PLGは、再び俺に真実を語り始めた。否定しようのない事実を。
 『そもそも、Piaシステムとは、Personal Intel Adminstration(個人情報管理)の略称ではないのだ。正しくは、Public Intention Adminstration(公共社会意思管理)。』 
 それはまさに、字の如くであった。
 『社会そのものをコントロールするシステム。それが通称、ピアシステムと呼ばれるものだ。ピアシステムの成果は、それに制御管理されてきた、君自身ではない。その状況を作り出すためのメソッド(方法)。そしてそれを扱うプロトコル(手順)。君が経験したのは、その有効性を実証するための最終試験だった。』
 「そんな馬鹿な?!」 
 今だに状況を呑み込めない俺が、その言葉に反発する。
 『我々は過去に二回に及ぶ通過試験を行っている。最初は予め計画されていた、水面基地の強化人間達と雑音ミクを対象に絞った、ナノマシン動作および強化人間とゲノムパイロット、アンドロイドの調査。だがその実態は、水面基地全体から敵対していた興国側にまで、ナノマシン管理のネットワークを敷き、強化人間達をヒーローに仕立て上げ、潤滑な戦闘行動と、圧倒的な戦果を上げさせること。そうして試作段階にあったシステムは、元々人間だったはずの彼らを、戦争行為に疑問も罪悪感も持たない、完全な戦闘兵器に見事変貌させた。能力の助長と、感情の制御、抑制がピアシステム完成への第一歩だった。これはシステムに多大な負荷をかけ、極限状態にして行われていた。ピアシステムの限界性能実験だ。これを発生、制御、収束することで、他の如何なる事象にも応用が可能だ。そして、それは実証された。雑音ミク達の手によって。』
 「・・・・・・。」
 彼女もまた、俺と同様何の疑いもなく操られてきた戦士、ということか。
 『しかし、それの三ヶ月後、偶然起こったとある事件によって、急遽第二の実験が実施された。』
 「第二の実験?」 
 『君も知っているだろう。世界的に有名なクリプトン製ボーカロイド。そのセカンドシリーズの一人、亞北ネルが、突如専用の住居から脱走し、半日後、同じくボーカロイドとして一時的に活動していた雑音ミクに保護された。この事件はナノマシンで感情を制御されていたはずのボーカロイドが自らの意志でこの様な行動に出るという、クリプトンすら予想し得なかった事件だった。極論を出せば、彼女はシステムの制御を振り切って切って勝手な行動をとる反抗分子とも言えた。デル。君は監視者という名を知っているか。』
 「今回の実験でいえば、ミクオみたいなものか?」
 『そうだ。彼らの行動が、ナノマシンの動作と誤差が無いか、日頃の行動に特異なものがないかを監視し、クリプトンに報告する人間。それが監視者だ。あの事件では、システムが正常に動作していたのにも拘わらず、亞北ネルは自らの意志を押し通したのだ。これはシステムを信用しきっていたクリプトンにとって由々しき事態であった。しかしクリプトンはこの事態の収束にシステムを利用せず、監視者と周囲のボーカロイドのみで彼女を説得させ、事を解決させることに決定した。それはシステムを一切利用することなく彼らの意志を現場でコントロールする監視者の試験でもあった。状況が状況であったために、この実験もある種の極限状態と言えただろう。そして、その実験も成功した。そして最後に、システムの性能を最大限に利用し、完成させるための、君の実験だ。』
 「・・・・・・。」
 『デル。君を選んだことにも理由がある。網走智貴が開発したアンドロイド・ソルジャーは知っての通り君だけではない。だが私は敢えて君を実験の主人公とした。何故だかわかるか。』
 「いや・・・・・・。」
 『君だけが、自分の存在を疑問に思いつづけていたからだ。他の者はナノマシンによって感情をある程度抑制され、疑問も恐怖も、罪悪感すら抱いていなかったというのに。そう。君もまた、亞北ネルと同じくピアシステムの制御を振りほどき、疑問を抱き続けていたのだ。』
 「そうだ・・・・・・俺の意志だ!」
 『だからこそ君は、我々が保護すべき大衆である人間とアンドロイドのモデルケースとして、唯一システム上のデータ収集を行われていなかったタイプだったのだよ。だから君を選ぶよう仕向けた。事実、これまで君は上官の命令に対して不平不満を放ち、雑音ミクの正体や、網走智貴の目的など、様々な事に疑問を持ち続け、それ以外にも、多彩な人間的感情を抱いてきた。今回の実験も成功だ。君自身も、君の喜怒哀楽も、ただの副産物だ。それを作り出し、制御しうることを確かめるのが目的だった。金と時間は掛かったが、この成功に比べれば、極めて些細なものだ。』
