ”
大きなかがり火が、組み上げた祭壇の上に掲げられ、十人の歌う巫女たちと、集落を囲む黒々とした夜の森を美しく照らし出した。
壮大な流れの旋律が、星のあふれる夜の空に昇ってゆく。
この歌は、パイオニアたち自身の言葉で歌われる。パイオニアたちは、投下されて何世代か重ねると、神が与えた言葉の他に、その小さな体に見合った、素早く意思を伝達できる言葉を生みだす。
祭りの歌は、そのパイオニアの言葉で歌われていた。
自分たちの労働と、自分たちの自然をたたえる歌なのだ。自分たちの言葉で歌う方が、集落の意識が高まり気持ちよい。そうパイオニアたちは気づいたのである。
祭壇の上の巫女たちの声が美しく響き、応じるように村人全員が歌っていた。
恍惚と陶酔に周囲が包まれるなか、サナファーラはじっと唇を噛んでうつむいていた。
最後の旋律で、周囲の子供たちが、とりわけ声を張り上げながら、サナファーラの方を向いてにやっと笑う。
「サナファーラ! 」
大人たちの豊かな声に隠れて、くすくすと笑う声に、サナファーラはますますきつく黙り込む。
「あんたは! なんでちゃんと歌わないの!
親がぽかりとサナファーラを小突くが、サナファーラはぐっと押し黙った。
子供たちが、ハー、と最後を高らかに歌い上げながら、にやにやとその光景をのぞきこんだ。サナファーラは、心の中で叫び散らす。
「なんで、あたしにこんな名前をつけたの! 」
あんたは、サナファーラ。名前だけ立派な、何にも出来ないダメサナファーラ。
陰に日向に時を選ばずに、サナファーラはいつもそう言われてからかわれた。
今日は、田植えで何度も苗を落とした。そのたびに涙があふれて、泣いてしまった。
「好きで泣き虫なわけじゃないのに! 好きでダメなわけじゃないのに!
……こんな名前じゃなければ、こんな気持ちにはならないのに! 」
そう、叫びたい気持ちがついにあふれそうになったとき、
わっと周囲が沸いた。
サナファーラの叫びは、出鼻をくじかれ体内につぶされるように押し戻された。
いちばん幼い巫女が進み出て、高らかに宣言した。
「みなさん! 今日は、お疲れさまでした!」
わあっと、全員が歓声を上げた。
「うれしいお知らせがあります!」
どよめきが、すっと低くなる。
「神様の、お告げが、ありました。……二年後の収穫が終わったら、この地にも、ついに神さまが降臨してくださるそうです! 」
神の降臨。
パイオニアたちの造り主、人間の移住。
それが何を意味するか、パイオニアたちには知らされていない。
「みなさん、がんばりましょうね! 」
わあっと村中が、興奮と感動に包みこまれた。
星空と夜を揺るがすように、歓声が響き渡った。
「楽しみだな! 」
「まさか、自分の代で神様の降臨に出会えるとは」
「がんばって長生きしないとな!」
サナファーラも、ついに顔をあげた。
祭壇の上で話す巫女は、サナファーラと同じくらいの、小さな子供だ。
しかし、他の先輩巫女たちに支えられ、次世代の巫女として、堂々と声を通し、にっこりと笑っている。
「……すごいなぁ」
お告げの宣託には、若い娘か小さな子供が選ばれる。
その方が、集団をまとめるのにちょうどいいのだと、これも神のお告げであったらしい。
「では、これより、初夏の祭りを開催します! みなさん、大いに歌って飲んで食べて、田植えの疲れを癒してください! 」
あふれる歓声と喜びの声、そして、先ほどとは打って変わった賑やかな歌が、夜の村の広場を満たした。
shea tura irreiya ced-akk aaya rasshet e
シェア トゥラ イレィヤ セダック アァヤ ラシェット エ
“母なる大地に祝福を”
軽快なリズムとともに繰り返される、喜びにあふれた言葉。
祭りの開始だ。
それでも、サナファーラは、頭上にあふれる歌の下で、ぐっと唇を噛んで押し黙っていた。
巫女たちが、祝いとねぎらいの酒と、小麦のねりものを揚げて砂糖をまぶした祭りの菓子を配って歩いた。子供たちが興奮しながら飛びつくように菓子を受け取る。
この日ばかりは、大人も苦笑しながらその行動を大目に見てくれるのだ。
「はい、あなたにも」
先ほどまで檀上にいた、小さな巫女が、にっこり笑ってサナファーラに菓子を差し出した。
サナファーラは、びくりと顔を上げた。
小さな巫女は、はい、と差し出す。
透き通るような白の肌と、二つに結った、つややかな長い髪が、かがり火に照らされて美しく映える。同じ年の子供なのに、こんなに違うのかと、麦わら色の髪と小麦色の肌のサナファーラは、つかの間、それに見入った。
「あなたも、がんばったでしょう? 」
巫女の白い手に、揚げ菓子が乗っている。
サナファーラの目が揺れた。
「あ、ありがとう……」
サナファーラの固い手のひらに菓子が乗せられた。
と、そのとき。
「もーらい! 」
横からスッと小さな手が伸びて、サナファーラの菓子がかっさらわれた。
「あ! ちょっと! ティル! 何するの!」
巫女が菓子をさらった少年に鋭く叫んだ。その同年代の子供らしい声に、サナファーラは驚いたまま彼女を見つめた。
「ティル! あんた、もう食べたでしょ! それはサナファーラのよ! 返しなさい!」
「だって、こいつ働いてないじゃん! ダメサナファーラ! ハー! 」
ちょっと待ってて、と鋭くサナファーラに言い残し、巫女はティルを追いかける。
「絶対取り返す! まちなさい!」
「もう口のなかー! おっと、おなかの中―! だってこれ、頑張った子へのご褒美なんだよって父ちゃんがいってたもん!
オレ、ダメファーラの三倍は働いてるもん!
ダメファーラ、何にもしてないじゃん! できてないじゃん! 」
「そういう意味じゃないでしょう! こらー!」
ティルの声が遠ざかり、追いかけて駆けてゆく巫女の長い髪が、かがり火の光に揺らめきながら、人ごみと闇に遠ざかって溶けた。
「いいのよ」
ティルと巫女が視界から消えたしばらく後に、サナファーラは答えた。
「あたし、田植えで役に立ってないから。お菓子、ティルにあげるよ」
大人たちの笑い声が、遠くから響いてきた。
すぐそばに人はたくさんいるのに、サナファーラにとって空気のようだった。
「あたし、もっと、役に立つこと、するよ」
小さくつぶやいて祭りの輪の中を抜けてゆく小さな影に、祭りを満喫している村人が気づくことはなかった。
……続く
小説 『創世記』 2
発想元・歌詞引用:U-ta/ウタP様 『創世記』
音楽 http://piapro.jp/content/mmzgcv7qti6yupue
歌詞 http://piapro.jp/content/58ik6xlzzaj07euj
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