 「・・・・・・。」
 俺にはもはや、言うべきことなど無かった。
 たとえ今までの行動や感情が全て管理されていしたとしても、今やシステムは完全に沈黙し、俺を縛るものは何もない。
 ならば・・・・・・。
 『さて、そろそろ話も終わりだ。デル、今システムは一時的であるものの完全に機能停止している。システム停止後は私自らが君達を監視し、データ収集を行っていた。しかし、君達の行動を制御するものは何もない。君が最後まで己の意志に従おうと言うのなら、今から何をすべきか、分っているな。』
 PLGの指すことはまさしく、目の前で俺を見据える、網走智貴との決着だ。
 「もうお前達の言いなりにはならない!」
 『それはどうかな。今ここで君が決断を下さなければ、私はシステムを復活させ網走と共に新しき世界の相続者となる。それは、君自身に与えられた使命を放棄することであり、同時に君が求めている自分の存在意義を失うことを意味する。』
 「ッ・・・・・・!」
 そうだ。ここで俺が目の前の網走智貴から、ワラを連れて逃げだしたとしたら、俺は与えられた使命も果たせない、ただのアンドロイドとなる。
 それは、自分の存在意義を投げ捨てたことにもなる。
 それだけは、それだけは絶対に避けなければならない。
 俺が何故ここに存在し続けるか。それを確かめねばならない。網走智貴を倒し、全てを終わらせることで。
 『君が己の存在意義を実証するには網走を殺し、彼の思惑を食い止める必要がある。網走にもまた、自分にとって対抗勢力である君を破壊する必要がある。君達は殺し合うことになる。私が君達の最後の戦いをデータとして収集し、クリプトンに送信することで、今回の実験は幕を閉じる。』
 PLGの声が、次第に愉悦を帯びて行くのが分る。
 今も俺は、誰かの手の内に。
 『それでは、相続者達よ。我々が造った網走か?網走が造った貴様か?我々の愛しい怪物達よ。せいぜい楽しむがいい・・・・・・!』
 その瞬間、PLGの無線が終了すると同時に、無線が故障し、使用不能となった。
 PLGの最後の言葉を噛みしめながら、俺は顔を上げ立ち上がると、再び網走智貴と、真正面に向き直った。 
 「デル・・・・・・私が陰の遺伝子情報を受け継いだ怪物とするなら、お前は決して語り継がれることのない、陰の歴史情報を受け継いだモンスター!」
 そうかもしれない。俺と網走は、お互いに陰の情報を受け継ぎ、成長してきたモンスターなのかもしれない。
 だが・・・・・・・。
 「相反する運命にある我々が共存することはできない。どちらが後世に継承されるか、その情報を相続するか、決着をつける必要がある!!」
 そう言いながら、網走はパワードスーツの背中に腕をまわし、そしてそこから、細長く黒い何かを、俺に投げつけた。
 柔らかい砂の上に突き刺さったそれは、俺がミクオから受け取った、ミクの高周波ブレードだった。
 彼は、俺と正々堂々、雌雄を決することを望んでいる。
 ならば・・・・・・俺も、答えねばならない。信念を持つ者同士として。
 俺は砂の上で垂直に立てられた、ブレードの柄を握り刀身を抜き放ち、鞘を足元に落とした。
 網走智貴もまた、自分の腰にあるブレードを鞘から引き抜いた。 
 大海原の彼方から差し込んだ一筋の陽光が、互いの刃を、美しいほどに煌めかせ、俺と彼を包みこんだ。
 俺は無心となり、柄を握る腕に神経を集中させる。音もなく刀を構え、音もなく呼吸して。
 朝日が照らす、静かに波打つ水面都の砂浜。邪魔する者は誰もいない。
 この、決着によって、己の未来を切り開く。
 それが、俺の使命であり、存在意義なのだ。
 「さぁ、行くぞデル!!!」
 彼の怒号が、砂浜の海鳥達を一斉に朝日の空へ舞い上がらせた。
 明日を照らすこの場所で。
 かくて、聖戦は始まった。

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SUCCESSOR's OF JIHAD第七十九話「聖戦の相続者達」 後編

皆よ。輝かしき聖戦に、未来への門出に、栄光を!

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投稿日:2013/06/11 23:15:03

文字数:3,576文字

カテゴリ:小説

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